孤児院舞台の斬新な演出
マシュー・ボーン振付「くるみ割り人形」
 (日経新聞 2004/3/18)

 十年前にロンドンで初めて観たとき、頭を思い切り殴られたような衝撃を受けた。バレエ「くるみ割り人形」の舞台は、平和で裕福な家庭のクリスマスと決まっている。初演以来百年間、この設定を変えようと考えた演出家・振付家はひとりもいなかった。
 マシュー・ボーン率いるニュー・アドヴェンチャーズ(旧称AMP)が、彼らを世界的に有名にした「白鳥の湖」、そして「ザ・カー・マン」の次に日本にもってきた「くるみ割り人形」の舞台は、なんと孤児院である。
 クリスマスの夜、ふつうの演出なら、おもちゃの兵隊とねずみが戦争するところだが、ここでは孤児たちが反乱を起こす。主人公の少女クララは、くるみ割り人形の中からあらわれた若者に手を引かれ、凍った湖へと旅する。だが、頭に雪玉をぶつけられた若者は気絶し、目を覚ましたときにはクララを忘れ、孤児院の経営者のわがまま娘シュガーに恋してしまう。
 二人はクララを置き去りにしてお菓子の国へ旅立っていく。天使に導かれて、クララがお菓子の国に来てみると、みんなが若者とシュガーの結婚式を祝っているではないか。クララは悲しみにくれる。これだけ主人公をいじめる作品も珍しいが、最後にはどんでん返しが待っている。
 ダンスだけを観ていると、語彙が乏しく、マイム的な単調な動きの繰り返しが目につくが、それはおそらくボーンに才能がないせいではない。新しいダンスのスタイルを追求する振付家が多い中で、ボーンはあえてダンスそれ自体の新しさを犠牲にしても、物語性と娯楽性を前面に出そうとしたのだ。
 ダンサーたちはダンスも演技もじつに達者。数多く舞台を踏むことのできないわが国のダンサーで、こうはいかないだろう。とくにオリジナル・キャストであるクララ役のエタ・マーフィットが好演。21日まで、東京国際フォーラム。4月14-18、20-24日、簡易保険ホール。
(舞踊評論家 鈴木晶)