隙のない演技 稀有の緊張感
シルヴィ・ギエム「愛の物語」
(日経新聞 2005/5/16)

 いうまでもなくシルヴィ・ギエムは、驚異的な身体能力、抜きん出た表現力、恵まれた肢体、そして美貌によって、世界のバレエ界の頂点に立ったバレリーナである。将来のバレエ史では「ギエム以前以後」という表現が使われることだろう。だがいまや彼女は、古典バレエは「卒業」したらしく、コンテンポラリー・ダンスと演劇的なバレエに力を注いでいる。
 今回の来日公演の演目は、まずアシュトン振付の「マルグリットとアルマン」。オペラであまねく知られる「椿姫」のバレエ版である。情熱的でありながら必死に身を引こうとする健気な主人公を、ギエムは細部まで隙のない演技で演じきる。相手役のニコラ・ル・リッシュの好演と相俟って、舞台は稀にみる緊張感に包まれ、あっという間に四〇分が過ぎ去ってしまう。
 アシュトン振付の「田園の出来事」とマクミラン振付の「三人姉妹」は、いずれもロシア文学(ツルゲーネフとチェーホフ)を題材としており、どちらも、夫との生活に倦み、若い男性との束の間の恋に身を投げるが、結局はそれを諦め、これまで通りの人生を続けなければならない人妻の苦悩を描く。かつてダイナミックなダンスで舞台狭しと動き回っていたギエムが、それとはまったく異なる楚々とした風情で、その地味なしぐさが苦悩の深さを物語る。
 この他、今回は東京バレエ団がアシュトンの「真夏の夜の夢」に初挑戦。吉岡美佳・後藤晴雄のペアを見たが、最後のパ・ド・ドゥがすばらしく甘美。
 パリ・オペラ座のイザベル・シアラヴォラが主演した「カルメン」(ハイライト版)も、人間のむきだしの欲望が匂ってきそうな、濃密な舞台だった。4月30日、5月4日、東京文化会館。