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カーニバルとディコンストラクション/英米の批評におけるバフチン
(現代思想 1985/8)
はじめに
バフチンはとっつきにくい思想家である。ドイツ流の文献学がロシアの大学を支配していた時代に古典学者としての教育を受けたことからくる重々しい形式と抽象化への偏愛。われわれの知るそれとはおよそかけはなれた文化史のシェーマ。ドストエフスキーただひとりが小説のポリフォニーを完成させたという類の、そう簡単には承服しがたい断定。強固な反ー体系の姿勢。そして読む者を難渋させる奇怪な文体。ロシア語が読める者は彼の文体がじつに厄介なものであることをよく知っている。ただ読むことはさして困難ではないが、ひとたび翻訳しようとするとたちまち立ち往生し、わかったと思っていたことがじつはごく表面的にしかわかっていなかったのだということを思い知らされる。ロシア人でさえ肩をすくめるような用語法に充ちているのである。デリダとはおよそ趣を異にしているとはいえ、やはりきわめて戦略的な文体であり、別の言い方をすれば、「バフチンのテクストにおいては、言語は小説におけるような働きをする」(1)のであり、文学の言説には脱構築が内在しうるというド・マン的な意味で脱構築的なテクストであるといえよう。
こうした馴染みにくさにもかかわらず、英米において(そしてフランスその他においても)、バフチンへの関心は急速に高まっている。「われわれはミハイル・バフチンにさして躊躇することなく二つの最高の賛辞を献げることができよう、すなわち彼は人文科学の領域におけるソ連でもっとも重要な思想家であり、二十世紀最大の文学理論家である」(2)というツヴェタン・トドロフのオマージュのうちにバフチンお得意の諧謔の臭いを嗅ぎとるか否かはともかくとして(3)、少なくとも、バフチンへの関心を裏づけるものがバフチンの思想それ自体の中にあることは誰しも否定できまい。同時に、「いまや時代の精神はフォルマリズム批評、内在批評の方向には靡いていない」(ド・マン)(4)といわれる英米のポスト構造主義批評の中に(ただし構造主義時代というのはなかった)バフチン導入への要請があるにちがいない。
バフチンについて論じた英米の批評をいくつか紹介することによって、そうした要請の一端を垣間見てみようというのが本稿の目的である(5)。
ミハイル・バフチンの英米への紹介の歴史をごく大雑把に振り返ってみると、最初に英訳されたのは『フランソワ・ラブレーと中世・ルネサンスの民衆文化』で、これが一九六八年、ついで七三年に『マルクス主義と言語哲学』と『ドストエフスキーの詩学の諸問題』が出た(6)。七六年には『フロイト主義』が、さらに七八年には『文学研究における形式的方法』が出ている。ここまでがいわば紹介の第一期といえよう。というのも八一年にマイケル・ホルクイストとキャリル・エマーソンが「叙事詩と小説」「小説の言葉の前史から」「小説における時間と時空の諸形態」「小説の言葉」の四論文を英訳、『対話的想像力』と題して出版し、これがその後の活発な論議の火つけ役となった。八三年には「クリティカル・インクワイアリ」誌がバフチン特集を組み、カナダでは国際バフチン・シンポジウムが
開かれた(7)。翌八四年、すなわち昨年にはバフチン入門書ともいうべきトドロフの『ミハイル・バフチン/対話原理』が英訳され、いまやバフチン研究者の必読書である、ホルクイスト夫妻による伝記が出版された。
ポリフォニー小説
七三年の『ドストエフスキーの詩学の諸問題』の訳は相当にひどいものだったが、昨八四年、エマーソンが新訳を出し、これにはウェイン・ブースが序文を寄せている。『小説の修辞学』の著者がバフチンから衝撃を受けたことは当然だといえよう(ブースはすでに『小説の修辞学』第二版で、シャッポを脱ぐという感じでバフチンを称揚している)(8)。ブース自身が述べているように、もし彼がもっと前にバフチンを知っていたなら『小説の修辞学』がまったく違ったものになったであろうことは疑いない。
ブースによれば(9)、フォルマリズム批評が「内容」なるものをどう処理するか、それには四つ方法がある。(1)意味を純粋な形式の上の汚れと見なし、これと正面から戦う(純粋フォルマリズム)。(2)形式への関心を棄て、芸術作品をそのイデオロギーと同一視し、正しいか間違っているかの尺度で作品を論ずる。(3)形式と意味とを安易に妥協させ、その間を無節操に往復する(新批評の根本姿勢はこれにあたる)(4)アリストテレス的態度。分離可能な内容という概念を破棄し、代わりに形式/素材という分離不能な対に依拠する。このアリストテレス的批評においては「効果」が重んじられ、個々の部分は全体の統一の中においていかに機能しているかという観念から評価される。この全体の統一とは作者の統一的意図である。これまでのブースの批評的態度はこれに属する。バフチンはこの立場にもっとも近いとはいえるが、根本的に異なっている。
かつて五十年代に、批評の主流であった「客観性」による小説評価にたいし、「構成的フォルマリスト」を自称したブースは、作者の声は作品のいたるところに浸透しているとして反撥した。この立場と、「ポリフォニー小説の作者の意識はその小説のなかに、たえず、いたるところに存在し、しかもきわめて能動的である」(10)というバフチンの立場とは一見近いように思われるが、根本的な差異は、ブースにおいては、いや西側の小説批評の伝統においては一貫して、登場人物は作者が操る人形にすぎないという点である。「私も時おり登場人物を、作者だけがすべてのルールを知っているチェス・ゲームのポーンにおとしめるような言い方をした」とブースもいうが、「(ポリフォニー小説の)作者の意識は他者の意識(つまり登場人物たちの意識)を客体にしてしまわない」(11){ドストエフスキーはゲーテのように、声の出ない奴隷(ゼウスのごとく)を創ったのではなく、創造主と同格にあって、彼に同ずることなく、むしろ彼と戦う能力のある自由な人間を創った。それぞれに独立して溶け合うことのない声と意識たち、そのそれぞれに重みのある声の対位法を駆使したポリフォニーこそドストエフスキーの小説の基本的性格である」(12)「ドストエフスキーは、逆説的にいうならば、観念によって思考したのではなくて、さまざまな視点、意識たち、声たちによって思考したのである」(13)といったバフチンの言葉は、西側の伝統全体を根底から揺るがす挑戦なのである。
『小説の修辞学』においては「語り」の分析に多くのページが割かれているが(14)、その背後にあるのはやはり右に述べたような、作者の統一的視野という前提であった。しかし、「ドストエフスキーにあっては、作者の言葉は主人公の独立した混ぜもののない言葉に対置される。そこで作者の言葉の置き方、それの主人公の言葉にたいする創作形式上の立場の問題が生じる。この問題は作者の言葉を表面に出すとか、Ich e zahlung(一人称の叙述)形式によってそれを回避するとか、語り手を導入するとか、小説を舞台のように設定して作者の言葉を卜書きにまで単純化してしまうとかいう問題より厄介である。作者の言葉を回避したり、少なくしたりするこうした構成上の手法はそれだけではまだ問題の本質に触れることにはならない。問題の真の創作上の意味はそれぞれの創作の課題に応じて、じつにさまざまである」(15)とバフチンがいうとき、この「創作の課題」とはたんに文学的効果の総和ではなく、他のすべての世界観を凌賀する世界観を達成することである。ポリフォニー小説の根底には生のポリフォニーがあるのであって、ポリフォニーとは生の真実であると同時に、永遠に追求すべき価値なのである。
そもそも小説はバフチンにとって、他のジャンルと並列されるたんなる一ジャンルではない----「小説は他のジャンルを(まさにジャンルとして)パロディ化し、他のジャンルの形式や言語の約束性の正体を明らかにし、ある種のジャンルを排斥し、ある種のジャンルは、そこに新たな意義を認識し、また新たなアクセントを置くことによって、自分自身の構造の内に引き入れる」(16)「ただ小説においてのみ、言葉というものは自己の特殊な可能性のすべてを開示し、その真の深みに到達することができる」(17)のである。テリー・イーグルトンはこのバフチンの小説観を、「そこでは内部に書かれたある言語が別の言語を相対化し、脱ー中心化する。言説のひとつの形式が別の形式を侵犯し、潰乱し、引用し、枠に入れ、パロディ化し、撤退させるのである」(18)と要約しているが、当然、ここからディコンストラクションとの係わりが問題となる。
ディコンストラクション
ブースはバフチンとディコンストラクションとの関係について次のようにいう。バフチンの思想は「言語を、とりわけ文学の言語を、それ自身とは別のいかなる種類の現実とも関係をもたぬものと見なしている人びと」に挑戦する。「バフチンは素朴な表象主義者ではないが、疑いなく彼にとって、小説に用いられている言語は、われわれの『言語的』生活をその最高の形式で表象することに成功しているか否かという基準で判断されるべきものである。この一点においてはバフチンの言わんとするところと、最近『ディコンストラクション』という名で言われていることの多くとは、絶対に相容れない(他の多くの点においては、バフチンは素朴なリアリズムや個人主義にたいする解体批評家たちの批判を援護するであろう)」(19)。
テリー・イーグルトンも、バフチンが現代のディコンストラクションの主要なモチーフの多くを先取りし要約していることを、繰り返し指摘しているが、その際、「しかもそれを確固たる社会的コンテクストの中においておこなっている」(20)とか「なおかつそれに歴史的基盤を与えている」(21)といった指摘を付加している。重要なのはこの付加部分である。というのも、イーグルトンによれば、「彼(バフチン)の著作の全体を貫く力は、われわれがここで比喩的にデリダ的そしてラカン的な立場と呼ぶものを、ポスト構造主義の多くを神経質にさせるに充分なほど革命的な政治と統合しようとしている」(22)のである。ディコンストラクションをブルジョワ・リベラリズムのどんずまりとして批判するこのイーグルトンが、ディコンストラクションを乗り超えるものとして提示するのがバフチンの「カーニバル化」である。
カーニバル化
バフチンの思想の主要な概念のうちでもっとも人口に膾炙しているのは疑いなく「カーニバル」だろう。この概念はすでに----ユング心理学の元型、アニマ、アニムスなどと同様----独り歩きしており、その影響の範囲を測ることはもはや困難である。
バフチンは歴史学的、人類学的にカーニバルを研究しようとしたわけではない。バフチンのカーニバルはむしろ「ひとつのモデル、理想タイプ、哲学的文化的理想像」であり、革命戦略である。したがってこの概念をカーニバルの歴史学的・人類学的研究に用いる場合にはよほど用心してかからねばならない。ドミニク・ラカプラは、バフチンの著作を概観した論文「バフチン、マルクス主義、カーニバル性」において、この点を、ル・ロワ・ラデュリの最近のカーニバル研究を絡めながら、指摘している(23)。
実際、バフチンはほとんどラブレーやゲーテの作品にあらわれたカーニバルしか分析していない。彼の関心の的は文学におけるカーニバル化だったのである。作家と社会的カーニバルとの繋がりはルネサンス以降うすれていく一方で、「カーニバル化は十八〜十九世紀の大多数の作家と同じく、ドストエフスキーにも、とくに文学ジャンルの伝統として作用したのであって、その文学外的源泉、つまり本当のカーニバルはおそらく彼にはっきり意識などされていなかったであろう」(24)。ここから、近代芸術家と民衆性という問題が出てくるが、ピーター・ジェラヴィチは世紀末ミュンヘンの演劇を例にとって、この問題を論じている(25)。
バフチンのカーニバル概念を各分野に適用した論文は数多く書かれている(26)。ラカプラの『思想史再考』も全体として、デリダをカーニバル概念を用いて思想史に位置づけようという試みであるが、ここではもっとも重要なカーニバル評価の例として、イーグルトンの批評をあげよう。
イーグルトンは『ヴァルター・ベンヤミンあるいは革命的批評に向けて』において、笑いとはおよそ無縁なベンヤミンとバフチンとを対比させながら----そして同時に、バフチンのカーニバルとベンヤミンの黙示録的ユートピアとの共通の根を探りつつ----ディスコントラクションを乗り超えるものとしてのカーニバルを熱く論じている。カーニバルはあらゆる超越的なシニフィアンをばらばらに解体し、滑稽さと相対主義に従わせる。「ユーモアの急進主義」がグロテスク・パロディによって権力構造を異化し、「必然性」は皮肉な質問のなかに放りこまれる。カーニバルは現にある権力構造の外在性と恣意性を暴くことによって、「人間が自分自身に帰る」黄金時代への潜在力を解き放つのだ。カーニバルはディコンストラクション以上のものだ。というのも、それを脱構築する超越的な大波それ自体によって再構築されるのである。笑いのカタルシスと、言説の新しい形式とは分かちがたく結びついている。バフチンのカーニバル的主題は『空虚』であると同時に『充溢』なのである。
この議論は論文「ヴィトゲンシュタインの友人たち」でも展開されるが、ここでは後期ヴィトゲンシュタインの言語ゲームと比較される。ヴィトゲンシュタインの言語ゲームの無際限性は、バフチンにおいては政治的境界の侵犯となる。バフチンはヴィトゲンシュタインが形而上学に反対して日常言語の内に求めた突破口を政治化し、そのカーニバル的形式の中にグラムシなら『自然発生的』政治哲学と呼ぶであろうもの(ベンヤミンはそれをシュルレアリスムの中に見た)を見出す。バフチンにとっては実生活の特定のモード、すなわちカーニバルにおける言説と実践というモードこそが、ルーティン化された社会生活に含まれている形而上学的真理をグロテスクに脱 -- 親和化するのである。
フェミニズム
ブースは「批評の自由」という論文(27)において、フェミニズム批評に依ってバフチンのいう多言語性にかくされた男性中心主義を暴露する。
バフチンによれば人間はすべて多言語的、いわばポリグロットであり、私の発話は私の母国、年齢、職業、階級、宗教、教育などからくる声のアマルガムである。「言語は、その歴史的存在のいかなる瞬間においても、多言語的である。それは過去と現在との、過去のさまざまな時代間の、現在のさまざまな社会・イデオロギー集団間の、さまざまな思想、流派、グループ間の、社会的・イデオロギー的矛盾の共存が具体的にあらわれたものである」(28)。ブースが指摘するのは、この多言語性に、性差が含まれていないことである。バフチンのいう「対話」には女性が参加していないというのである。
この欠陥はラブレーがフェミニストであったか、アンチ・フェミニストであったかという問題にあらわれる。ラブレーの女性にたいする姿勢については昔からさんざん議論されてきたが、ブースによれば、それらは結局のところ、ラブレーの作品から女性に関する発言を抜き出し、これは女性に好意的、これは女性を卑下している、というふうに二つに分け、差引勘定をしていたにすぎない。こうしたアプローチは無意味である。イデオロギー批評は「形式のイデオロギー」を発見しなくてはならないのであり、作者の言説全体にもとづいて判断しなくてはならない。そしてブースは「ラブレーのどこを探しても、女性の立場を想像しよう、女性を対話に加えようという努力はひとつも見られない。そしてバフチンの中には、女性にたいするラブレーの態度を論ずる場合でさえ、この種のモノローグの重要性に注目したことを示すものはひとつもない」という結論に達する。
ブースはラブレーあるいはバフチンの価値を下げようとしているわけではないが、この指摘は重要である(この手でいけば、古今東西の思想家はほとんど斬られてしまうだろうが)。ただ同時に、バフチンのいう多言語性・異種言語混淆がフェミニズムにとっても強力な武器となりうるという点をも強調しておくべきであろう。
反--言語学・反--記号学
テリー・イーグルトンは、現象学、解釈学、受容理論から構造主義、記号論、ポスト構造主義、精神分析にいたるまでを目配りよくまとめた好著『文学の理論』(一九八三)において、「ソシュール言語学にたいするもっとも重要な批判者のひとり」として、オースティンの言語行為論とも絡めながら、バフチンを紹介している(29)。また、スーザン・スチュワートの論文「路上の叫喚」(30)はバフチンのこの側面を適切にまとめている。
ヴォロシノフ(=バフチン)は『マルクス主義と言語哲学』において、フンボルトからフォスラーにいたる「個人主義的主観論」を批判すると同時に、返す刀でソシュールの「抽象的客観論」を批判している。バフチンが徹底的に攻撃するのは「抽象化」である。彼は「本質という形而上学的観念ではなく、言語の具体的慣用に執着」(31)する。純粋な言語形態のモデルは新古典派の哲学と死語の研究に由来する。しかし言葉は生きた現実の中にしか存在しない。バフチンは抽象化の概念それ自体を生んだコンテクストをも明らかにしようとする。すなわちアリストテレス、アウグスティヌスからインド・ヨーロッパ語学者たちを貫く規範的言語学の伝統は社会的・政治的・文化的中心化の要請に奉仕してきたのである。バフチンはラングとパロールの二分法だけでなく、通時と共時の二分法をも拒否する。バフチンにいわせれば、この二分法の根はデカルト流合理主義とライプニッツの普遍文法の構想にある。ただしバフチンはソシュールの言語学をラングの言語学と規定し、それにパロールの言語学を対置しようとしたわけではない。ラングとパロールの二分法そのものを破棄することを主張したのである。チョムスキーの言語能力と言語運用という二分法もこの伝統の延長上にあるのだから、当然、バフチンの攻撃のターゲットになったであろう。サールやオースティンの言語行為論との関係はといえば、バフチンもまた彼らと同じく、質問、抗議、命令、依頼、客間でのおしゃべりといった言語の具体的運用のパターンに関心を寄せているが、言語行為論と違うところは、むしろ、そうしたパターンと社会生活におけるそのコンテクストの関係の方により重きをおいているという点である。
ただしここで注意すべきは、イーグルトンにしても、スチュワートにしても、『講義』のソシュールにたいする『マルクス主義と言語哲学』(一九二九)の批判をそのまま繰り返しているだけで、「原資料」によるソシュールの思想の再構成といったことは、まったくとはいわずとも、ほとんど視野に入っておらず、したがって再構成されたソシュールとバフチンの共通点・相違点といったこともまるで問題になっていないということである。
マルクス主義
「バフチンは一般的にいってマルクス主義思想史の文脈においては論じられていない」「いま必要とされているのはバフチンと他のマルクス主義者との『対話』だといわねばなるまい」(32)というラカプラの指摘は、いささか言い過ぎであろう。たしかにラカプラのいうように、マクラレンの『マルクス以後のマルクス主義』にはバフチンの名前すら登場しないし、カワード、エリスの『言語とマルクス主義』においてもろくに論じられていない。フレドリック・ジェイムソンの著作にしても、かの名著『言語の牢獄』にバフチンが登場しないのは時期的に仕方がないとしても、『政治的無意識』においても、バフチンはごく付随的にしか論じられていない。ライアンの『マルクス主義とディコンストラクション』にも登場しない。トニー・ベネットの『マルクス主義とフォルマリズム』は大きくバフチンを取り上げているが、通りいっぺんの概説にすぎず、しかもマルクス主義(バフチン・グループ)対フォルマリズムという安易な図式にもとづいていて、また後半のアルチュセール論との有機的なつながりにも欠ける(33)。
しかし、テリー・イーグルトンが、ヴィトゲンシュタイン、ブレヒト、ベンヤミン、アドルノ、デリダ、ド・マン、そしてバフチンをもしっかりと視野におさめて現代マルクス主義を論じていることは注目されなければいけない。また、カナダのクイーンズ大学のクライヴ・トムソンはジェイムソンの『政治的無意識』をはっきりとバフチンの仕事の延長上にあると位置づけている(34)。ラカプラも『政治的無意識』についての書評論文(35)で同様の指摘をしている。ジェイムソンの今後の仕事がバフチンとどう絡むかは興味深い。
おわりに
以上、ごく大雑把に「英米批評におけるバフチン」を概観したが、すでに行き詰まり状況を呈しはじめたというディコンストラクションとその反動にバフチンへの関心がどう絡んでいくのだろうか。
わが国の状況を省みるに、バフチン著作集が近々完結するという。同時に『バフチン論集』も企画されていると聞く。トドロフのバフチン論も、ホルクイスト夫妻による伝記も来年刊行される予定である。バフチンへの関心がどれほどの広がりをみせるだろうか。楽しみである。
註
(1)M. M. Bakhtin, The Dialogic Imagination, ed. by M. Holquist, tr. by C. Emerson and M. Holquist, 1981, p. xvi.
(2)T. Todorov, Mikhail Bakhtine le principe dialogique, 1981, p. 7.
(3)D. Lacapra, " Bakhtin, Marxism, and the Carnivalesque", in Rethinking intellectual history: texst, contexts, language, 1983, p. 293.
(4)P. de Man, "Semiology and Rhetoric", in Allegories of Reading, 1979, p.3.
(5)したがって、バフチンの著作の中にポスト構造主義批評との関連性を積極的に見出していくという問題意識は表面には出ないだろう。また、バフチンの著作の英訳に付された、バフチンの研究者、翻訳者による論稿はほとんど扱われない。
(6)これに先立って、七一年にはドストエフスキー論の初版(『ドストエフスキー創作の諸問題』一九二九)の一部と『マルクス主義と言語哲学』の一部が次の論集に収録されている。L. Matejka, K. Pomorska (ed), Readings in Russian Poetics : Formalist and Structuralist views.
(7)Colloquium : Mikhail Bakhtine, son cercle, son influence. このシンポジウムはオンタリオのクイーンズ大学で開かれ、ホルクイスト、エマーソン、ポンツィオ、トドロフなど四八人が報告した。わが国からは山口昌男氏が参加し、「バフチンと象徴人類学」という報告をしている。本稿の筆者は山口氏から報告集のコピーを貸していただいた。
(8)W. Booth, The Rhetoric of Fiction, Second Edition, 1983, pp. 409 ff.
(9)W. Booth, "Introduction" to Mikhail Bakhtin, Problems of Dostoefsky's Poetics, ed. and tr. by C. Emerson, 1984, pp. xiii--xxvii.
(10)バフチン『ドストエフスキー論』新谷敬三郎訳、一九六八年、一〇一ページ。以下、バフチンのドストエフスキー論に関してはこの翻訳のページ数を示すが、訳はかならずしも一致しない。
(11)同右。
(12)同右、一三ページ。
(13)同右、一三八ページ。
(14)バフチンのポリフォニーと、ブースの plurality やジュネットの polymodalite との関連性については、たとえば次の論文を参照。H. van Gorp, "Theories of Novelistic Polyphony : Bakhtin vs. Stanzel, Genette and Booth", in Colloquium : Mikhail Bakhtine, son cercle, son influence, pp. 60--64.
(15)バフチン『ドストエフスキー論』八五ページ。
(16)バフチン「叙事詩と長編小説」川端香男里訳、『叙事詩と小説』(バフチン著作集7)二一三ページ。
(17)バフチン「小説の言葉の前史より」伊藤一郎訳、『叙事詩と小説』一五四ページ。
(18)テリー・イーグルトン「ヴィトゲンシュタインの友人たち」室井尚訳、『現代思想』一九八三年十二月号、九九ページ。
(19)W. Booth, "Introduction" to Mikhail Bakhtin, Problems of Dostoefsky's Poetics, pp. xxv--xxvi.
(20)T. Eagleton, Walter Benjamin or towards a Revolutionary Criticism, 1981, p. 150.
(21)イーグルトン「ヴィトゲンシュタインの友人たち」、一〇〇ページ。
(22)同右、一〇一ページ。
(23)D. Lacapra, op. cit., pp. 295--296.
(24)バフチン『ドストエフスキー論』二二八ページ。
(25)P. Jelavich, " Popular Dimensions of Modernist Elite Culture : The Case of Theater in Fin-de-Siccle Munich", in D. Lacapra & S. L. Kapran (ed.), Modern European Intellectual History, 1982, pp. 220-250.
(26)たとえば、カーニバル化概念を用いてフローベールを分析したアーサー・ミッツマンの論文を参照(A. Mitzman, "Rcads, Vulgarity, Rebellion and Pure Art : The Inner Space in Flaubert and French Culture")
(27)W. Booth, "Freedom of Interpretation : Bakhtin and the Challenge of Feminist Criticism", in Critical Inquiry 9, 1982, pp. 45-76. 現在、下記の論集に収録されている。W. J. T. Mitchell (ed.), The Politics of Interpretation, 1983, pp. 51-82.
(28)バフチン『小説の言葉』伊東一郎訳、一九七九年、六二ページ。
(29)T. Eagleton, Literary Theory, An Introduction, 1983, pp. 116 ff.
(30)S. Stewart, "Shouts on the Street : Bakhtin's Anti-Linguistics", in Critical Inquiry 10, 1983, pp. 265-282.
(31)イーグルトン「ヴィトゲンシュタインの友人たち」九八ページ。
(32)D. Lacapra, op. cit., p. 319.
(33)T. Bennett, Formalism and Marxism, 1979.
(34)Cf. C. Thomson, " Bakhtin-Baxtin-Bakhtine-Bakutin (on the Evolution of Bakhtin Criticism). in Colloquium : Mikhail Bakhtine, son cercle, son influence, pp. 244-255.
(35)D. Lacapra, " Marxism in the Textual Maelstrem : Fredric Jameson's The Political Unconscious", in Rethinking Intellectual History, pp. 234-267.
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