(1916-17) 『精神分析入門』(『精神分析入門講義』)

独 Vorlesungen zur Einfuhrung in die Psychoanalyse
英 Introductory Lectures on Psycho-Analysis
仏 Introduction a la psychoanalyse

人文 1(懸田克窮・高橋義孝訳、1971) 
教文 1,2(1=井村恒朗訳、1969、2=井村恒朗・馬場謙一訳、1970)
中公文庫(懸田克窮訳『精神分析学入門』1973)
新潮文庫(高橋義孝下坂幸三訳、1977。ただし1998年に下坂氏により改訳)

 フロイトの全著作のなかでも、疑いなく最も広く読まれているものであろう。フロイトの存命中にドイツだけで5万部以上売れたという(Gay, 369)。
  SE は、『日常生活の精神病理学』のほうが発行部数が多いかもしれないという留保を加えている。たしかにフロイトの生前は、そちらのほうが広く読まれていたようである。1909年、クラーク大学に招かれてアメリカに向かう船上で、フロイトは自分の客室担当の船員がこの本を読んでいるのを見かけて喜んだという(ゲイ、1-246)。
 しかし、 SE の出版年は1961年であり、『日常生活の精神病理学』は年々読まれなくなっているようだから、やはり『精神分析入門』に軍配があがると考えたほうがいいだろう。
  SE によると、少なくとも次の言語に翻訳されている。
 フランス語(1922)、イタリア語(1922)、ロシア語(1922-3)、スペイン語(1923)、日本語(1928)、ノルウェー語(1929)、ヘブライ語(1930)、ハンガリー語(1932)、セルボ=クロアチア語(1933)、中国語(1933)、ポーランド語(1935)、チェコ語(1936)。
 もちろん現在ではもっと多くの言語に翻訳されているだろう。ロシア語訳が比較的早いことが目を惹くが、1920年代のソ連では精神分析が大変流行していたのである。

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 ウィーン大学は2期制で、前期=冬学期は10月から3月まで、夏学期は4月から7月までだが、「精神分析入門講義」の第1部と第2部は1915-16年の冬学期に、第3部は1916-17年の冬学期に講義された。 SE によると、第1回講義がいつだったのかについては、10月16日説と、10月23日説がある。毎週土曜日の午後であった。聴衆は、医師・医学生が中心だったが、それ以外の聴衆も多かったという。娘アンナも熱心に聴講していた(Gay, 369)。『続・精神分析入門』の序によると、1年目の講義は「ノートなしでしゃべり、直後に書き留め」、2年目の講義は「夏、ザルツブルク滞在中に草稿をつくり、その冬学期にそれをそのまま読み上げた」のだった。続けてフロイトは「私は当時まだいわば録音機的な記憶力をもっていた」と書き添えている(人文、1-387)。
 周知の通り、フロイトはウィーン大学での「出世」には恵まれなかったが、1885年に Privatdozent(私講師)に、1902年には Professor Extraordinarius(助教授)になり、講義をおこなっていた。この「精神分析入門」以前に、フロイトが大学で何を講義していたのかについてはよくわかっていないらしい(テオドール・ライク、ハンス・ザックス、アーネスト・ジョーンズの著作に言及がある= SE )。
  SE によれば、フロイトはこれを最後に大学での講義をやめようと決断し、オットー・ランクの勧めで、精神分析理論の解説をすることにした(実際、これが最後の講義になったようだが、未確認)。
 1915-17年というと、いうまでもなく第一次世界大戦中だが、本書にはそれを窺わせる箇所がいくつかある。「ポワンカレ」を「シュヴァインスカレ」と呼ぶような名前の歪曲の例(人文、1-32)とか、「愛の奉仕」をしようと思って陸軍病院にいったという中年女性の夢(人文、1-111)とか、人間の残忍さへの言及(人文、1-120)など)。
 また戦争中であったために、弟子たちは戦地へと借り出され、患者が来なくなったために、まとまった時間をとることができた、という背景もある(Gay, 361ff)。実際、この講義を始める直前に、フロイトはかなりの分量からなる「メタ心理学論文集」を書き上げている(結局、その一部しか出版されなかったが)。

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  SE によれば、第1部はおそらく1916年7月末以前に、第2部は8月頃に、第3部は翌年の5月に、出版され、同年、全1冊として刊行された。これは誤植がたいへん多く、翌年に第2版が出たときには正誤表が付された。出版社はいずれも Heller である。
 1920年にニューヨークで最初の英訳が出ているが、訳者は不明である(かつてフロイトをクラーク大学に招待したスタンリー・ホールが序文を寄せている)。

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 ゲイが指摘する通り、「フロイトの思想の普及に最も貢献したのは彼自身だった」(Gay, ibid.)。長大な『夢判断』を出版した後、それを凝縮したコンパクトな『夢について』を出版しているし、クラーク大学では「精神分析5講」を講義し、後に刊行している。「精神分析要約」(1924)とか、ブリタニカ百科事典のためにみずから執筆した「精神の分析」(1926)のような短い要約的文章もいつくかある。彼は自分の思想の普及にたいへん熱心だったと同時に、自分の思想を体系的に整理することにも心を砕いていたのである。このあたりはユングとは対照的であるといえよう。

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 フロイト本人は、この著作にそれほど愛着はなかったようで、ザロメ宛ての書簡には「何か新しいことを教えてくれるものが何一つ含まれていない」と告白しているし、アブラハム宛の書簡でも、あれはひどく疲れているときにやるような仕事だと書き送っている(Gay, ibid.)。
 しかし、客観的にみれば、フロイトの講義の進め方は巧みである。第1部では、誰もが日常生活で体験するような「失敗」を取り上げ、第2部で、やはり誰もが体験する「夢」を論じたうえで、本論ともいうべき第3部へとすすんでいく。
 フロイトは講義がうまかったそうだが、本書からも、その巧みな弁舌が窺われる。例証が巧みだというのも彼の論述の特徴であるし、あらかじめ反論を先取りして、それについて前もって反撃する、という彼の論説の特徴のひとつが、本書にもあらわれている。この点に関連して、 SE が指摘するように、フロイトは自説を展開するにあたって、けっして教壇の上から自説を押し付けるような教条主義者ではなく、彼の解説は「対話的」であったといえる。「非医師の問題」や「ある幻想の未来」は、批判的な聞き手との対話という形式で書かれている。
  SE はまた、フロイトは講義が嫌いだったというライクの証言を取り上げ、そうとは考えられないとしたうえで、フロイトの講義のほとんどが、「精神分析5講」や本書のように「解説的」な内容であったことを指摘している。

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 フロイトの思想の発展上、どのように位置づけられるだろうか。
 講義の前年には「ナルシシズム入門」を、また講義の数ヶ月前には「欲動とその変遷」を書き上げ (SE 14-111)、一応リビドー論を完成させているし、前年には「精神分析運動史」を書いて、ユングとの訣別を含めて、それまでの理論的発展と運動としての歴史をまとめている。したがって、『快感原則を超えて』『自我とエス』といった1920年代にあらわになる「後期」理論との狭間にあって、その時点までの理論を概括したもの、と一応はいえよう。
 ただし SE が指摘するように、あまりはっきりと線を引いてはならない。『快感原則を超えて』『集団心理学』『自我とエス』において姿をあらわす新しい考えは、すでに本書にちらほら見えるのである。たとえば第18講「外傷への固着 無意識」では、「反復強迫」という概念はまだ登場しないものの、戦争による「外傷神経症」が取り上げられている(人文、1-226)。また第24講「リビドー論とナルシシズム」には、「そこで……自我を理解することによって心的生活の知識を完全にするという課題が生じてきました。われわれが求めている自我心理学は……自我の生涯と崩壊との分析に基礎をおいたものでなければなりません」(人文、1-348)というくだりや、「自我の組成や、いくつかの法廷部局からなっているその構造……理想我……検閲」(人文、1-352〜3)というくだりがあり、『自我とエス』へと向かう傾向がはっきりとあらわれている。
 フロイトは序文の冒頭に、ヒッチュマン『フロイトの神経症論』をはじめ、5冊の「本書よりも詳しい既刊書」を挙げ、本書にはそれらに「記載されている以上の事柄は……ほとんど見出されない」(人文、1-7)と述べ、新しい材料としては不安の病因(第25講)とヒステリー症の空想(第24講)のみ採り上げたと書いているが、 SE が指摘するように、これは客観的にみれば謙遜にすぎず、第10講における夢の象徴に関する記述、第14講の末尾における夢の形成の概括、第20講、第21講における倒錯論、さらには最後の第28講における精神分析療法論に見出されるような明快な概括的叙述は、他に例を見ない。

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以下は人文書院版の目次である。

  序 ------------------------------------------------------------------7
第1部 錯誤行為 --------------------------------------------------------9
  第1講 序論 --------------------------------------------------------9
  第2講 錯誤行為 --------------------------------------------------17
  第3講 錯誤行為(つづき)--------------------------------------19
  第4講 錯誤行為(むすび)--------------------------------------46
第2部 夢 ------------------------------------------------------------------65
  第5講 種々の難点と最初のアプローチ --------------------65
  第6講 夢判断のいろいろな前提と技法 --------------------79
  第7講 夢の顕在内容と潜在思想 -----------------------------91
  第8講 小児の夢 --------------------------------------------------102
  第9講 夢の検閲 --------------------------------------------------110
  第10講 夢の象徴的表現 --------------------------------------121
  第11講 夢の作業 -----------------------------------------------139
  第12講 夢の分析例 --------------------------------------------150
  第13講 夢の太古的性格と幼児性 --------------------------163
  第14講 願望充足 -----------------------------------------------175
  第15講 不確実な点と批判 -----------------------------------188
第3部 神経病総論 ------------------------------------------------------199
  第16講 精神分析と精神医学 ---------------------------------199
  第17講 病状の意味 ---------------------------------------------211
  第18講 外傷への固着 無意識 ------------------------------225
  第19講 抵抗と抑圧 ---------------------------------------------236
  第20講 人間の性生活 ------------------------------------------249
  第21講 リビドーの発達と性愛の組織 ---------------------263
  第22講 発達および退行の諸観点 病因論 ---------------279
  第23講 病状形成の経路 ---------------------------------------295
  第24講 普通の神経質 ------------------------------------------311
  第25講 不安 ------------------------------------------------------323
  第26講 リビドー論とナルシシズム ------------------------339
  第27講 感情転移 ------------------------------------------------354
  第28講 精神分析療法 ------------------------------------------370