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H・アール・カオス公演「Dolly」「砂漠の内臓」
(日経新聞 00/11/16)
いわゆるコンテンポラリー・ダンスのなかで抜群の人気を誇るカンパニーが、新作「ドリー」と「砂漠の内臓」を上演した。
このカンパニーの特徴は、技術的水準が非常に高いこと(その根底にはバレエがある)、内容が思想的で深淵なこと、洗練された美意識に貫かれていてじつに美しいこと、大衆性もそなえていてスペクタクルとして楽しめること、そして硬質のエロティシズムである。演出振付の大島早紀子の鋭悍な感性と、ダンサーの白河直子の天才的舞踊の力のなせるわざだ。
このカンパニーの舞台は照明が暗いが、今回の両作品でも、ダンサーたちはスポットライトを浴びて、束の間、闇の中から浮かび上がり、稲妻のように踊り、そしてまた闇に沈んでいく。大島の振付はどこか格闘技を思わせ、ダンサーたちはまるで鋭利な刃物で空間を引き裂くかのようだ。
「Dolly」というタイトルはクローン羊の名から採られている。ひとりのダンサーが舞台上で増殖していき、ふたたび一人になってロマンティックな結末を迎える。「砂漠の内臓」では砂が多用される。砂の中から手が伸びてくる、という印象的な幕開けから、やがてワグナーまがいの大音響をともなった一大スペクタクルとなり、「男」たちと「女」たち(ダンサーはすべて女性である)が、現実と仮想現実を行き来しつつ、ジェンダーとアイデンティティを攪乱させ、変身を遂げて終わる。ただしその舞台は観念的でも頭でっかちでもなく、ひたすら官能的である。
大島の舞台は演劇的でありながら、日常性をいっさい排除しているため、秘儀がおこなわれている密室のような独特の雰囲気を漂わせているが、その密室がじつは宇宙全体を象徴している。見終わった後、観客は自分が一場の夢のなかで宇宙の秘密を垣間見たことを知るのである。10日、世田谷パブリック・シアター。
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