陰影深い「若者と死」
熊川哲也「The Confession 2004」
 (日経新聞 2004/3/4)

 バッハの荘厳な「パッサカリアとフーガ」が始まり、幕が開くと、そこはみすぼらしい屋根裏部屋。ベッドでタバコを吸っていた貧しい若者が起き上がり、所狭しと踊り始め、錐のように回転し、テーブルを飛び越え、床を転がり、空中を飛翔する。超絶技巧が連続する高速の激しい踊りによって、彼は若者特有の苦悩と鬱屈と苛立ちと怒りをぶちまける。
 そこへ黄色いドレスに黒い手袋の傲慢な女が入ってくる。二人は絡み合うが、女は若者に身を委ねるかと思いきや、彼をいたぶり、足蹴にする。女が去った後、若者は絶望して首を吊る。
 そこへ外套をまとい、骸骨の面をつけた女が戻ってくる。突然、屋根裏部屋は消え、舞台にはパリの夜景が広がる。この舞台転換は鮮やかだ。若者は女から渡された骸骨の面をつけ、女を従えて、葬列のように夜空に向かって進んでいく。
 ジャン・コクトーの台本、ローラン・プティの振付による「若者と死」は、一九四六年の初演以来、その時代の頂点に立つカリスマ的なダンサーのみが踊ることを許された作品だ。バビレ、ヌレエフ、バリシニコフ、デュポン、そしていま熊川哲也が踊る。
 二年前に初めて熊川によって踊られて以来、待ち望まれていた再演だ。彼は鬱屈した若者の内面を、演劇的ではなくあくまで舞踊的に表現し、独自の若者像を作り上げた。その完璧なテクニックゆえに清潔感があり、かすかな上品ささえ漂っているが、同時にそこには深い陰影が彫り込まれていて、ダンサーとしての成熟ぶりを伺わせる。
 自分の魅力を最大限に引き出してくれる作品と出会えたダンサーは幸福だ。しかもこの作品は若いときにしか踊れない。熊川の「若者と死」を見た観客は最高に幸運といわねばならない。
 熊川自身の振付による三作品も上演された。振付家として長足の進歩を遂げつつあることは認められるが、残念ながら彼の踊り以上に観客の心を掴めるようなレベルにはまだ程遠い。2月24日、オーチャードホール。
(舞踊評論家 鈴木晶)