深い陰影を帯びて
(ダンスマガジン 2002年6月号)
 
 熊川が私たちファンに与えてくれる悦びは、ひとりの天才ダンサーの成長を見守る悦びである。われわれの前に鮮烈なデビューを果たしたとき、彼は技術的にはすでに完成されていた。その彼がどれほどの高みまで成長していくのか、それを見守ることはじつにスリリングな体験だった。でもこれまでは上へ上へという成長だった。
 その段階は終わったようだ。三十歳になった彼のダンスは深い「陰」を帯びるようになった。うっすら伸ばした髭がその印象を強めていた。自分の弱さをもさらけ出すことによって、このダンサーは劇的に大きくなった。
 第一部は「ボレロ」、第二部は「サイド・ショウ」「ラ・バヤデール/幻影の場」「Wolfgang」、第三部は「若者と死」。隅々まで熊川のこだわりが感じられるプログラムだ。
「ボレロ」は、オーチャード・ホールでの初演時には舞台上にオーケストラが配され、その前に舞台が張り出していたが、今回はオーケストラはピットに収まり、熊川はがらんとした暗い舞台の中央で踊った。この配置の変化によって、ダンス空間が驚くほど広がり、作品全体がその相貌を変えたといってもいい(じつは初演時、私はプティの振付が大いに不満だった)。振付も若干変わっているが、何よりも驚いたのは熊川の踊りの変化だ。初演時はいわば「若々しさ」が全編を貫いていたが、それに深い陰影が加わり、じつに深みのあるダンスになった。
 第二部の「サイド・ショウ」「ラ・バヤデール」はいずれも熊川個人にとって思い出深い作品。スチュアート・キャシディが踊った「サイド・ショウ」は、ロイヤル時代に熊川がムハメドフと並んでキャスティングされたコミック・バレエ。立派な髭をたくわえた筋肉ムキムキのダンサーという役柄は熊川にはミス・マッチのように思われるが、なぜか振付者マクミランは熊川に踊らせ、熊川自身もすごく気に入っているという。次回はふたたび熊川自身に挑戦してもらいたいものだ。
「ラ・バヤデール」はマシュー・ディボルに変わって法村圭緒が主役のソロルを踊った。ちょうど十年前、ロイヤルで主役を踊っていたダンサーが負傷し、熊川がたった四日間の稽古で見事代役をつとめたという有名なエピソードが残されているが、彼のクラシック・バレエへのこだわりを示すプログラムだ。
 第二部を締め括る「Wolfgang」は、私たちが始めて目にする熊川の振付作品だ。今後、彼が振付家としても成功するのかどうかは未知数だが、積極的に創作にも取り組んでほしいと思う。
 多くの熊川ファンがいちばん楽しみにしていたのは「若者と死」だろう。「ボレロ」と同じプティが五十年近く前に振り付けた、現代の古典である。熊川はかなり以前からこの作品を踊りたいという希望を洩らしていたと聞くが、その願いがついに叶ったわけだ。その結果は、予想をはるかに上回る素晴らしい出来だった。彼ならではの超絶技巧も、これまではそこだけが目立ちがちだったが、ここではぴったりと作品に溶け込んでいた。私の場合、映画『ホワイツナイツ/白夜』の冒頭のバリシニコフのイメージが強かったのだが、あれは映画用に短縮されているせいで、ドラマが見えてこない。今回の熊川のダンスをみて、若者がかならずや直面する恋と死のドラマがくっきりと浮き彫りにされるのを感じた。(3月28日 東京文化会館)