搾取される子供たちの性──ラフ・スケッチ
 (イマーゴ 1990/2)

 誘拐
 フィリップ・カルロの『盗まれた花』(1)は、犯罪小説として第一級の作品とは言いがたいが、テーマはじゅうぶん衝撃的である。
 十歳になったばかりの可愛いブロンドの少女ヴァレリーが母親とイタリアへ旅行したときにポンペイの遺跡で突然行方不明になる。少女の祖父は大富豪だが、身代金の要求も脅迫もないまま、一年近く経って、親のもとに、〈ニンフェット〉というチャイルド・ポルノ雑誌が送られてくる。そこには、目を背けたくなるような恰好をさせられたヴァレリーの写真が載っていた。憔悴しきった母親の依頼を受けた主人公の私立探偵がヴァレリーの行方を追うのだが、少女はヨーロッパ全土に組織網をもつジプシーの幼児売買組織に誘拐され、アムステルダムでチャイルド・ポルノに使われ、更にはアラブの石油成金に売られようとしていた、という話である。
 私たちにとってショッキングなことは、これがけっして奇を衒った荒唐無稽なテーマではなく、アメリカでは現実に大いにありうるということである。作者は一年以上にわたってヨーロッパで取材したという(2)。
 最近アメリカに旅行したことのある人なら、銀行やスーパーのレジやタクシーの車内で、子どもの写真の載ったポスターを見たことがあるだろう。公共料金の請求書、銀行口座の計算書、スーパーの紙袋、クリーニングのビニール袋、牛乳の紙容器などに印刷されていることもある。いうまでもなく、行方不明の子どもたちの写真だ。アメリカでは毎年一〇〇万人以上の子どもが姿を消す。一〇〇万人。驚くべき数だ(すべてが誘拐というわけではなく、家出が相当大きな割合を占めるが、この子どもたちについては別の機会に述べたい)。誘拐に関してもいろいろなケースがある。「離婚した父親あるいは母親が誘拐するケースが多いのだ」などど知ったかぶりをしてはいけない。確かにそういうケースも多い。グッチョンの『坊やが帰ってこない』でも、母親と二人暮らしの少年が誘拐されたとき、真先に嫌疑をかけられるのは父親であるが(3)、子どもの失踪はそれだけで片づけられるような問題ではない。『坊やが帰ってこない』の誘拐犯は孤独な流れ者だが、小児売春、チャイルド・ポルノが絡んでいる場合も多い(家をとびだした、いわゆるストリートキッズも、ポルノ産業と関係をもつことがひじょうに多い。ニューヨークで、虐待され搾取された「家なき子」たちを収容する施設を運営するリッター神父の『契約の家』を読めば、その実態を垣間見ることができる)(4)。
 誘拐から子どもを守るため、「キディ・アラート」という、子どもが遠くまで行くと警報を発するという無線発信機まで売られている。定価は一三〇ドルだが、すでに一五〇〇以上売れたという(5)。
 親にとって子どもが誘拐されることは子どもの死よりも辛いということは、子をもつ身でなくとも容易に想像がつくだろう。ましてや、愛する子どもが、見るもおぞましいポルノに使われていたら。親にしてみれば、どうしてチャイルド・ポルノなどというおぞましい物が存在するのかと理解に苦しむだろうが、いうまでもなくそれを愛好する人間がいるから存在するのだ。いわゆるペドファイル(小児性愛者)である。

 チャイルド・アビューズ
 本稿のテーマは子どもにたいする性的虐待(sexual abuse)あるいは性的搾取(sexual exploitation)であるが、本論に入る前に幼児虐待全般について手短かに述べておくことにしよう。
 最近では、アメリカの雑誌を読んでも新聞を読んでも、幼児虐待(child abuse)という語に頻繁に出会う(6)。強姦もそうだが、幼児虐待はアメリカではわが国よりもはるかに身近で深刻な問題なのだ(わが国で強姦が「身近で深刻な問題」でないというつもりはないが、程度の差はやはり認めないわけにはいかない)。犯罪小説ばかり例に挙げるようだが、アメリカでもイギリスでも日本でも大ベストセラーになった『推定無罪』でも、本筋とは直接関係ないが、母親に腕の骨を折られ、鎖骨を折られ、肛門に火のついたタバコを突っ込まれ、あげくに頭を万力で締めつけられて頭蓋骨骨折で病院に担ぎ込まれる子どもが出てくる。作者のトゥローは元検事で(『推定無罪』執筆後、弁護士に転向)、この作品も彼の実体験がもとになっているから、このエピソードもおそらくはまったくの作り事ではなかろう(7)。
 幼児虐待はふつう次の四つのカテゴリーに分けられる。(1)子どもにたいして肉体的に暴力を振るう(physical violence)。(2)肉体的にも精神的にも子どもを放ったらかしにして顧みない(physical and emotional neglect)。(3)精神的に虐待する(emotional abuse)。(4)子どもにたいして性的なことをする(sexual abuse, sexual exploitation)(8)。
 右に述べたように、本稿ではもっぱら(4)について述べるが、ここで、幼児虐待全般についての一つの前提について触れておく。幼児虐待は近代の産物だということである。アリエスが明らかにしようとしたように、近代以前は「子ども」は存在しなかった。つまり、infancyはあったが、childhoodはなかった。子どもが存在しなければ、幼児虐待もありえない。
 もちろん、現代人から見れば幼児虐待としか思えないような行為はあった。しかも現代よりもずっと多くの子どもが犠牲になっていた。それが幼児虐待と呼ばれなかった、つまり幼児虐待とは見なされなかったというだけのことである。十八世紀以前のフランスでは子どもを里子に出すのが普通だったが(この慣習は貴族だけでなくかなり下の階層にまで浸透していた)、死亡率が高いのを承知で里子に出すことは立派な虐待だろう(9)。十九世紀のロンドンで、里子に出された私生児の八〇パーセントが死亡したという記録もある。里親は前金を受け取るとさっさと子どもを始末してしまったのだ(10)。よく知られているように、産業革命期のイギリスの鉱山では子どもが酷使され、大人が入れないような小さな穴に潜って一日に十数時間も働かされた。低賃金労働者としか見なされていなかったのだ。いっぽう多くの学校で、生徒たちは「愛の鞭」に打たれていた。そのために、たとえば鞭打ちで有名だったイギリスのウェストミンスター校の卒業生には鞭打ち愛好者になった者が多かったという(11)。こうした虐待の根底にあるのは、子どもは親の所有物だという観念である。所有物なのだから、生かすも殺すも親の勝手というわけだ。いまひとつは、親や教育者の頭にこびりついていた、「子どもは体罰に訴えてでも矯正すべきもの」という観念である。このどちらもが今なお根強く残っていることはいうまでもない(12)。
「子どもは保護されなければならない」という主張があらわれ、現実にそのための運動が始まったのは十九世紀になってからである。アメリカでは一八七一年にニューヨークで児童虐待防止協会が設立されている。いっぽう一八六〇年にはフランスの『公衆衛生・法医学年報』に「児童虐待の法医学的研究」と題された衝撃的・画期的な論文が発表された。筆者のアンブロワーズ・タルデューはパリ大学医学部の法医学の教授で、パリ医学アカデミーの会長をもつとめていた。タルデューは裁判所から司法解剖を依頼された、変死した子どもの例を三十二挙げて、それらがいずれも大人(ほとんどの場合は親)に虐殺されたことを明らかにした。それまでそうした子どもたちは「事故死」とされていたのだ。
 ここでわざわざタルデューの名を挙げたのには二つ理由がある。一つは彼が歴史上初めて「幼児虐待」の概念を提出したということである。タルデューの仕事は一〇〇年以上もの間一般からも専門家からも無視されていた、というより忘れられていたので、彼がケンプ(13)に代表されるような今日の幼児虐待研究の創始者だったという言い方は相応しくないかもしれないが、もっとも重要な先駆者だったことは間違いない。そして彼の名を挙げた第二の理由は、タルデューの仕事がフロイトの精神分析とまんざら無縁ではない、というよりきわめて重要な関係があることである。この点については後に触れる。

 インセスト
 子どもにたいする性的搾取(14)は、その行為の程度によって、子どもの性器に触れない行為(なでる、キスする)から、性器に触れる、性器に指を入れるといった行為を経て、子どもの膣あるいは肛門に自分の性器を挿入する(すなわち強姦)行為にいたるまで、いくつかの段階に別れる。一九七九年にサンフランシスコで、無作為抽出された九〇〇人以上の女性に「子どものとき、大人に性的ないたずらをされたことがあるか」と質問するという、幼児虐待研究史上における画期的な調査をおこなったダイアナ・ラッセルは、その行為の程度を(1)very serious abuse(膣や肛門への性器挿入、フェラチオ、カンニリングス、アナリングス)、(2)serious abuse(女性器をいじくる、交接の真似をする、膣や肛門に指を入れる)、(3)less serious abuse(尻、股などを撫でる、服の上から乳房や性器を撫でる、キスなど)、の三つに分類している(15)。行為の程度の差によって子どもの心に残る精神的な傷の大きさも異なるだろうが、いうまでもなく許容範囲などというものはないのであって、右のような行為すべてを性的搾取と見なしてよいだろう。
 また、加害者の大人が親か他人かによって二つに分類することができよう。より細かくいえば、他人といっても血縁者(叔父、従兄弟など)、顔見知りの大人(教師、家庭教師、近所の人など)、見ず知らずの他人などいろいろある。本稿の冒頭に取り上げた誘拐は、最後の場合における極端なケースと見なすことができよう。いっぽう親にも種類があり、血のつながった親あるいは育ての親の場合と、法的あるいは事実上の親、つまり親の再婚相手の場合がある(アメリカのように離婚が多い社会では前者と後者をきれいに区別することはできないし、したがって前者のみがインセストだとはいえない。右の分類は便宜的なものである)。容易に推測できるように、離婚・再婚の増加にともなって、親の再婚相手に性的に搾取される子どもの数は増えてきた。淋病検査をしたら、父親と、母親の連れ子の娘たちが同じ淋病に罹っていることがわかり、インセストが発覚したという例もある。
 数年前、わが国では母親と息子の近親相姦が急増しているということが話題になった。父親は企業戦士となって家庭に不在だし、受験戦争が激化し、母親と息子が癒着し、性的関係をもつようになる。中年の母親にとっては草臥れた夫よりも新鮮な若い男のほうがずっと性的魅力があるし、息子の性欲を発散させてガールフレンドを遠ざけ、勉強に専念させられる──といったストーリーだった。しかしこれは、「最近の女子大生に処女はほとんどいない」といった神話と同じく、ほとんど事実の裏づけなく興味本位のマスコミがでっちあげたものだ。アメリカでの調査によれば、インセストの四分の三は父娘相姦である(16)。本稿でも、もっぱらこの父娘のパターンに対象を絞ることにする。
 古今東西を問わず、あらゆる社会がインセストをタブーとしてきた。王族皇族といったある意味での被差別部族の場合も、特権的例外というより、インセストとされる人間の範囲が一般庶民とは違っていたのだと考えればよい。実際、社会によってその範囲は異なる。日本はひじょうに狭いが、中国や韓国は反対に広い。
 どうしてインセストがタブーとされてきたのかという謎にたいする答えは今もって出ていないといっていい。もっとも広く流布している説明は優生学的説明、つまり近親相姦によって「血が濃くなり」、生物学的に異常な個体が生まれる可能性が高まる、人間のみならず高等動物は経験的にそれを知っていて、本能的に近親相姦を避ける、というものである。これは日本のようにインセストとされる範囲が狭い社会にあてはまるが、その範囲の広い社会については説明にならないし、血が濃くなると非常に優れた知能・才能の持ち主が生まれる可能性も高いということは経験的に知られている。レヴィ=ストロースが『親族の基本構造』においてインセストを女性の交換システムとして説明したことは周知の通り。また、役割混乱を避けるためという説明もある。人間は家族内である決まった役割を担うことによって安定した生活を送ることができる。映画『チャイナタウン』には、フェイ・ダナウェイが「この子はわたしの妹であり、娘でもある」と告白するところがあるが、このように家族内の役割=身分が混乱してしまうと家族も崩壊し、家族を基本単位とする社会も崩壊してしまうという説明である。
 インセスト・タブーの起源はともかくとして、話をいわゆる近代社会に限定すれば、問題はもう少し見えやすくなる。近代社会は男女関係つまり性的関係と親子関係を、倫理上の相対立する二大原理としてきた。親子が縦軸、男女が横軸だといってもいい。この二つは相容れないものである。混ざってはいけないのだ。インセストはこの両者の混同である。心理学的にいえば、性と肉親愛の混同である。エーリッヒ・フロムのいうように(『正気の社会』)、インセストの本質は性的なものではなく、親密さとか暖かさといったものである。インセスト・タブーを犯す親はそうした肉親愛を性的関係と混同してしまう、あるいは無理やり両者を結びつけてしまうのである。臨床例もそのことを裏付けている。親が娘と性的関係を結び、社会に背を向けてしまうと、家族は閉じ、一つの「ユートピア」と化す。
 と、ここまで書いて澁澤龍彦の「インセスト、わがユートピア」(一九七二)という一文を思い出した。彼はその中で「近親相姦=ユートピア」論なるものを提唱している。澁澤はまず、なぜ子どもを作らないかという質問にたいする答えとして、男の子が生まれれば妻の愛情を奪われることになるし、女の子が生まれれば自分の愛情は妻から離れて娘にばかり注がれることになる、「私は妻を愛しておりますから、かかる事態は避けたい」と述べ、さらに次のようにいう。「私にとって、娘という存在は、近親相姦の対象にするためにのみ存在価値を有するものであって近親相姦の禁じられている現実の世界では、娘をもつことの意味はまったくないのである。娘と近親相姦とはぴったり重なり合う概念であって、げんに娘をもちながら、近親相姦を行わないということは、げんに自動車をもちながら、ガレージにしまいっ放しにしておいて、自分ではまったくこれに乗らないことにひとしいのである」。「かつて私はユートピアについて論じたとき、『ユートピアなるものは、なるべく私たち自身の手の届かない永遠の未来に、突き放しておくべきものであって、安直に手にはいるようなテクノクラシーのユートピアは、真のユートピアとは似て非なるものだ』と述べたことがあるけれども、私にとって、私自身の『娘』とは、まさにこのユートピアにもひとしいものなのである」(17)。インセストの本質をじつに鋭く衝いている。
 澁澤は同じ文章の中で、娘は乗れない自動車だという卓抜した比喩を、「世間には御苦労さまにも、自分では乗れない自家用車を何台もガレージにしまっておいて、結局、最後には、自動車泥棒に次々に掻っぱらわれるがままになっている父親も多いようである」と結んでいるが、少数ながら、実際にその自動車に乗ってしまった親たちもいる。近親相姦というと、人里離れた山奥に住む、知能が低く貧しい男が娘を犯す、というイメージを抱いている人が多いようだが、少なくとも現在では、近親相姦は貧富の差や教育程度の差とは無関係に起きている。むしろ中産階級に多いという統計もある。
 では、どういう父親が娘とインセストを犯すのか。多くの臨床例から明らかなのは、内向的性格で、社会的に孤立している、あるいは少なくとも孤立感を抱いていることが多い。そういう父親は家族を大切にする、というより家族が彼にとって唯一の拠り所なのである。いっぽう娘のほうはといえば、インセストを引き起こす少女の場合に限らず一般に、思春期にさしかかると、男女関係へのいわば準備をする。「女」としての自分を意識しはじめ、意識的あるいは無意識的に男性にたいしていわばモーションをかける。むろんこれ自体にはなんの罪もない。インセストを起こす父親はいわばそれにのってしまうのである。注目すべきは母親の役割である。母親が父と娘の関係に気づいていながら目をつぶっていたというケースがひじょうに多い。家事を娘に任せていたとか、頻繁に家を留守にして父と娘が二人きりになる機会を提供していたということが多い。そういう母親は、精神的にも経済的にも妻の座を捨てたくない。が、自分の性的魅力に自信がない、あるいはセックスに歓びを感じることができないので、性的パートナーの役割は降りたい。そこで娘を差し出すのである。インセストが発覚すると、父と娘は引き離され、多くの場合それぞれサイコセラピーを受けることになるが、時間をおくと、多くの場合に娘は父親にたいしては許すようになるが、母親にたいしてはいつまでも激しい恨みを抱くことが多いという(18)。
 ところで、人類学者のフィールドワークによると、いわゆる未開部族の間では、母親が幼い息子にマスターベーションをほどこすとか、父親が息子のペニスをフェラチオするとか、親子間の性的な行為はけっして珍しくないようだ(19)。最近知ったのだが、息子が父親にフェラチオをほどこして精液を飲んだり、父親が息子にたいして肛門性交をするという種族もあるらしい(生命のエッセンスを子に伝えるという意味があるようだ)(20)。
 そうした行為といわゆる先進国におけるインセストの違いは、前者においては子どもに性的な行為を強制することがない、つまり性的搾取はないということである。他の性的搾取と同様、インセストにおいても、子どもは虐待され、性的に搾取されているのであり、多くの場合、犠牲者となった子どもたちは驚くほど長きにわたって精神的外傷に苦しむことになる。ケンプによると、思春期にインセストに関わった少女は後になって冷感症、ヒステリー、恐怖症に陥ったり、乱脈なセックスに走ったり、精神病的な行動を起こしたり、自殺を企てたりする(ちなみに男子の場合はもっとひどく、正常な情緒発達が阻害されることが多いという)(21)。いうまでもなく、これを初めて理論化したのがフロイトである。その後彼はその理論を破棄することになるのだが。

 ペドフィリア・シンドローム
 以上、近親相姦について論じるにあたって、対象を父娘というパターンに限定したが、同様に、それ以外の大人と子どもの間の性的行為についても、男と少女というパターンに対象を絞ることにする。男の子も犠牲になっているが、犠牲になってきたのは少女のほうが圧倒的に多いからである。
 歴史を振り返ってみると、インセストは人類始まって以来のタブーといえそうだが、自分の娘以外の少女(以下、他人の少女としるす)との性関係についてはけっしてそうでなかったことがわかる。少女の結婚年齢の低さがそれを物語っている。世界最古の文明とされるシュメール文明時代(およそ五千年前)の粘土板には「ロバじゃあるまいし、私は三歳の少女と結婚することには反対だ」という文章があるという(22)。そんなに遡らずとも、たとえば現在インドでは男子十八歳、女子十五歳が法的に結婚が許される年齢だが、この法律が制定されたのは一九五五年のことで、それまでは幼い少女との結婚が許されていた。政略結婚の例でもわかるように、少女との結婚には政治経済社会的背景が絡んでおり、単純に結婚=性関係と見なすわけにはゆかないが、少女との結婚の根底に男性のペドフィリアックな願望があることは否定できないように思う。現在アメリカのほとんどの州で、承諾年齢(結婚および性交にたいする女子の承諾が法的に有効だと認められる年齢)は十八歳(サウスダコタとヴァージニアは十五歳、コロラド、ハワイ、ジョージアは十四歳、デラウェアでは最近までなんと九歳だった)だが、一九六二年にはアメリカ法律研究所が一律に十歳に引き下げたらどうかという提案をしている(23)。また、時どき話題になるが、小児性愛者の団体は「少女を解放せよ」というスローガンのもとに承諾年齢引下げを要求する運動を展開している。〇歳まで下げろと要求している団体もあるそうだ。そんな団体があるのかと驚く向きもあろうが、インセストをおかす父親とは違って、小児性愛者は徒党を組む傾向があり、かなり大きな団体がいくつもあるらしい。彼らにいわせれば、早期の性体験が子どものその後の人格形成に悪影響をおよぼすのは、社会がそれを悪と決めつけているからにすぎず、「自由化」すれば問題はなくなる。一九八三年には、「子どもとセックスをするには、まず遊びの一部として始めるのが最良である」という一文で始まる『子どもとセックスする方法』というパンフレットがひそかに出回っていることが明らかになった(24)。
 いったいどれくらいの数の少女が性的搾取の犠牲になっているのか。いうまでもなく、レイプの場合と同じく、正確な実態をつかむことはほとんど不可能である。それは、やはりレイプの場合と同様、被害者がなかなか警察に通報しないからである。調査もしにくい。相手が子どもだからである。そこで遡及的方法というか回顧的方法というか、成人女性にたいして「子どもの頃に、大人から性的ないたずらをされたことがあるか」と質問するのがもっとも有効な調査方法ということになる。最初にこの方法をとったのは、かのアルフレッド・キンゼイである。いわゆる『キンゼイ報告』(のうちの『人間女性の性行動』一九四八)の重要な発見の一つは、アメリカにおいて大人と子どもの間のセックスがきわめてありふれたものであることを明らかにした点である。キンゼイの調査は四〇〇〇人の女性を対象にしていたが、その四分の一近くが「ある」と答えたのである。驚くべきことは、クルードソンが指摘するように、キンゼイ報告のこの部分が大衆からも専門家からもまったく無視され続けたということである。一九七九年に発表されたフィンケラーの調査では一九パーセントが「ある」と答えた。先に触れたラッセルの調査(一九七九)では、「ある」と答えた女性は三八パーセントだった。一九八五年、「ロサンゼルス・タイムズ」は独自に調査をおこない、「アメリカ人の少なくとも二二パーセントは子どもの頃に性的搾取を受けたことがある」と発表した。アメリカ人の四人か五人に一人は子どもの頃に性的搾取を受けていることになる。実際はこれより多いかもしれないが、これより少ないということはありえない。体験のない人が「ある」と答えるはずがないからである。「ロサンゼルス・タイムズ」の調査では、「ある」と答えた人の三分の一は、成人になるまで自分の体験を誰にも喋ったことがなかった(25)。
 手元に正確な数字がないが、現在アメリカで、子どもにたいする性的搾取の警察への通報件数は毎年たしかに二〇万件ほどだと記憶している。驚くべき数だが、容疑者が起訴に持ち込まれるケースはきわめて少ない。子どもの体内に精液が残っていたとか、性器が傷ついているとかでない限り、立証はほぼ不可能なのである。それで「小児性的搾取の訴えはほとんどでっちあげだ」「魔女狩りだ」と主張している人びともいる。実際、子どもが嘘をついたというケースもないわけではない(26)。
 いったいどういう大人が子どもに性行為を強制するのか。それはとても一口にはいえないが、なかでとくに注目すべきは、子どもに接する機会の多い人間、あるいは子どもを保護・監督する立場にある人間がそうした行為に及んだというケースである。ベビーシッターによる性的搾取はすでに日本でもしばしば話題になっているが、教師のケースも多い(教師が子どもと接しているうちに小児性愛者になってゆくのか、それとも小児性愛者が性的目的をもって教師になるのか? おそらくその両方のケースがあるだろう)。カリフォルニアのマンハッタン・ビーチで、学校ぐるみで(つまり経営者も教師も)生徒に性的暴行を働いていた、という事例もある。教師は生徒たちの目の前で、学校で飼っていたウサギの首を切って殺し、「学校でのことを親に話したらこうなるぞ」と脅迫していたという(27)。またもや犯罪小説を例に出すが、ジョナサン・ケラーマンの『大きな枝が折れる時』は、家庭から捨てられた不幸な子どもたちを収容して育てる慈善施設が、じつは小児性愛者たちに子どもを提供する組織だったという話である。その施設に協力するボランティアの名簿はじつは「顧客リスト」であり、その中には政府要人もいた。作者のケラーマンは小児科医であり、この作品もまったく作り事とは思えない(28)。

 精神分析
 虐待された子どもたちの訴えに親身になって耳をかすべきサイコセラピスト、とくに精神分析家には、子どもの話を端から妄想と決めてかかる傾向がある。オイディプス理論を叩き込まれているからである。これについてはフロイト自身に相当責任があると言わねばなるまい。
 フロイトは一八八五年にパリに留学し、サルペトリエール病院のシャルコーに師事したが、翌年ウィーンに帰り、開業した。彼の患者(というよりお客)は主にヒステリー症状を訴える女性たちだった。フロイトの診察料は相当高かったから、彼のもとにくる女性たちはみな裕福だった。俗な言い方をすれば、フロイトは高い金をとって有閑マダムたちの話し相手になっていたのである(この伝統はその後アメリカで続くことになる)。女性患者たちの話を聞くうちに、フロイトは不思議なこと、というより驚くべき事実を発見した。患者たちがほとんど例外なく、幼い頃に大人(とくに親)から性的ないたずらをされたと告白するのである。フロイトは、ヒステリーあるいは神経症の原因はそうした幼時体験にある、と考えた。彼はこれが革命的な発見であることを自覚していた。親友のフリースにあてて、自分は「一〇〇〇年以上も昔からの謎を解いたのだ、ナイルの源を発見したのだ」と書き送っている。後に「誘惑理論」と呼ばれるようになるフロイトのこの理論をまとめたものが、『ヒステリーの病因について』(一八九六)である。彼はこれをウィーン精神医学神経学学会の会合で発表したのだが、反応は冷たかった、というよりまったく無視された。フロイトはフリースにあてて、「やつらはみんな地獄へ落ちろ」と書いている。
 ところが数年後、フロイトは、患者たちの話す幼時体験は事実ではなく空想なのだ、と考えるようになり、精神分析学の要ともいうべきオイディプス理論を構築することになる(29)。
 一九八一年、フロイト関係文書のプロジェクト・ディレクターだったジェフリー・マッソンが、「フロイトのオイディプス理論は根本的に間違っている、誘惑理論のほうが正しかったのだ。彼はオイディプス理論へ転向することによって、大人たち(とくに親)から性的暴行を受けていた無数の子どもたちを見放したのだ」と発言した。アメリカの精神分析学界は騒然となり、著名な分析学者が次々と雑誌で反論を発表した。マッソンはその職をクビになった。彼は一九八四年に自分の考えをまとめ、『真実の凌辱』と題して出版した(30)。そこにはフロイトの未発表の手紙が数多く引用されていたので、フロイトの遺著管理人(とくにアンナ・フロイト)は彼を告訴した。未発表の手紙とは何かというと、『精神分析の起源』と題されたフロイトのフリース宛て書簡集は現存する手紙の約三分の二だけを収録している。マッソンが引用したのはそこに収録されていない(マッソンに言わせれば故意に隠匿された)手紙だったのである。結局示談が成立し、マッソンがフリース宛て書簡集の完全版を編集して出版することになった(八五年に出版された)。
 先に述べたように、アンブロワーズ・タルデューは一八六〇年に史上初めて幼児虐待に関する論文を発表したが、その後、一八八六年にはリヨン大学の法医学の主任教授だったアレクサンドル・ラカサーニュが「幼女にたいする性的暴行」という論文を発表し、同じ年、弟子のポール・ベルナールが『幼女にたいする性的暴行』と題する本を出版している。この本によると、一八二七年から七〇年の間にフランスでは十五歳以下の子どもにたいする強姦および性的暴行の事件が三万六一七六件あったという(それにたいして大人の強姦暴行事件は一万件以下だった)。
 タルデューの後を継いでパリ大学の法医学の教授となったポール・ブルアルデルは、毎週パリのモルグ(死体保管所)で検屍解剖と講義をおこなっていた。パリに留学していたとき、フロイトはほとんど欠かさずこの講義に出席していたことがわかっている。マッソンによれば、おそらく大人に暴行された子どもの解剖もあったにちがいないという。また、フロイトの蔵書の中に、タルデュー、ベルナール、ブルアルデルの著書があったこともわかっている。
 つまりフロイトは、開業して女性患者たちの幼時体験の告白を聞く前に、パリで幼児虐待の実態をその目で見ていた、という可能性がひじょうに高いのである。ただし、マッソンも認めるように、決定的証拠はない。
 フロイトは自分の論文の中で、これらフランス人たちの研究を引用していない。名前すら挙げていない。自説のオリジナリティが損なわれるからだろう。じつは、子どもは「大人から性的ないたずらをされた」という嘘をつくことがある、ということはすでにフランスの医師たちによって指摘されていた。したがって、オイディプス理論への転向もまたフランス人の研究をもとにしているという可能性もあるのである。
 なお、この話には後日談めいたものがあって、フロイトの晩年、若い弟子のサンドール・フェレンツィが、自分の臨床例をもとに、フロイトの誘惑理論とそっくりの理論を提唱するのである。もちろんフロイトはそれを認めなかった。
 これまで精神分析学者たちの間では、精神分析はオイディプス理論の構築によって成立したとされてきた。彼らにとって、オイディプス理論は絶対に譲ることのできない砦なのである。それにたいするマッソンの疑問についてはもう少し詳しく理論的に述べたいところだが、それは別の機会に譲るとして、本稿のテーマに関連して一言だけここで述べておくと、フロイトの『ヒステリーの病因について』は、幼児虐待に関しては今日なお理論的にそのまま通用するものである。幼児虐待研究者にとってバイブルとも呼ぶべき論文である。
 最後に、本稿ではもっぱらアメリカにおける幼児虐待、とくに性的搾取について論じたけれども、ではわが国ではどうなのだろうかという疑問が生じよう。筆者はアメリカほど深刻な問題には発展しないだろうと考えている。レイプについても同じである。誤解を招きそうな(フェミニストたちから罵倒されそうな)言い方だが、その理由は、後者については、日本の男は基本的に弱いからであり、前者についていえば、日本では基本的に子どもを大事にするからである。もちろん、アメリカほどにはならないといっても、安心しているわけではない。ウサギ殺し、ニワトリ殺しの事件などを見るにつれ、いやな予感はしている。が、目下のところ、日本の子どもたちにとってもっと深刻なのは、親が子どもに構いすぎることだろう。ここの国の子どもたちは、いささか古い言葉だがママゴンによる「過剰子育て」によって搾取されている。


(1) フィリップ・カルロ『盗まれた花』菊池よしみ訳(早川書房)。主人公をはじめ、善玉の登場人物たちがやたら悲憤慷慨するのがいささか鼻につくが、ポルノ写真あるいはヴィデオの内容を興味本位に詳細に描写することを故意に避けている点には大いに好感をおぼえる。憤慨したポーズをとり、あるいは告発すると称して、じつは興味津々たる読者の欲求を満足させようとする手口は、たとえば昨夏の幼女連続誘拐殺人事件の報道でも目についた。
(2) アムステルダムがチャイルド・ポルノ産業(だけではなくポルノ産業全般)の一大中心地であることは周知の通りである。ただ、国際幼児売買組織がジプシーであるという点には疑問を感じる。ジプシーが子どもを誘拐するという偏見(その基となる事実がないわけではないが)は今なお根深いからである。
(3) ベス・グッチョン『坊やが帰ってこない』小沢瑞穂訳(早川書房)
(4) Ritter, Bruce; Covenant House: Lifeline to the Street (Doubleday, 1987) なお、Ritter; Sometimes God Has a Kidユs Face: The story of Americaユs exploited street kids (Covenant House、1988)は前掲書から書簡だけを抜き出して編集したもの。巻末に、施設で働きたいというボランティアのための案内とともに、リッター神父のモットーとでも呼ぶべきものが九ヵ条にわたって述べられている。ごく一部だけ紹介したい。「子どもを売買してはならない。子供を搾取してはならない。子どもは商品ではない。人は誰でも商品ではない。もし通りで少女を買ったとする。あなたは金を払う。だが少女も払うのだ、たいへんな犠牲を」「傷ついている子どもたちに手をさしのべなさい。あなたは世界を救うことはできない。誰にだってできない。でも一人の子どもの命を救うことはできる。ライ麦畑の捕手たれ」
(5) Crewdson, John; By Silence Betrayed: Sexual Abuse of Children in America(Harper and Row, 1988), pp.109-110.
(6) 本稿では幼児、小児、児童を同じ意味で用いる。つまり混用する。
(7) スコット・トゥロー『推定無罪』上田公子訳(文芸春秋)
(8) たとえば、Kempe, Ruth. S. and C. Henry Kempe; Child Abuse (Harvard U. P., 1978),p.6参照
(9) バタンテール『プラス・ラブ』鈴木晶訳(サンリオ)参照
(10) Cf. Radbill, S. X.; メA History of Child Abuse snd Infanticide.モ In Helfer and Kempe (eds.); The Battered Child (Univ. of Chicago Press, 1968)
(11) コリン・ウィルソン『性のアウトサイダー』鈴木晶訳(青土社)二九八ページ参照
(12) 学校における体罰は明らかに虐待であり、教育の荒廃の最大の原因の一つといえる。この問題については、芹沢俊介『現代〈子ども〉暴力論』(大和書房)参照
(13) ケンプの仕事としては、註(7)(8)に挙げた本の他、やはりヘルファーとの共編で次のものがある。Child Abuse and Neglect: The Family and the community (Ballinger, 1976), Helping the Battered Child and His Family (Lippincot, 1974)
(14) 性的搾取という用語がわが国で用いられているのかどうか知らない。ふつう強姦以外は「性的いたずら」と呼ばれているようだ。強姦も「暴行」「乱暴」などと言い換えられている。性的搾取はsexual exploitationの直訳だが、自分の利益のために相手を犠牲にし利用するという意味で、子どもにたいする性的行為をあらわす用語として相応しいと思う。
(15) Russell, Diana; モThe Incidence and Prevalence of Intrafamilial and Extrafamilial Sexual Abuse of Female Children,モ International Jaurnal of Child Abuse of and Neglect 7 (1983), pp.133-9.
(16) Kempe and Kempe, op,cit., p.47.
(17) 澁澤龍彦「インセスト、わがユートピア」、『人形愛序説』(一九七四、第三文明社)に収録、「ビブリオテカ澁澤龍彦」「、二三一ページ以下
(18) Kempe and Kempe, op. cit.,pp.48-49
(19) Henry, Jules; Jungle people (Vintage, 1964).
(20) Herdt, Gilbert H; Guardians of the Flutes (McGraw-Hill, 1981).
(21) Kempe and Kempe, op. cit.,p.56
(22) Kramer, Noah; History Begins at Sumer (1959), cited in Rush, Florence; The Best Kept Secret: Sexual Abuse of Children (McGraw-Hill, 1980), p.17.
(23) Rush, Florence; メChild Pornographyモ in Lederer, Laura (ed) ; Take Back the Night: Women on Pornography (Morrow, 1980)
(24) Crewdson, op.cit., p.95.
(25) Crewdson, op.cit., pp.24-25.
(26) クルードソンは、一九八三年にミネソタ州ジョーダン市で起きた不可解な事件を紹介している。Cf. Crewdson, op. cit., pp.1-23.
(27) Crewdson, op.cit., pp.132-158.
(28) ジョナサン・ケラーマン『大きな枝が折れる時』北村太郎訳(サンケイ文庫)
(29) 大雑把にいえば、誘惑理論ならば悪いのは親だが、オイディプス理論だと子どもが勝手に空想するわけだから、親に責任はない。そこで、フロイトは自分の父親に罪を着せないために転向したのだという説が出てくる(フロイト自身、幼時に父親から性的搾取をされたのではないかという説もある)。これについては、マリアンネ・クリュル『フロイトとその父』水野・山下訳、思索社、参照。ちなみにこれも物議をかもした本である。
(30) Masson, Jeffrey Moussaieff; The Assault on Truth: Freudユs Suppression of the Seduction Theory (Farrar, Straus & Giroux,1984)このタイトルは、assault on young girls (少女にたいする性的暴行)をもじったものである。この本は現在翻訳中と聞く。ちなみにマッソンはその後精神分析にほとほと嫌気がさしたらしく、『精神療法批判』を書いている。