肩の凝らない現代性も
ピンク・フロイド・バレエ
 (日経新聞 2003/2/16)

 バレエとしては異例なほど派手な宣伝を見て、誰もが「今なぜピンク・フロイド?」と思ったに違いない。でもこの原型となった作品をローラン・プティが初演したのは今から三十年以上前だ。だとしても「今またどうして」という疑問が起きるのは当然だろう。だが舞台を見てみると、なるほど現代的な作品だと感じる。理由は後述。
 舞台装置はなく、古臭いレーザー光線を含む照明だけが舞台空間を構成する。衣装は、男性は裸の上半身に白いパンツ、女性は白いレオタードに白いタイツ。有名な「吹けよ風、呼べよ嵐」と「エコーズ」を中心としたピンク・フロイドの曲にのって、牧阿佐美バレエ団とゲストたちによるソロ、デュエット、群舞が交互に展開する。
 ロックとバレエの競演は目新しいものではない。この両者は意外に相性がいいことは、クイーンの曲を使ったベジャールの名作「バレエ・フォー・ライフ」がすでに実証している。だがベジャールの作品がエイズで死んだ若者たちに捧げられ、「生きよ、踊れ」という強烈なメッセージに満たされているのと対照的に、プティの作品にはメッセージ性が皆無。ひたすら造形美を楽しむことをめざしている(それが悪いなどと言つもりは皆目ない)。
 しかしプティは見慣れた仕草をちょっとひねってみせるだけ。しかもすべてが遊びでありジョークでありゲームだ。ダンサーたちは手を振ったり、蠱惑的に腰をひねって見せたり、ボクシングのポーズをしてみたり、おんぶしたり、ぶらさがったり。群舞はまさにマスゲーム。でも「おしゃれ」なプティの良さはそこにある。
 しかし音楽がデューク・エリントンであろうとピンク・フロイドであろうと、関係がないように思える。ロックをBGMとしてしか扱っていないからだ。でも、むかし革命的・前衛的と讃えられたピンク・フロイドも今はおじさんのカラオケのレパートリーだ。そう考えると、現代にふさわしい肩の凝らない作品だといえよう。7日、NHKホール。
(舞踊評論家 鈴木晶)