第三章 グリム童話をめぐる神話

2 グリム兄弟は手を加えなかったのか

兄弟自身による神話
 グリム童話はほとんど民衆が語り継いできた話そのままであるという神話を広めたのは、他ならぬグリム兄弟自身である。
 童話集初版第一巻の序文には次のように書かれている。

私たちは、これらの話をできるかぎり純粋なかたちで集めることに努めた。(……)話の枝葉末節にいたるまで、何一つ付け加えたり、粉飾したり、変更してはいない。すでにこれほど豊かなストーリーに、類比やほのめかしを付け加えて膨らましてしまうのは気がすすまなかったのである。これらの話は、作ろうと思って作れるようなものではない。

 第二版の序文にも次のように書かれている。

私たちの収集の方法についていえば、話を忠実に、それをより純度の高いものにすることを第一と考えた。私たちは手に入れた話に何一つ付け加えなかったし、その話自体の出来事や特徴に潤色を加えることはいっさいしなかった。聞いた通りにその内容を再現しようとしたのである。

 多少下品な言い方をすれば、これは「真っ赤な嘘」である。前節で論じた、メルヘンの取材源を隠蔽し、「メルヘンおばあさん」の神話をつくりあげるという嘘に比べたら、ずっと単純な嘘である。
 兄弟は右の引用にすぐ続けて、「言い回しやこまかい表現については大部分私たちの手が入っていることは言うまでもないことだ」と述べている。少しは手を入れたということであるが、これも嘘で、グリム兄弟が手を入れたのは「言い回しやこまかい表現」だけではなかった。
 ブレンターノ宛てに送られた(そして行方不明になり、後に再発見された)草稿と、初版とを比較してみれば、グリム兄弟がいかに大幅に加筆したかがよくわかる。もっとも、草稿にあるメルヘンの数は五十ほどにすぎないので、初版に収録されている話全部をその草稿と比較することはできないのだが、何篇かを比較しただけでも、そこから兄弟の加筆の特徴に関して結論を引き出すことができるくらい、はっきりとした傾向を見て取ることができる。

話の長さ
 草稿と初版を比べてみて、まず気づくことは、ほとんどどの話も長さがほぼ二倍になっているということである。先に例にあげた「星の銀貨」〔一五三〕などは、草稿では次のような短いメモにすぎない。

夕食のパンも、両親も、寝床も、ずきんもない、そして欠点もないが、星がきらめくごとに、下できれいな銀貨を見つけた云々、という貧しい少女の話。

 これが初版では、決定版(第七版)に比べるとやや短いが、ちゃんとした物語になっている。この話はほとんどグリム兄弟の創作といってもいいのである。
 この「星の銀貨」は多少例外的だが、その他の話でも、草稿と初版とでは大きく違っている。耳にしたそのままを書き留めたというにはほど遠い。しかも忘れてならないのは、草稿そのものも、あくまでグリム兄弟が書いたものであって、それが語られたそのままの形だという保証はまったくないのである。したがって、口伝えに聞いた話の場合でも、聞いたそのままの形と初版の形との間には相当の距離があると考えなければならない。
 さらに、初版とその後の版との間にも大きな差がある。ヴィルヘルムは、ほとんど童話集が版を重ねる度に筆を加えたのである。
 童話集の冒頭に置かれた「カエルの王様」を見てみよう。

「カエルの王様」における書き換え
<草稿>
王様のいちばん下のお姫様が森の中に入っていき、涼しい井戸のそばに腰かけました。そして、金のまりを取り出して遊びました。突然、まりが井戸の中にころがり落ちました。

<初版>
昔、ひとりのお姫様がいました。お姫様は森の中に入っていき、涼しい井戸のふちに腰かけました。お姫様は金のまりを持っていました。それがお気に入りのおもちゃでした。まりを高く投げ、空中で受けとめて、楽しみました。あるとき、まりはずいぶん高くあがりました。お姫様は手をのばし、指を曲げて、まりを受け止めようとしました。ところが、まりは脇にそれて地面に落ち、ころころところがって、まっすぐ水の中に入ってしまいました。

<第二版>
昔、ひとりのお姫様がいました。退屈で仕方ありませんでした。それで、よく遊びに使っていた金のまりをもって、森の中に出かけました。森の真ん中には澄んだ涼しい井戸がありました。お姫様はそのそばにすわって、まりを空中に投げては受け止めました。それが遊びだったのです。ところがあるとき、まりがたいそう高くあがりました。お姫様は腕を上のほうにのばし、小さな手を広げて、まりをつかもうとしましたが、まりは脇にそれて、近くの地面に落ち、まっすぐに水の中へところがっていきました。

<決定版>
昔、願いごとがまだかなったころ、ひとりの王様が暮らしていました。王様のお姫様はみんなきれいでしたが、いちばん下のお姫様はそれはとてもきれいだったので、ずいぶんいろいろなものを見ていたお日さまでさえ、そのお姫様の顔を照らすたびに驚くほどでした。王様のお城の近くに、大きな暗い森がありました。森の中の古い菩提樹の下に井戸がありました。ひどく暑い日には、お姫様は森の中へ出かけ、涼しい井戸のふちに腰かけました。そして退屈すると、金のまりを取り出して、高く投げてはまた受け止めました。それはお姫様のいちばん好きなおもちゃでした。
 さて、ある日のこと、お姫さまの金のまりが、高くさしあげていた可愛い手の中に落ちてこないで、脇にそれて地面に落ち、そのまま水の中にころがりこんでしまいました。

「昔、願いごとがまだかなったころ」という冒頭の有名な文句は、第三版で初めて書き加えられたものである。この「カエルの王様」は童話集全体の巻頭に置かれているので、ヴィルヘルムは童話集の幕開きにふさわしい文句として書き加えたのだろう。
 他の話に関しても、ほとんどすべてがこの調子である。
 ヴィルヘルム・グリムによるメルヘンの書き換えからは、ある一定の方針が窺(うかが)える。だが、それについては次の章で詳しく見てみることにしよう。

あくまでも文化遺産として
 グリム兄弟は、ほとんど創作といえるほどメルヘンを改作していながら、どうして序文の中で、これは口伝えに聞いたかたちそのままだと主張したのだろうか。その理由は、すでに前の節で詳しく述べたことから明らかだろう。童話集出版の最大の目的は、民族意識・愛国精神の高揚にあったから、童話集に収録された話はあくまで民衆の間で語り継がれてきたものでなくてはならなかった。まだ無名の学者であったグリム兄弟の創作であってはならなかったのである。
 だが、批評家たちやメルヘンを実際に採集していた人たちには、『グリム童話集』の文体が、民衆の間で語られているものとはかなり違っていることが、すぐにわかったはずである。ところが、先に述べたように、『グリム童話集』は「あまりに野生のままだ」という趣旨の批判こそ浴びたが、脚色についての批判はなかった。それは、先行する童話集がどれも、グリム兄弟の童話集よりも創作に近かったためだろう。
 ところで、ここにもまた、前節で述べたのと同じ奇妙な問題がある。つまり、ヴィルヘルム・グリムによる書き換えについての研究が盛んになったのは最近のことなのである。どうしてこの問題は最近になるまで研究者たちの興味を惹かなかったのだろうか。
 草稿から初版への書換えについていえば、一九二〇年代にはすでに草稿は公刊されていたのだから、今頃になって話題になるのはおかしいし、初版からその後の版への書き換えについていえば、研究者にとってはどの版も入手は難しくなかったはずだから、グリム兄弟の生前ですら、そのことが話題になってもおかしくなかったはずである。
 やはりここでも、『グリム童話集』をゲルマン民族の文化遺産と考えたいという願望思考がはたらいていたようである。