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脈絡のない寸劇に眩暈
ピナ・バウシュ&ヴッパタール舞踊団「緑の大地」
(日経新聞 2002/6/6)
舞踊と演劇の境界線を取り払い、タンツテアターという独自の様式を確立したピナ・バウシュは、世界中で熱狂的な支持を得ているカリスマ的なコレオグラファーである。
一面を覆い尽くすカーネーション、巨大な土壁など、ピナの舞台はつねに観客の意表をつくが、二〇〇〇年にブダペストで発表された『緑の大地』でも、苔と羊歯に覆われた緑の岩壁が舞台奥にそそり立ち、ちょろちょろと水が流れていて、ピナが好んで用いる水が、観客の集合的無意識を刺激する。後半ではその岩壁が水平におかれ、緑なす小山になる。
ピナは例によって観客をいきなり「どこでもない場所」に引きずり込む。でもそこは平和なユートピアではない。楽しそうに食卓を囲んだ団欒は繰り返し攪乱される。さまざまな人種からなるダンサーたちが寸劇風に描き出す人間関係は絶望的ですらある。
女性たちの髪にバケツの水をかける、床にこぼれた水を拭きとる、ペットボトルの底に穴をあけて水を飲む、柵の中にニワトリを放す、ロングドレスでチークダンスを踊るなど、個々の動作はきわめて日常的だ。また、おとなたちが幼児の遊びに興じるのも、ピナ作品の特徴である。
しかし、そうした寸劇はすべてコンテクストから引き剥がされ、トランプをシャッフルしたように脈絡なく並べられているために、観る者は眩暈のような感覚に襲われる。この眩暈こそが「ピナ体験」なのだ。
以前の作品と比べると、顕著な違いがある。それは、一時はほとんど排除されていた、ダンスらしいダンスが数多く盛り込まれていることである。これを、ピナはダンスから遠ざかり、ふたたび帰ってきたのだと単純に解釈していいのかどうかは、わからない。
ピナの作品には「一場の夢」という言葉がふさわしい。十年経っても忘れられない夢があるように、彼女の舞台も記憶に深く刻まれ、容易に忘れられない。(5月25日 新宿文化センター)
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