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宇宙と交歓する肉体
山海塾「仮想の庭ーーうつり」
(日経新聞 2003/10/6)
今春パリ市立劇場で初演された新作。タイトルは「移り」でもあり「遷り」「映り」「写り」でもある。主宰者である天児牛大はやまとことばに執着する。
舞台全面に薄く砂が敷きつめられ、上手奥には天秤と円盤が宙に浮いている。下手前面にはパイプが垂れ下がり、その下には塩が盛られている。戦後の日本美術の代表的存在のひとりであり、発生期から舞踏に関係してきた中西夏之による舞台美術である。
いわゆる暗黒舞踏は、最初きわめて色濃く時代の刻印を受けていて、アングラ演劇などと共通する点も多かった。麿赤児の率いる大駱駝艦はいまだにその時代性を引きずっているが、それとは対照的に山海塾は、時代を超えたスタイルを獲得することによってその地位を確固たるものにした。
若いメンバーが加わったが、天児牛大のソロと他のメンバーたちの群舞が交代する構成は従来通り。ダンサーたちの表現力にあらためて感銘を受けた。
西洋の舞踊が、体の中心に軸を据え、力をためては放散し、反動をつけては跳躍したり回転したりするのにたいし、日本で生まれた舞踏は「ため」のない動きをめざす。動きの軸は体の中心にではなく、体じゅうに拡散している。そのために、ほんの小さなしぐさまでもが豊かな表現力をもち、眼に快い。
髪を剃った白塗りのダンサーたちは、胎児にも見えるし仏僧にも見える。そのダンサーたちが現出させる、時間も場所も超越した瞑想の空間は、見る者に、肉体という小宇宙と大宇宙との交歓を実感させ、百万言費やしても表現できない人間存在の深みを体感させる。ひょっとしたらこれは極楽浄土の幻なのではないかという気にすらなる。
ただ、その身体表現のユニークさに比して、音楽の一部がやや通俗的だったのが残念。9月24日、世田谷パブリックシアター。
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