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訳者あとがき
ここにお届けするのは、Elisabeth Kubler-Ross: On Death and Dying の新訳である。あらためていうまでもなく、本書は一九六九年に出版されて以来、現在にいたるまで全世界で広く読みつがれており、ターミナルケア(末期医療)に関心を寄せる人びとにとっての「聖書」とすら呼ばれている。
故川口正吉氏による日本語訳も、原書出版の二年後の一九七一年に出て以来、百回以上版を重ねた、文字通りのロングセラーである。ただ、時代的制約によるのだろう、旧訳ではインタビューのかなりの部分が省略されていた。また、時代に先駆けた仕事の宿命といえようが、誤訳も散見された。そうした事情から、このたび新訳を出すことになったしだいである。なお、旧訳には、原書にはない小見出しが多数挿入されていたが、新訳では原書のスタイルに戻した。
原書のタイトルを直訳すれば、『死とその過程について』となる。死とは長い過程であって特定の瞬間ではない、というのが著者の基本主張である。しかし『死ぬ瞬間』という邦題はすでに人口に膾炙しており、変更は混乱を招くことになると判断し、原題は副題として掲げることにして、タイトルそのものは旧邦題を踏襲した。
じつは『「死ぬ瞬間」と臨死体験』を翻訳したとき、私は death and dying を「死とその準備」と訳した。訳者個人にとっては、死とは生の終着点であり、死の向こう側にあるのは無のみである。それであえて dying を「死の準備」と訳したのだが、原著者が最終的に到達した結論に従うならやはり「死の過程」とすべきだろうと考え、このたびはそう訳した。ただし、本書を執筆した段階では、著者はまだ「死後の生」を視野には入れていなかったということを付記しておきたい。というのも、キューブラー・ロスが死後の生や輪廻転生について熱弁をふるうようになってから、そうしたものを信じる多くの人びとの熱狂的な支持を得たと同時に、キューブラー・ロスは神秘主義者になってしまったとして、彼女のもとを去っていった人、彼女の著書を読まなくなってしまった人も多いのである。
死後の生や輪廻転生を信じる信じないにかかわりなく、本書は、死へといたる人間の心の動きを研究した画期的な書物としての価値をいまも失っていない。
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著者の経歴を簡単に紹介しておく。
エリザベス・キューブラー・ロスは一九二六年に、スイスのチューリッヒで、三つ子姉妹の長女として生まれた。チューリッヒというとすぐに心理学者のC・G・ユングが思い出されるが、キューブラー・ロスは医学生時代に何度もユングの姿を見かけたという。また彼女は「死とその過程に関する研究で、私がいちばん影響を受けた精神科医はユングだった」と書いている。
彼女は幼いころから、自分はあくまで「三つ子のひとり」でしかなく、しかも三人のなかでいちばん親から愛されていない、という意識をつよくもっていて、そのために早く家を出たいと考えていた。それで高校卒業と同時に、ビジネス関係の仕事につけという父親の命令に逆らって、住み込みの家政婦として家を出たが、住み込んだ家で冷遇され、いったんは家に戻った。第二次大戦中は生化学研究所や病院で働いた。そのころすでに彼女は医療・介護を自分の「天職」と考えていたようである。終戦後、被災者の力になりたいという衝動に駆られて、「平和を守る国際ボランティア奉仕団」の一員としてポーランドに行き、マイダネク強制収容所跡でひとりの少女と出会い、「啓示」を受けた。
スイスに戻った彼女はチューリッヒ大学医学部にすすみ、医師となった。在学中に、チューリッヒに留学にきていたユダヤ系アメリカ人のイマヌエル・ロスと結婚した(後に一男一女をもうけている)。結婚後、彼女はインドかアフリカでシュヴァイツァーのような医療活動をしたいと考えていたが、結局その夢は実現せず、ニューヨークに移り住んだ。マンハッタン州立病院で、精神病患者たちへの体罰を廃止し、「治癒の希望なし」とされていた分裂病患者の九五パーセントを退院させ、社会復帰させたことは有名である。その後、ニューヨークのモンティフィオール病院、コロラド大学病院(ここで彼女は初めて「死」に関する講義をおこなった)をへて、一九六五年、シカゴ大学ビリングズ病院精神科に勤務することになった。その年の秋、「死について研究したい」という四人の神学生が訪ねてきて、「死とその過程」に関するセミナーが始まった。その経緯は本書第二章に述べられているとおりである。「死体を漁るハゲタカ」と呼ばれ、医師たちから忌み嫌われながらも、彼女はセミナーを続け、一九六九年には彼女のセミナーが『ライフ』十一月号の特集記事となった。同年に出版された本書はすぐにベストセラーとなり、キューブラー・ロスの名は一躍有名になり、本書で論じられている「死の五段階」説は世界中で知られるようになった。
かくして「多忙」を絵に描いたような生活が始まった。彼女は世界中を飛び歩いて、無数の講演をこなし、セミナーやワークショップを指導した。日本にも来ている。一年の大半を旅に費やすことになったのだが、その間に彼女の関心も大きく変化していった。本書を出版した時点では、彼女にとって「死の過程」とは「死へといたる過程」のことであった。だがその後、「幽霊」を目撃し、みずからが「臨死体験」をし、チャネリングに熱中し、死後の生や輪廻転生を信じるようになった。そして、死の五段階説に対応させるかのように、臨死体験における意識変容の五段階説を唱えた。
一九八四年、ヴァージニア州に広大な土地を購入し、そこに住居を構え、自分の主催する団体「シャンティ・ニラヤ」の本拠を置いたが、九四年、彼女の留守中に住まいは不審火により全焼してしまった。彼女は、彼女が構想していたエイズの子どもたちの収容施設建設に反対する住民によって放火されたのだと断言した。
事件後、彼女は息子のつよい勧めもあってアリゾナに「引退」し、公の活動からいっさい身を引き、シャンティ・ニラヤも解散した。
この文章を書いている現在、伝え聞くところによると、七十一歳のキューブラー・ロスは「死に瀕して」いるそうである。
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本書を読んで、キューブラー・ロスの主張や彼女自身に関心をもたれた方には、ぜひとも『「死ぬ瞬間」と臨死体験』(鈴木晶訳、読売新聞社)と、『人生は廻る輪のように』(上野圭一訳、角川書店)を読んで頂きたい。前者は講演集なので、キューブラー・ロスの「肉声」に接することができるし、後者は彼女みずからが「私の最後の著作」と呼ぶ自伝である。どちらの本にも、彼女に決定的な影響を及ぼしたいくつかの出来事が描かれている。 |