訳書2.1-2 ニジンスキーの手記

ニジンスキーの手記

完全版

新書館

1998年7月15日発行

    

     


 

 <このページの内容>

書評(抄)(沼野充義氏)

書評(川上弘美氏)


書評 (毎日新聞 1998年8月30日 評者・沼野充義氏) 部分

 日本でも従来、市川雅氏の格調高い訳文(現代思潮社)で広く読まれてきたものだが、じつはこれは英語からの重訳であり、底本となった英語版自体がニジンスキーの手帳のおよそ3分の1を省略したものだった。ロシア語原文かれ省略なしに訳出された今回の邦訳が、「完全版」と銘打たれているゆえんである。以前の英語版では、ニジンスキー夫人に不都合な箇所や、性的な事柄について論じた部分、あけすけな卑わいな表現などがすべてカットされていたのである。
 この新訳を通読すると、性的な執着の強さに改めて驚かされるとともに、ニジンスキーから「神秘のヴェール」がちょっとはぎ落とされたという印象を受ける。しかし、それは単なる偶像破壊ではない。この「完全版」を通じて、肉体と精神のはざまで苦悩し、その苦悩を克服したところに絶対者としての「神」を見ようとしていた天才の姿が、いっそう生々しく浮かび上がってくるのだ。「肉体は死ぬが、魂は死なない。精神は神だ。僕は神だ。僕は肉体に宿った精神だ」−−こういった単純で、しばしば矛盾に満ちた幼稚な言葉が、圧倒的な力を持って読者に迫ってくるのも、そのためだろう。

書評 (読売新聞 98年8月10日 評者・川上弘美氏)

 ニジンスキー。20世紀初頭のバレエ界に彗星のように登場し、天才的舞踊や創作をあらわしたが、僅か十年後に精神を病み、その後は一生回復しなかった人物。「悲劇の天才」とも形容されたニジンスキーが、精神を病む寸前に書いた手記と、併せて翻訳者鈴木晶氏による評伝『ニジンスキー 神の道化』が、同じ出版社から同時に出版された。
 手記は、ニジンスキーの頭に浮かんだことをそのまま生に語る形で書かれているので、コリン・ウィルソン著『アウトサイダー』の中でも述べられているように「読者はたいてい最初の数頁でこの『手記』を読むのをあきらめてしまうに違いない」のだが、「強引に読みすすむにつれて、無目的とも見える表面の底に、特異な正気とでもいうべきものが感じられてくる」ことも事実なのである。
 なぜニジンスキーが精神の闇の中に沈んでいってしまったかは、手記も評伝も語らない。それはむろんニジンスキー本人にしかわからぬ闇であろう。ただ、手記を読みするむにつれて、世界に対するニジンスキーの恐怖と愛と諦念と怒り、全部がないまぜになったうねりのようなものが、そくそくと押し寄せてくるのだ。
 手記に添えられたディアギレフ(劇団のプロデューサーで、ニジンスキーと愛人関係にあった男性)への手紙の一部を、誤解を恐れずに引用してみようか。「あんたは僕のもの、でも僕はあんたのものじゃない。ちんぽは僕のもの。ちんぽ。僕はちんぽだ。僕はちんぽの中の神だ。僕は僕のちんぽの中に宿った神だ」評者は実はこの一節を呼んで不覚にも涙してしまったのである。これはただの巫山戯た書き散らしではない。強迫的な繰り返しの中に、すでに彼を見捨てた愛人への、ひいては世界への矛盾する感情がなんと苦しく込められていることだろう。その苦悩を読者に悟らせるのは、むろん手記全体に流れる真摯さだが、同時に、謎多きニジンスキーの生涯を丁寧に解きほぐし描いてみせた訳者の筆の力も、忘れてはなるまい。