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フロイトにおける神経学と心理学──素描
(現代思想 1988/4)
ラカンのようにもっぱらテクストのみを問題にするなら話は別だが、フロイト研究にとってジョーンズの『フロイトの生涯』が必読の書であることはあらためていうまでもない。いろいろ欠点はあるが、「他の著書からは得られないデータを豊富に備えており、また、きわめて重要な内側の情報を伝えているという点で」(ゲイ『ドイツの中のユダヤ』)不可欠の文献である。だが一方、その欠点を他の文献によって補わなければならないというのもすでに常識である。ジョーンズ以後に出版されたフロイト研究書は、とくに重要なエレンベルガーの『無意識の発見』やシュール『フロイト/生と死』をはじめ夥しい数にのぼるが、ここ十年の間にひときわ重要な伝記が二冊書かれている。フランク・サロウェイの『フロイト』(一九七九)とピーター・ゲイの手になる『フロイト』(一九八八)である(どちらも邦訳が出る予定。サロウェイの方はもう出てもよさそうなものだが)。
ピーター・ゲイはすでに『フロイト、ユダヤ人、その他のドイツ人』(邦題『ドイツの中のユダヤ』)、『歴史家のためのフロイト』、『神なきユダヤ人/フロイト、精神分析の誕生』などのフロイト研究があり、歴史学に精神分析を大胆に導入して全五巻六冊に及ぶ『ブルジョワの経験』を現在執筆中(二冊既刊)だが、『フロイト』では──じつは全体の三分の二にあたる量の校正刷が手もとにあるだけなのだが──クロノロジカルに、オーソドックスな書き方をしながら、彼なりにフロイトを「精神分析」している。ゲイらしくストーリー・テリングの腕前は冴えており、その記述の精密さや新発掘資料の豊富さからいって、これが翻訳されればジョーンズの伝記(周知の通り、日本語版は抄訳である)の使命も終わるのではないかとさえ思われる。
サロウェイの『フロイト』も、一般読者向けに平明に書かれていることもあって、読みだしたらやめられないほど面白い。「精神の生物学者」というサブタイトルが付されていて、さらに「精神分析の伝説を超えて」というサブ・サブタイトルがついているが、このサブ・サブタイトルが示しているように、サロウェイの主眼は、精神分析の信奉者たちによって作り上げられた「フロイト伝説」を修正することであり、フロイトの「伝記」が典型的な英雄伝説、すなわち英雄が迫害され、危険な旅に出、自力で運命を切り開いてゆくというパターンをそっくりなぞって作り上げられていることを丹念に証明している(当然ながらアイゼンクは『フロイト帝国の衰退と没落』〔邦題『精神分析に別れを告げよう』〕においてサロウェイを大いに利用している)。フロイトの「独創性・革命性」という神話を破壊するために、サロウェイはかなりのページを割いて、フロイトがダーウィンはじめ一九世紀の自然科学者・医学者・性科学者たちの研究にいかに多くのものを負っているかを実証している。また、フリースについても詳しく調べ、フロイト‐フリース神話、すなわちフロイトはフリースをたんなる聞き手として(つまりフリースは積極的な役割を演じていなかった)、自力で自己分析に取り組み、精神分析理論の基礎を築いた、とか、フロイトはフリースの非科学的・オカルト的生理学を評価していなかった、といった神話の虚偽を暴き、フロイトが、バイオリズムの創始者ともされるフリースの理論にかなり傾倒していたことを明らかにしている。
さて、サブ・タイトルが示しているように、サロウェイが全編を通して論駁の対象としているのは、精神分析は自然科学からは独立した一個の体系(たとえば解釈学)であるという(サロウェイにいわせれば)偏見である。サロウェイは、フロイトの全著作を通して、その底には生物学者としてのフロイトがいるのだと主張する。
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ゲイはその『フロイト』の冒頭で、『夢判断』が実際には一八九九年十一月に出版されたにもかかわらず、題扉の日付は一九〇〇年になっているという事実の象徴性を指摘している。この日付の不一致は出版界の慣習にすぎないわけだが、今から考えると、『夢判断』──ひいては精神分析学──が一九世紀に形づくられた一個の精神の産物であると同時に、やがて二〇世紀の財産となるという事実をじつに的確に象徴しているというのである。
フロイトを神秘主義の流れのなかにおこうとする試みもあるが、その正当性についてはここでは触れないとして、彼の知的精神が一九世紀の「科学」によって培われたものであることは疑いない。その意味で、フロイトの生涯は、一九世紀による二〇世紀の呪縛という大テーマの一個別問題ともいえる。この一九世紀自然科学の呪縛は、これから述べる問題にも絡んでくる。
サロウェイが指摘するように、フロイト研究者の間では神経学者フロイトと精神分析学者フロイトとの(不)連続性がつねに問題になってきた(フロイトは八十三歳で世を去る直前まで精力的に執筆を続けていたので、読者はとかく思い違いをしがちだが、フロイトが明確に精神分析へと向かうのはいわば人生の後半になってから、すなわち四十代になってからのことであり、それまでに彼は神経学者として数々の業績をあげている)。フロイトにおける神経学と心理学(精神分析)との結筋点となっているのが、『科学的心理学草稿』である。
フロイトは『ヒステリー研究』においてすでに心理現象を心理学の用語で説明したが、それを書き上げた直後の一八九五年四月二十七日、フリースに宛てて、自分は毎日「神経学者のための心理学」に没頭しているが、今まで何かにこれほど熱中したことは一度もない、と書き送っている。その夏じゅう、彼はフリースに宛てて、この計画の進展や停滞、意欲や苦悩について報告を続けているが、九月初め、彼はこの『計画』におけるいくつもの未解決の問題に関してフリースの助言を得るため、ベルリンのフリースのもとを訪れた。フリースの助言と励ましに力を得て、帰りの汽車のなかで書き始めたのが『科学的心理学草稿』である。全四部のうち最初の三部(「一般的な計画」「精神病理学」「正常なφ過程を記述する試み」)は二冊のノートに書かれ、この二冊は十月八日にフリースのもとに送られた。「抑圧の精神病理学」を扱った三冊目のノートは未完成のままフロイトの手もとに残り、のちに失われた。フリースに送られた二冊は、フリース宛て書簡二八四通とともに、フリースの死後マリー・ボナパルトの手にわたり、かろうじてナチスの魔の手を逃れ、一九五〇年に、書簡(ただし全体の約半分。マッソンの尽力で全書簡が公刊されたのは八三年)とともに『精神分析の起源』として出版された。
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フロイトは『草稿』において、神経学のモデルによって心的装置および心理過程を説明しようと企てたが、カール・プリブラムは、「ジグムント・フロイトの神経心理学」(一九六二)、「フロイトの『計画』/精神分析のための、生物学的に基礎づけられた、開かれたモデル」(一九六五、本号に掲載)、マートン・ギルとの共著『フロイトの「計画」再評価/現代の認知理論および神経心理学への序章』(一九七六、邦訳進行中と聞く)などにおいて、『草稿(計画)』における神経=心理モデルが現代の脳神経生理学によって実証しうるものであることを繰り返し強調し、フロイトの先駆性を讃えているが、『草稿』におけるモデルを現代の神経学によって捉え直すことが、自然科学的医学についてはともかく、精神の学にとって今のところどの程度の意味をもっているのか、門外漢にはよくわからない。
『草稿』における「科学的心理学」の柱は、量(エネルギー)とニューロンである。ニューロンは外部から受けた刺激を完全に放出しようとする。この「ニューロンがみずから量を失おうとする傾向」がニューロン慣性の原理であり、一次機能である。ニューロン系は、内因的刺激にたいしては、この慣性の原理を捨てて、「量の貯蔵の維持を甘受せざるをえない」。その「貯蔵量をできるだけ低くし、その増大を防ぐ」傾向が二次機能である(のちに『快感原則の彼岸』一九二〇年において、「恒常原則」として確立される)。二次機能を説明するために、フロイトはニューロンとニューロンの接触点に防壁──接触防壁──があると考えた。ニューロンには、知覚をつかさどる(接触防壁が量の流出を拒まず、刺激を受けるとそれを全部放出する)透過性ニューロンと、心的事象全般をつかさどる(接触防壁によって量の流出を拒み、「記憶」する)非透過性ニューロンの2種類がある。フロイトは前者をφ(ファイ)ニューロン、後者をψ(プサイ)ニューロンと呼んだ。局所論的には、前者は脊髄灰白質、後者は脳の灰白質にあると考えた。さらに量だけでなく質を考慮しなければならないという要請から、意識をつかさどるω(オメガ)ニューロンが想定される。この三系統からなる神経モデルによって、回想、判断、思考などの心理過程を説明してゆく。そのへんになると難解でよくわからないのだが、確かなのは、一次過程、二次過程、置換、抑圧、また願望、自我の諸機能(判断、防衛、認識、期待、回想、観察、批判、理論化など)、ヒステリーの精神病理、睡眠、夢など、精神分析の基本的な問題がほとんどすべて取り上げられていることである。
この『草稿』の両面性については繰り返し指摘されてきた。『草稿』は、一方では、一九世紀の脳解剖生理学および神経学の成果の上に立っている。『草稿』は、「脳神話学(=思弁的脳解剖生理学)の一世紀の帰結」(エレンベルガー)であって、先行者たちの影響を指摘することは容易である(これについては以下を参照されたい。一番てっとり早いのはエレンベルガー『無意識の発見』下・七二─三ページ、安田一郎「神経学から精神分析へ」(『現代思想』総特集=フロイト)二五八─六〇ページ、サロウェイ『フロイト』一一四ページ以下その他。エレンベルガーもサロウェイも、アマカー『フロイトの神経学教育と精神分析理論にたいするその影響』一九六五にもとづいている)。他方、右に述べたように、精神分析の基本概念の多くをすでにして含んでいる。
フロイト自身の構想も両面的で、一方で彼はそれまでの脳研究およびニューロン理論にもとづいてモデルを構築しようとしつつ、他方、臨床的に観察された神経症の症例にもとづいたモデルを構想していたのである。精神分析にとって重要な概念となる置換を例にとると──ニューロンは先に触れた慣性の原理によって、量をすべて放出しようとするから、量はそのニューロンの経路に沿って移動する。これが置換の基本である。一方、ヒステリー性強迫において、Aという観念を意識すると泣く患者を分析した結果、Bという観念が存在し、本人がそのBにたいする複雑な心的作業を行なわない限りBを意識するたびに泣くという症状が消えないことが明らかになったとする。この場合、A+Bという体験があったと考えられる。回想のなかでAがBにとって代わり、Aには相応しくないような結果をAが引き起こすという結果になったのである。Aは強迫的であり、Bは抑圧されている。ここからわかることは、強迫のあるところにはそれに対応する抑圧があり、意識への過度の侵入のあるところにはかならず健忘があるということである。抑圧は量の剥奪という量的な意味をもっており、強迫、抑圧の二者の総計は正常人にあっては等しい。ということは、Bから奪われたものがAに付加されたのである。「病的な過程は、われわれが夢から知ったような置換に似たひとつの置き換えであり、したがって一次過程なのである」(人文書院フロイト著作集7・二七九ページ)。
なぜ置換を例にとったかといえば、いうまでもなくこの概念がラカンのフロイト読解において重要な概念となるからである。ラカンはヤコブソンの指摘を受けて、この置換を換喩と、圧縮を隠喩と同一視した。先の、量が移動してゆくニューロンの経路は、シニフィアンの連鎖と「読み替え」られる。
サロウェイの『フロイト』にもいえることだが、『草稿』を神経学に引きつけるか、心理学に引きつけるかという論争には、一九世紀自然科学の呪縛がいまだ感じられる。現代の脳神経学に関するまったくの無知を棚にあげていえば、『草稿』におけるニューロン・モデルをひとつのレトリックの体系ととらえ、ラカン的に読み替えることのほうが、少なくとも当面は、われわれにとってはるかに有効なのではないかと思われる。プリブラムのいう生物心理学モデルが生理学・心理学の双方に大きな実りをもたらすのは遥か遠くのような気がするからだ。
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