著書2 フロイト以後

フロイト以後

講談社現代新書

1992年4月20日発行

    

 講談社現代新書編集長(当時)の鷲尾さんに依頼されてから書き始めるまでに数年かかった。いつまでたっても書かないので、講談社のPR誌「本」に連載することになった。連載だから、1年後には自動的にできあがってしまった。


 

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短評(巽孝之氏)

本文抜粋

目次


    

短評(「風」1992年6月6日 評者・巽孝之氏)

 あのフロイト博士に関する簡潔明快な最新ガイドブック。ユングやラカン、ドゥルーズ&ガタリといったフロイト以後の現代精神分析思想家たちの流れにスポットをあてた筆者の語りが冴えわたり、抱腹絶倒の展開が楽しめる。名エッセイストの登場である。


夢と記憶(第2章の2「夢判断」より)
 

 私事で恐縮だが、小学校を卒業してから数年後のこと、ある夏の日に街を歩いていたら、前方に停まっていた車から一人の中年男性が降りたち、「やあ、鈴木くん」と言って、こちらに近づいてきた。小学校五、六年のときの担任の先生だった。汗をふきふき、「いやあ、教師稼業に嫌気がさしてね、医薬品のセールスマンになったんだが、これもなかなか楽じゃないよ」と言う。その後どんな話をしたのかは覚えていない。小学校教師からセールスマンへの転身というのが、当時の私にはなんとも印象的だった。
 一昨年、小学校卒業後二十五年にして初めて同期会が開かれ、私も出席した。その席上で、かの担任の先生自身の口からじかに意外な事実を知らされた。彼は定年まで教師生活を続け、今は教育委員会の仕事をしているというではないか。上に述べたような再会は私の夢だったのである。それがいつのまにか実際にあったことのように記憶されていたのだ。夢と現実の境界線が意外と薄いものであることを思い知らされ、愕然とした。
 その後、事あるごとに友人にこの話をしたのだが、友人たちの話から察するに、どうやら誰にでも、事実か夢かわからないという思い出の一つや二つはあるらしい。
 上に述べたのは夢の記憶と実際の記憶との混同の例だが、一方、夢だとちゃんとわかっていて、いつまでも覚えている夢というのもある。誰だって二十年前、三十年前にみた夢を一つや二つは覚えているはずだ。著者も、階段でころんで頭を打ったら、頭がザクロのように割れて、中から黒い粒がじゃらじゃらこぼれた夢とか、当時付き合っていた恋人が、隣の家の軒先で、ちょうどヤキトリ屋みたいに炭火でムカデやヘビを焼いて売っている夢とか、ずいぶん前に見たにもかかわらず、いまだに忘れられない夢がいくつもある。
 空想をしたことがないという人はいないだろう、と先に書いたが、夢をみたことがないという人もいないだろう。
 松田聖子の歌ではないが、「人の夢」と書いて「儚ない」と読む。たしかに夢というと、「夢みたいなことを言っている」とか「ただの夢にすぎない」といったふうに、なんとも頼りない馬鹿げたものの代名詞として用いられたりする。何しろ夢のストーリーは荒唐無稽だから、無意味なものとして忘れてしまいたくもなるが(実際、ほとんど忘れてしまうが)、一方、何かを私たちに訴えているようで、なかなか無視できないものでもある。「夢は第二の人生である」とは、ネルヴァル『オーレリア』の冒頭の一文だが、少なくとも夢が私たちの人生の重要な一部であることは誰も否定しないだろう。


 目次


第1章 フロイト以前


1 見る者・見られる者

睨む肖像画/誰にも見えないものを見る/精神分析家と探偵/「見る人」シャルコー/ヒステリー/シャルコーの「金曜講義」/ヒステリーと性/「見る」から「読む」へ


2 メスメリズム
催眠術ショー/メスメルの磁気説/磁気桶による治療/力動精神医学の淵源/ピュイゼギュールと催眠術/催眠術から自由連想法へ


第2章 フロイトの思想


1 事実から幻想へ
自由連想法/フロイトは無意識の発見者か/ヒステリーと抑圧/早すぎる性的経験/幼児虐待/誘惑理論の放棄/空想の世界


2 夢判断
夢と記憶/『夢の本』/夢理論/「夢判断」は夢のカタログではない/植物学研究書の夢/夢の本質は夢の潜在思考ではない/夢の作業


3 性
エッチな思想家/フロイトの英雄神話/性欲とは何か/フロイトの欲動論/欲動理論の変遷/性欲の発達/性と生殖


4 私とは何か
籠城のイメージ/心の構造/エス/超自我/自我の防衛機制/不安定な自我


第3章 フロイト以後


1 深層心理学の三巨頭
深層心理学のビック・スリー/アードラーの個人心理学/新フロイト派/フロイトとユング/『変容の象徴』/難解なユング思想


2 性と革命
忘れられたライヒ/波瀾万丈の生涯/フロイトと弟子たち/ライヒの性格分析/精神分析とマルクス主義/二―ルとスタイグ/エロスと文明


3 アメリカ・イギリス・スイス
自我心理学・対象関係論・現存在分析/アンナ・フロイトと自我心理学/クラインと対象関係論/ビンスヴァンガーと現存在分析


4 ラカン
ラカンはワカラン/構造主義と精神分析/フランスの精神分析/人間が人間となるとき/想像界・象徴界・現実界/精神分析と言語学


5 ポスト構造主義
ブルガリアから来た少女/クリステヴァとバフチーン/フェノ・テクスト、ジェノ・テクスト/ル・サンボリック、ル・セミオティック/アブジェとアブジェクシオン/秩序と汚れ/愛の物語=歴史


6 アンチ・オイディプスへ
フーコーと精神医学/狂気の歴史/デリダと脱構築/精神分析と解釈学/ドゥルーズとガタリ/オイディプスの可能性