d 食 Food


 30年前、私がはじめてイギリスに行ったときには、チキンがすごく高く、たいへんなご馳走だった。もっとも私はチキンがきらいなので、高かろうと安かろうとどうでもよかった。ホストファミリーが奮発してディナーにチキンを出してくれたときには、ひきつる顔で無理に笑みをつくり、「すばらしい! ありがとうございます!」と言わなければならなかった。今ではチキンはヘルシーフードとして人気がある。パブ飯のメニューにはよくチキン・キエフがある。大きなコロッケ状のものだが、私は食べたことがないので、実体はよく知らない。
 牛肉は日本よりも硬い。日本の「霜降り」みたいな、口に入れると溶けてしまうような柔らかい肉は、日本以外には存在しないと思われる。イギリスではスコットランドの「アンガス・ビーフ」が有名だ。一時「狂牛病」が騒がれて、みんないっせいに肉を食べなくなったが、しばらくしたら復活したようである。ステーキは日本よりも安い。が、安全のため、レアは避けたほうがいいかもしれない。なお、向こうの人はたいてい何も調味料をつけずに食べるから、一回分ずつパックされた醤油とマスタードを携帯していると便利である。
 日本ではめったに食べないが、イギリスではよく食べるもの、それは羊である。ラム(子羊)である。クセがあるが、私はきらいではない。
 ハム、ベーコンはスーパーでいろいろな種類を売っている。ベーコンは日本のものとかなり違う。日本のベーコンにいちばん近いのは、デンマークなどから輸入しているストリーキー・ベーコンというやつで、白身と赤身が縞状になっている。イングリッシュ・ブレックファストなどで出るベーコンはたいていもっと幅広で、全体が赤身で、端に白身がついている。慣れないと、クサく感じるかもしれない。
 よく冗談で「イギリスのソーセージには肉は入っていない」と言われる。独特の味がする(マクドナルドの「ソーセージ・マフィン」に入っているものと匂いが似ている)。小麦粉やハーブなどが混じっていて、たしかに肉が入っているのかどうか、よくわからない。もちろんスーパーにいくと、日本で売っているのと似たようなウィンナやフランクフルトも売っている。

 イギリスの魚屋は100メートル先からでもわかる。クサいからである。英語で fish smell といったら、それはクサいものの代名詞である。イギリス人は魚の扱いを知らない。スペインに行ったとき、魚市場に行ったら、全然臭くないので驚いた。彼らは魚の扱いを知っている。
 イギリスの魚は、ほとんどサーモンとコッド(たら)だけだと思って間違いない。サーモンは日本と違って輪切りにして売っている。

パン 日本にはイギリス・パンなるものが存在するが、イギリスにはイギリス・パンはない。イギリスのパンは、はっきりいってまずい。ほとんど全粒粉パン(whole wheat)だが、漂白したパン(white bread)もある。フランスに行くと、パンがおいしくて、涙がでる。
 ちなみに、ロンドンのオリエンタルなんとかというスーパー(むかしのヤオハン)に入っているヤマザキパンは、日本のヤマザキパンとは比べモノにならないくらい、めちゃくちゃおいしい。フランスのパン種をつかっているからである。

スナック マクドナルドとバーガーキングはどこにでもある。その次に多い(あるいはもっと多い)のは、ピザである。ふつうのピザを想像してはいけない。巨大なピザをスライスに切り分けて売っている。それを1枚食べると腹が膨れるというシロモノである。イタリアのピザとはおよそ別物で、ピザ・パンといったほうが近い。
 次にポピュラーなスナックはケバブ。羊の細切り肉と野菜をパンにはさんだもので、食べ応えがある。
 もちろん伝統的なフィッシュ・アンド・チップスを忘れてはいけない。このフィッシュはフライではない。天ぷらである。つまりパン粉ではなく小麦粉で揚げてある。店を選ばないと、あとで気持ち悪くなるほど油っぽいものを食わされる。ロンドンのリッスン・グローブにある「シーシェル」はうまい。たいてい新聞紙にくるんで渡してくれるから、塩をぶっかけ、さらにビネガーでびたびたにして食べる。
 なお、チップスは大きめのフライド・ポテトのこと。いわゆるポテト・チップスは、イギリスではクリスプスという。マックで売っているような細いシューストリング型のフライド・ポテトはフレンチ・フライという。
 なお、弁当はサンドイッチと決まっている。私が子どものこと、「日本のサンドイッチはパンの間にうすく中身がはさまっているだけだが、外国のサンドイッチは中身のほうが多いんだよ」と教えられた。アメリカではそうかもしれないが、イギリスでは、それは嘘で、日本と同じく、中身はたっぷり入っていない。

果物 スーパーに行くと、世界中のフルーツを売っている。ただしイギリス国産は、リンゴとベリー類(ストロベリー、ラズベリー、グズベリー、ブラックベリーなど)以外、ほとんどない。An apple a day keeps a doctor away.(リンゴ食べれば医者いらず)という諺は各国にあるらしいが、イギリス人はじつによくリンゴを食べる。電車やバスの中などでも、よくかじっている。駅のホームの売店でも売っている。なお、日本以外の国では、リンゴの皮はむかない。皮と実の間に栄養があるからだ。イギリス人なんか、洗いもしない。
 みかんのことをサツマと呼ぶ。これは、誰もが知っている普通名詞で、子どもの算数の問題で、「八百屋でサツマを15個買いました……」といった文章題をみたことがある。
 概してフルーツは日本と比べるとすっぱい。日本のフルーツは世界一甘いのではあるまいか。

野菜 これまた、いろいろな種類が売られていて、そのほとんどは輸入である。30年前、八百屋にはしなびたレタスくらいしか売っていなかった。日本との違いでいえば、イギリスではクルジェットがたいへんポピュラーである。これはズッキーニのこと(ただしズッキーニは米語で、イギリスでは使わない)。「ジェ」にアクセントがある。トマトはまあ日本とほぼ同じ。アメリカではトメイトウと発音するが、イギリスではトマートウと発音する。キュウリは日本のものと違う。もっと大きくて水っぽい。私は好物だが、日本のパリッとしたキュウリの好きな人の口には合わないかもしれない。
 ちなみに、キュウリのサンドイッチといったら、かつては高級品で、アフタヌーン・ティーのときに貴族が好んで食べた。バターをぬったパンの間にキュウリをはさんだだけのものである。
 最近はずいぶん改善されたが、かつてイギリス人は、温野菜というと(たとえばニンジンやポテトやホウレンソウをゆでるとき)形がなくなるまで茹でていた。スーパーには見たこともないような野菜がいろいろあって、それぞれに「調理法」が書いてあったりするが、ホウレンソウを見ると、「30分茹でる」と書いてあったりするのである。