第二章 メルヘン学入門

1――メルヘンのかたち

日本語論批判
 メルヘン研究とは直接関係ないが、本書と同じ現代新書に渡辺吉鎔(キルヨン)氏の『朝鮮語のすすめ――日本語からの視点』(鈴木孝夫氏との共著)がある。この本の中でもっとも興味深いのは、従来の日本語論を批判した部分である。
 日本人は「日本人論」が好きである。その点で、ナルシシズム的傾向のつよい国民だともいわれる。広く読まれている日本語論の中にも、たんなる言語論を超えて、日本人論・日本文化論へと論を展開させているものが多い。具体的にいうと、私たちはよく助詞を省略して、「わたしは知らない」という代わりに「わたし知らない」と言うが、日本語論の多くはこうした表現を取り上げて、「論理的に完全な文をさける、角のたついい方を嫌う日本的な精神の現われ」と解釈する。また、「主語なし文」は、他の社会には存在しえない日本的な人間関係によって支えられているとされる。「――ですが」というような、「言い切らない表現」は、「切り口上をさけたい、はっきりいうのを良しとしない」日本人の性格にもとづいていると解釈される。
 しかし、「助詞の省略」や「主語なし文」や「言い切らない表現」は、日本語だけの特色ではない。隣の国の言葉である朝鮮語にも見られるのである。従来の日本語論が唱えている説が正しいとすると、韓国人も日本人と同じように、はっきり物事を言わないのを美徳とする国民だということになる。ところが、韓国人は直截にものを言うのを好み、もってまわった言い回しを嫌う。その点で日本人とはおよそ正反対なのである。渡辺氏によれば、このような誤解が生じる原因は、「日本語論学者の大半」が、「言語的に日本語に最も類似している朝鮮語を考慮に入れ」ず、「ひたすら欧米語との比較により、日本語の特色を捉え、その『特色』に基づいて日本人論・日本文化論へと論を展開させている」からである。その結果、「誤解と誤説だらけの日本語論が流行することになってしまった」のである。

メルヘン研究の出発点
 なぜ右のような例を挙げたかというと、メルヘン研究にも、朝鮮語を考慮に入れない日本語論と同じような過ちをおかす危険が潜んでいるのである。
 たとえば、精神分析学者によるメルヘン研究では、シンデレラやいばら姫(眠れる森の美女)の物語は女性一般の成長のパターンを象徴的に表現したものである、と解釈される。しかし、ドイツでは十八世紀まで、女のシンデレラの物語に負けないくらいの数の男のシンデレラの物語があった。また、現代のトルコの民話の中にはシンデレラの男性版があるし、ロシアの民話にもいばら姫の男性版がある。
 したがって、メルヘンの意味を解釈しようと思ったら、できるかぎり多くの類話を知る必要がある。ある一つのメルヘンだけから、ある一つの解釈を引き出すことはとても危険なのである。
 というわけで、「収集」がメルヘン研究の出発点となる。いいかえると、メルヘンに関するあらゆる研究は、収集者たちの地味な仕事によって支えられているわけである。
 しかし、おとぎ話あるいは昔話は世界中に無数にある。それをただ片っ端から集めるだけでは、おとぎ話の山ができるだけで、使い道がない。そこで、収集した話を分類する必要が出てくる。

アールネの分類
 今日、メルヘンの分類として世界でもっとも広く用いられているのは、アールネによって作られ、トムソンによって増補改訂された『昔話の型』である。
 アンティ・アールネ(一八六七〜一九二五年)はフィンランドの民俗学者で、一九一〇年、彼の師にあたるカールレ・クローンやアクセル・オールリクらが創立した「民俗学者連盟」の機関誌「民俗学者連盟通信」(FF Communications)第三号に「昔話の型」を発表した。これはヨーロッパ中で採集された約八百の昔話を整理分類したものである。しかし、これはヨーロッパ全域をほぼ網羅してはいるが、ヨーロッパ以外の地域の昔話を研究する際にはほとんど役に立たないので、一九二八年および一九六一年にアメリカの民俗学者スティス・トムソンが増補改訂した。メルヘンのタイプをいう場合、アールネとトムソンのイニシャルをとって、AT709といったふうに表示するのが国際的な慣習になっている。
 アールネ=トムソンの『昔話の型』は、昔話を次の五つの「類」に分類している。

1 動物説話
2 本来の昔話
3 笑い話・逸話(アネクドート)
4 形式譚
5 どれにも分類できない話

 後に触れるプロップはこの分類について、「動物説話がまるで本来の昔話でないかのように見なされているのは奇妙だ」「アネクドートという概念を何の抵抗もなく使えるほど、この概念についての正確な研究があるだろうか」と批判しているが、それはともかく、『グリム童話集』におさめられたメルヘンはほとんど2の「本来の昔話」に入る。その「本来の昔話」はさらに次のような四つの「種」に分類される。

A 魔法昔話
B 宗教説話
C 短編小説風の話
D 愚かな悪魔の話

 グリム童話のうち、「赤ずきん」「ヘンゼルとグレーテル」「白雪姫」といった有名なメルヘンはたいてい「魔法昔話」に属するが、この魔法昔話はさらに次のような「亜種」に分類される。

(1)超自然の敵対者
(2)超自然の配偶者や近親者
(3)超自然の課題
(4)超自然の援助者
(5)超自然の物
(6)超自然の能力・知識
(7)その他の超自然のモチーフ

 このように昔話を「類」「種」「亜種」に分類することは、アールネ以前にはおこなわれていなかった。その意味で、アールネの分類はまさしく画期的なものだったのであり、現在なお、この分類を抜きにして昔話を語ることはできないといってもいい。

プロップの話型
 しかしながら、このアールネ=トムソンのインデックスには一つの大きな欠陥がある。この分類では「超自然の課題」と「超自然の援助者」は別の区分になっているが、実際には「超自然の課題」が「超自然の援助者」によって解決されるという話がよくある。そういう場合、その話をどちらのグループに入れたらいいのだろうか。このように、アールネ=トムソンの分類では、「テクストをいずれかの話型に割り振らねばならないときに、どの話型番号を選ぶべきなのか分からなくなることが多い」(プロップ)のである。
 プロップによれば、アールネらフィンランド学派の仕事は、「どのような話型も、なにか有機的なまとまりをもっており、他の一連の型から切り離して独立に研究することができる」という「無意識の前提」から出発している。彼らは、昔話の「さまざまな要素は転移可能である」という特徴を無視しているのである。
 もし話型というものがあるとしたら、それはアールネが考えたような次元とは別の次元にあるのではないか、と考えたのが、先ほどから何度か名前を挙げているロシアの民俗学者ヴラジーミル・プロップ(一八九五〜一九七〇年)である。
 プロップは、話型は「たがいに類似した話の構造上の特徴」の次元にあると考え、『昔話の形態学』をあらわした。プロップはいわゆるロシア・フォルマリズムの一員であった。フォルマリストたちは、自然言語だけでなく小説とか映画といったジャンルにもそれぞれのジャンルに固有の「文法」「言語」があるのではないかと考え、それを明らかにしようとしたが、プロップも昔話の「文法」を明らかにしようと考えたのである。
『昔話の形態学』は、一九二八年に出版されたときにはほとんどまったく反響を呼ばなかったが、ちょうど三十年後の一九五八年に英訳が出版されるやいなや、構造主義の先駆的仕事として瞬く間に注目を集め、数多くの国語に翻訳された。

魔法昔話の構造
 プロップは、アールネ=トムソンの分類で「魔法昔話」に属する話を対象として論をすすめるが、まず次のような例を挙げる。

(1)王が勇者に鷲をあたえる。鷲は勇者を他国へ連れてゆく。
(2)老人がスーチェンコに馬をあたえる。馬はスーチェンコを他国へ連れてゆく。
(3)呪術師がイヴァンに小舟をあたえる。小舟はイヴァンを他国へ連れてゆく。
(4)王女がイヴァンに指輪をあたえる。指輪の中から現われた若者たちがイヴァンを他国へ連れてゆく。

それぞれの話の前半は次のように整理することができる。

王が  |勇者に    |鷲を |あたえる。
老人が |スーチェンコに|馬を |あたえる。
呪術師が|イヴァンに  |小舟を|あたえる。
王女が |イヴァンに  |指輪を|あたえる。

同様に後半は次のようになる。

鷲は             |勇者を    |他国へ連れてゆく。
馬は             |スーチェンコを|他国へ連れてゆく。
小舟は            |イヴァンを  |他国へ連れてゆく。
指輪の中から現われた若者たちが|イヴァンを  |他国へ連れてゆく。

 これを見ればすぐにわかるように、話ごとに変わっている部分と変化していない部分とがある。何かをあたえる人物の名も、その何かをもらう人物の名も、またその何かも、話によって変わっている。しかし、前半では「(誰かが何かを)あたえる」という行為、後半では「(何かが誰かを)他国へ連れてゆく」という行為は変わっていない。
 このように、「昔話はしばしば相異なる人物たちに同一の行為をおこなわせる」のである。この行為をプロップは「機能」と呼ぶ。もう少し厳密にいうと、機能とは「物語の全体(筋の展開)にとっていかなる意義をもつかという面から見た、登場人物の行為」である。
 機能の数は限られているが、人物の数はひじょうに多い。昔話がいっぽうでは驚くほどに多種多様であるのは、人物やその属性が多様だからであり、他方、昔話がそうした多様性にもかかわらず驚くほど一様で単調で反復的なのは、機能が同一だからなのである。
 そこでプロップは、魔法昔話の構造に関して、次のような結論に達する。

(1)昔話における恒常的な不変の要素は登場人物たちの機能である。これらの機能がどの人物によってどのような仕方で実現されるかは問題ではない。機能こそが昔話の本質的な構成要素である。
(2)魔法昔話にみられる機能の数は限られている。

三十一の機能
 プロップによれば、魔法昔話に見られる機能の数は三十一しかない。細かいヴァリエーションは省略して、基本的なものを挙げると、左のようになる。太字部分がその機能の定義である。番号の次のカッコ内の記号は後で用いる。なお、これらの機能の前に「導入の状況」(α)がある。そこでは、たとえば、家族の成員が列挙されるとか、主人公の名前や地位が示される。

1(β)留守――家族の成員のひとりが家を留守にする。たとえば両親が仕事に出かける。両親の死もこの機能に属する。
2(γ)禁止――主人公に禁を課す。「この部屋をのぞいてはいけない」とか、「外に出てはいけない」といった禁止命令。
3(δ)違反――禁が破られる。

 2と3は対をなしている。
 ここで新たに、主人公に敵対する者、すなわち加害者(蛇、悪魔、盗賊、魔女など)が登場する。

4(ε)探り出し――敵対者が探り出そうとする。敵対者が、貴重なものなどのありかを探ろうとする。
5(ζ)情報漏洩――犠牲者に関する情報が敵対者に伝わる。

 この4と5は対になっている。

6(η)謀略――敵対者は、犠牲とする者やその持ち物を手に入れようとして、犠牲となる者を騙そうとする。敵対者はまず姿を変えて、何かを勧めたり、呪具を用いたりする。
7(θ)幇助――犠牲となる者は欺かれ、そのことによって心ならずも敵対者を助ける。
8(A)加害――敵対者が、家族の成員のひとりに害を加えるなり損傷をあたえるなりする。あるいは、(a)欠如――家族の成員のひとりに何かが欠けている。その者がその何かを手に入れたいと思う。

「厳密にいえば、この機能によってはじめて昔話の動きが始まる」。つまり、1〜7はこの8の機能のいわば下準備なのである。

9(B)仲介・つなぎの段階――被害なり欠如なりが主人公に知らされ、主人公に頼むなり命令するなりして、主人公を派遣したり出立を許したりする。

「この機能によって、話のうちに主人公が導入される」。

10(C)対抗開始――探索者型の主人公が、対抗する行動に出ることに同意するか、対抗行動に出ることを決意する。
11(↑)出立――主人公が家を後にする。

 ここで新たに、贈与者が登場する。主人公はこの人物に、森の中や路上で偶然に出会う。

12(D)贈与者の第一機能――主人公が贈与者によって試され、訊ねられ、攻撃されたりする。そのことによって、主人公が呪具なり助手なりを手に入れる下準備がなされる。
13(E)主人公の反応――主人公が、贈与者になるはずの者の働きかけに反応する。
14(F)呪具の贈与・獲得――呪具あるいは助手が主人公の手に入る。
15(G)二つの国の間の空間移動――主人公は、捜し求める対象のある場所へ、連れていかれる、送りとどけられる、案内される。
16(H)闘い――主人公と敵対者とが直接に闘う。
17(J)標づけ――主人公に標がつけられる。
18(I)勝利――敵対者が敗北する。
19(K)不幸・欠如の解消――発端の不幸・災いか発端の欠如が解消される。
20(↓)帰還――主人公が帰路につく。
21(Pr)追跡――主人公が追跡される。
22(Rs)救助――主人公は追跡から救われる。
23(O)気づかれざる到着――主人公がそれと気づかれずに、家郷か他国かに到着する。
24(L)不当な要求――ニセ主人公が不当な要求をする。
25(M)難題――主人公に難題が課される。
26(N)解決――難題を解消する。
27(Q)発見・認知――主人公が発見・認知される。
28(Ex)正体露見――ニセ主人公あるいは敵対者(加害者)の正体が露見する。
29(T)変身――主人公に新たな姿形があたえられる。
30(U)処罰――敵対者が罰せられる。
31(W)結婚――主人公は結婚するし、即位する。

プロップの結論
 プロップは、アファナーシエフが集めたロシア昔話を題材に、これらの機能がどのようにあらわれているかを調べた。すると、プロップ自身も予想していなかったような意外な結果が得られた。すなわち、右の三十一の機能のうち、いわば下準備である1〜7を除く二十四の機能は、魔法昔話の場合、かならず次のような順序で継起するのである。

      |H I|
ABC↑DEFG| J |K↓Pr-RsOLQExTUW
      |M N|

 そこで、プロップは次のような結論に達した。

(3)機能の継起順序はつねに同一である(出来事が起きる順序は偶発的ではない。「扉をこわす前に強盗に押し入ることはできない」のである)。
(4)すべての魔法昔話は、その構造においては単一のタイプに属する。

 プロップは、「この一般的な帰結はまったく予期しなかった帰結として出現した」ものであり、彼自身にとっても「思いがけない」、「まことに異常異様」な結論だと述べている。
 もちろん、どの話にもこれら三十一の機能がすべて含まれているというわけではないが、これらの機能が出てくるときには、かならず右のような順序で出てくる。
 また、すべての機能が同等の重要性をもつわけでもない。もっとも肝要な機能は8の「加害」(A)と「欠如」(a)である。先にも述べたように、この機能があってはじめて真の意味でのストーリーが始まるのである。「形態学の立場からいえば、加害(A)あるいは欠如(a)から始まり、いくつかの中間の機能をへて、結婚(W)など、結末として用いられるその他の機能で終わる展開であれば、これはすべて魔法昔話と呼びうる」のである。
 いいかえると、魔法昔話というのは、なんらかの被害を受けたり、虐(しいた)げられた者が、最終的に幸福になるか、あるいは、主人公が何か欠けているものを探し求めて、最後にはそれを発見するか、どちらかの話なのである。
 さらにいいかえれば、魔法昔話の主人公は被害者か、探究者か、そのどちらかである。この両者を見分けることはそう簡単ではないが、大雑把にいって、グリム童話集の場合は、主人公が被害者である場合のほうが多い。

昔話の起源
 プロップは、アファナーシエフの集めたロシアの昔話を題材に用いて、右のような結論に達したのだったが、彼が到達した結論は、ロシアの昔話だけでなく、世界の他の地域の昔話にもあてはまる。
 このように世界中の魔法昔話の形態が同一だとしたら、次のような疑問が頭をもたげる――すべての昔話は同じ起源から派生したのではないか。
 プロップ自身は、「おそらく同一の源泉に由来する」と考えていた。ただし彼の言うのは、一部の研究者が主張しているような「一元発生・伝播説」、すなわち「すべての昔話はインドで発生し、それが全世界に広がってゆき、その伝播の過程で多様な形をとるようになった」という説ではない。プロップのいう源泉とは、「歴史的・社会的な見地からみた心理的なもの」である。
 ただしプロップは「おそらくそうではないか」と言っているだけで、それ以上この問題には立ち入っていない。彼にいわせれば、「形態学者は、昔話は同一の源泉に由来するのかという問いに答える権利をもたない」のである。つまりプロップは、昔話の「意味」を問う一歩手前で踏み止まったのである。

七人の登場人物
 さて、プロップが析出した機能は、登場人物にどのように割り振られているだろうか。
 機能の多くは論理的に結びあって、左のような七つの行動領域をつくりあげている。

(1)加害行為(A)、主人公との格闘その他の闘い(H)、追跡(Pr)を含む行動領域。
(2)呪具贈与のための予備交渉(D)、主人公への呪具の贈与(F)を含む行動領域。
(3)主人公の空間移動(G)、不幸あるいは欠如の解消(K)、追跡からの救出(Rs)、難題の解決(N)、主人公の変身(T)を含む行動領域。
(4)難題を課すこと(M)、標をつけること(J)、[ニセ主人公の]正体を暴露すること(Ex)、[主人公を]発見・認知すること(Q)、第二の加害者の処刑をおこなうこと(U)、[主人公と]結婚すること(W)を含む行動領域。
(5)[主人公を]派遣すること(「つなぎの段階」としてのB)のみを含む行動領域。
(6)探索に出立すること(C↑)、贈与者の求めに応ずること(E)、結婚すること(W)を含む行動領域。
(7)探索への出立(C↑)、贈与者の求めに応ずること(ただし、つねに否定的な応じ方。E)、さらに不当な要求をすること(L)を含む行動領域。

 これら七つの行動領域は、

(1)敵対者(加害者)
(2)贈与者
(3)助力者
(4)王女(探し求められる者)とその父
(5)派遣者(送り出す者)
(6)主人公
(7)ニセ主人公

という七人の登場人物に割り振られる。「かくして、魔法昔話には七人の登場人物がいるということになる」のである。予備的な部分(1〜7)の機能もこれらの人物たちに割り振られる。
 ただし、この七つの行動領域と、昔話に実際に登場する人物とが正確に一対一の関係にあるわけではない。すなわち、行動領域と登場人物とが正確に一対一の関係にある場合もあれば、一人の登場人物がいくつかの行動領域にかかわっている場合もあれば、反対に一つの行動領域が何人かの登場人物に割り振られている場合もある。
 このようにプロップはロシアのメルヘンの基本的登場人物を七人としたが、グリム童話集の、「ヘンゼルとグレーテル」「灰かぶり」「いばら姫」「白雪姫」など、とくによく知られているメルヘンの場合、基本的登場人物は、(1)良い娘、(2)死んでしまった母親、(3)魔女的人物、(4)父親、(5)求婚者の五人である。

形態学の発展
 プロップの形態学は一九六〇年代に、いわゆる構造主義者たちの注目を集めたが、メレチンスキーやグレマスは、プロップが昔話から析出した三十一の機能、七つの行動領域をもっと少ない数のカテゴリーに還元できないか、さらには、これらの機能、行動領域がたがいにどのような関係にあり、どのようなことを意味しているのかを明らかにできないか、と考え、プロップの仕事を発展させてきた。だが、それらについて論じることはかなり専門的になるので、このあたりで昔話の「意味」を探る試み、いいかえれば昔話の「解釈」の試みへと目を移すことにしよう。