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『ブルメイステルの生んだ奇跡』
(ダンスマガジン 1998/1)
10月30日に、スタニスラフスキー、ネミローヴィチ=ダンチェンコ記念モスクワ音楽劇場バレエによって東京文化会館で上演された『白鳥の湖』はひとつの「奇跡」だった。こんなに素晴らしい舞台には生涯にそう何度も接することはできない。どんなに優れたバレエ団だって、毎回完璧な出来映えというわけにはいかない。でもごく稀に、奇跡のような素晴らしい舞台を見せてくれる。私はあの夜、そうした奇跡的な舞台に接するという至上の幸福を得た。あの夜の興奮はいまも醒めない。
あらためていうまでもなく、1877年に初演され、1895年にプティパによって蘇演された『白鳥の湖』にはほとんど無数の改訂版がある。アドヴェンチャーズ・イン・モーション・ピクチャーズやマッツ・エックの「突飛な」改訂は別格としても、世界中のバレエ団がそれぞれ違う『白鳥の湖』を上演しているといっても過言ではない。そのなかでどれが最も優れた版かと問われたならば、私は迷わず「ブルメイステル版」と答える。
これはモスクワ音楽劇場で生まれ、そこで今なお大切に継承されている版である。ブルメイステルはスタニスラフスキー・システムを信奉していたから、この版は非常に演劇的であるが、その魅力は演劇的という一言では言い尽くせない。姫君が悪魔によって白鳥に変えられるというプロローグから、王子の愛の力で呪いが解けて人間に戻るという幕切れまで、これほど統一感と緊張感のある版は他にない。とくに傑出しているのは第三幕、すなわち舞踏会の場である。この幕は冗漫になりがちである。民族舞踊に退屈しながら黒鳥のパ・ド・ドゥを待ちこがれる、という体験は誰にでもあるのではなかろうか。その点、ブルメイステル版の第三幕の展開は見事としかいいようがない。観客の方は息をつく間もなく、緊張状態のまま幕切れまで引っ張っていかれ、幕が下りるとしばらく放心状態から抜けられない。
私が見た夜にオデット=オディールを踊ったのはタチアナ・チェルノブロフキナ。目が釘付けになるほどの美貌と、眩いばかりの美しい肢体に加えて、完璧で強靭なテクニックと、『白鳥の湖』を踊り込んできたという自信。そして何よりも稀にみる気品(これが大切!)。世界最高のオデット=オディールのひとりであることは間違いない。あの夜の彼女は隅から隅まで完璧であった。
驚いたことに客席は半分も埋まっていなかった。舞台が素晴らしいだけに、私の胸には日本のバレエ・ファンに対する怒りがむらむらとこみ上げてきた。「みんな、一体何を考えてるんだ!」がらんとした客席は舞台の上からも見えただろう。一瞬、やる気をなくすんじゃないかと不安になったが、それは杞憂だった。がらがらの客席がかえって「闘志」を燃えたたせたのか、ダンサーたちの踊りには怖いほどの気迫がこもっていた。あの夜、あの会場にいなかったバレエ・ファンはまことにお気の毒である。
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