繊細な動作、甘美な香り
英国ロイヤル・バレエ団「マノン」
(日経新聞 2005/7/28)

 英国ロイヤル・バレエが自分たちの宝ともいうべき二作品を携えて四年ぶりに来日した。『シンデレラ』は草創期の振付家アシュトンの、『マノン』はその後継者マクミランの作品である。
 今から半世紀前、鉄のカーテンの向こうからやってきたモスクワ・ボリショイ・バレエの『ロミオとジュリエット』を観て、イギリスのバレエ界は深刻な衝撃を受けた。シェークスピアという、十八番を取られたように感じたのだ。それ以来ロイヤル・バレエは演劇的バレエに全力投入し、偉大な伝統をつくりあげた。二作品ともその伝統の所産だが、ここでは『マノン』を取り上げる。
 マスネやプッチーニのオペラでも知られるマノン・レスコーは、自由奔放な女の代表的存在だ。修道院に入る寸前に恋に落ち、駆け落ちするが、宝石の誘惑に勝てずに富豪の囲い者になる。だが恋も諦めきれず、結局、売春婦として捕らえられ、アメリカに流刑になり、ルイジアナ沼沢地に逃げ込んで、恋人の腕の中で死んでいく。
 群舞やソリストたちのレベルには問題があるが、主役の、ルーマニア出身のアリーナ・コジョカルには驚嘆した。今後十年間はロイヤル・バレエの看板であり続けるだろうといわれているバレリーナだが、まわりのダンサーたちの間で埋もれてしまいそうなほど小柄でありながら、観客の視線を一身に吸い寄せる磁力をもっている。
 それは、完璧なテクニックもさりながら、恋人の腕に身を委ねるときも、富豪に抱かれるときも、ひとつひとつの動作が、他のバレリーナよりもずっと細かく分割されているからだ。マクミラン作品の真骨頂である甘美なパ・ド・ドゥにおいても、バッセルやギエムのようなダイナミズムはないが、繊細なエロティシズムを発散していて、鳥肌が立った。
7月16日、東京文化会館。