第一章 グリム童話とは何か

1――グリム童話とは何か

メルヘンの代名詞
「グリム童話」を知らない人はまずいないだろう。『グリム童話集』は、ドイツ語圏では聖書に次ぐベストセラーであり、ドイツ語圏に限らず、童話集としては世界中でいちばん親しまれているものである。わが国でも、五十年以上前から広く親しまれてきた。
 だが、自分の知っているグリム童話のタイトルを挙げよと言われたら、いったいいくつ挙げられるだろうか。
「赤ずきん」「白雪姫」「いばら姫(眠り姫)」「ヘンゼルとグレーテル」「狼と七匹の子やぎ」「ブレーメンの音楽隊」――ふつうの日本人なら、少なくともこの六編くらいは知っているはずだ。小さな子どもをもつ母親や、幼稚園の先生や、保育園の保母さんなら、この他に「カエルの王様」「ツグミのひげの王様」「ルンペルシュティルツヒェン」「ラプンツェル」「漁師とその妻」なども知っているかと思う。また、「灰かぶり」と聞いて、どんな話かわからないという人も、「シンデレラ」(これは「灰かぶり」の英訳である)と言われれば、「それならば知っている」と答えるに違いない。
 いっぽう、グリム童話はいわゆる昔話とか童話の代名詞のようになっているから、グリム童話を挙げよと言われて、(a)「ジャックと豆の木」とか、(b)「ウサギとカメ」「アリとキリギリス」とか、(c)「アラジンと魔法のランプ」とか、(d)「人魚姫」「裸の王様」「醜いアヒルの子」などを挙げる人もいるかもしれない。だが、これらはいずれもグリム童話ではない。(a)はイギリスの昔話、(b)はイソップの寓話、(c)は「千一夜物語」、(d)はアンデルセンの創作童話である(なお、本書では『グリム童話集』に収録されているような話を指すのに、基本的には「メルヘン」という用語を使うが、「昔話」「童話」という用語も使う。これらの語は、本書ではほぼ同じ意味で用いられていると考えていただきたい)。

残酷な話
 では、「グリム童話は広く読まれている」と言いきれるかというと、とてもそうは言いきれそうにない。
 なぜなら、まず第一に、右に挙げたようなよく知られている話は、グリム童話のうちの、いわば氷山の一角である。『グリム童話集』には全部で二百もの話が収録されているのだ(その他に「聖者伝」が十篇収められている)。二百話全部を読んだという人はきっと少ないに違いない。
 最近よく例に挙がるのだが、グリム童話の中には次のような話もある(ただし、載っているのは初版だけで、以後は削除されたから、ふつうの『グリム童話集』には入っていない)。

 あるとき、父親が豚を屠畜するのを、子どもたちが見ていました。子どもたちは午後になると遊びはじめました。ひとりの子どもが弟に「おまえは子豚になれ、おれは屠畜人になる」と言って、抜き身の小刀を手にとって弟の首に突き刺しました。母親は上の部屋で、赤ん坊に行水をさせていましたが、子どもの叫び声を聞きつけて、大急ぎで階段を駆け降りました。そして子どもの首から小刀を抜き取り、屠畜人役の子どもの心臓を突き刺しました。それから、たらいのなかの赤ん坊はどうしているかと思って、急いで部屋に駆けつけましたが、赤ん坊は溺れ死んでいました。母親は絶望して、首をつって死にました。夫は畑から帰ってくると、この有り様をみて気が狂ってしまい、しばらくして死にました。(以下、本書においては紙面節約のため、グリム童話をそのまま引用するのではなく、場合によっては内容に関わりない部分をカットして引用する)

 あまりの残虐さ・悲惨さに暗澹(あんたん)たる気分になる読者もいるだろうし、あまりのナンセンスぶりに大笑いする読者もいることだろう。「いったいこれは何なんだ?」と、ただ唖然(あぜん)としてしまう読者もいるはずだ。いずれにせよ、わが国で一般に「メルヘン」という言葉からイメージされるものとはずいぶん違っている。
 いわゆる『グリム童話集』の正式なタイトルは『子どもと家庭の童話(メルヘン)』である。ということは、グリム兄弟は右のような話をも「メルヘン」と見なしていたわけである。

「メンドリの死」
 あまり一般に知られていない話を、もう三つ四つ紹介することにしよう。まず、「メンドリの死」〔八〇〕(筆者注=グリム童話集に収録された個々の話を指す場合、童話集の正式なタイトル『子どもと家庭の童話』Kinder-und Hausmarchenの略であるKHMと、個々の話に付されている番号を併記し、KHM80というように表記するのが通例であるが、以下本書では〔八〇〕というように番号のみで示すことにする)のストーリーを見てみよう。
 メンドリとオンドリがいっしょにクルミの山に行く。どちらか一方がクルミを見つけたら分けあって食べようと約束するが、大きなクルミを見つけたメンドリは、オンドリに内緒でこっそり食べようとする。ところが喉にひっかかってしまい、水を汲んできてくれとオンドリに懇願(こんがん)する。オンドリは泉まで走ってゆくが、泉は、花嫁のところへいって、赤い絹をもらってこいと言う。それでオンドリは花嫁のところへ行くが、花嫁は、ヤナギの枝にかかっている私の花輪を取ってきてくれと言う。オンドリはその通りにし、花嫁から赤い絹をもらい、それを泉にもっていって水をもらう。だが、オンドリが水をもって駆けつけたとき、メンドリはすでに死んでいた――以上が前半のストーリーである。
 オンドリはメンドリの死を嘆き、墓に運ぶため、その死骸を小さな馬車にのせ、六匹のハツカネズミに引かせる。途中で、キツネ、オオカミ、クマ、シカ、ライオンが次々にやってきて、馬車にのる。
 やがて一行は小川にぶつかる。途方にくれていると、そばにころがっていた藁(わら)が「私が小川の上に横になるから、その上を渡っていきなさい」と言う。だが、六匹のハツカネズミがその橋にさしかかると、藁が水に沈んでしまい、ハツカネズミたちは溺(おぼ)れ死ぬ。そこへ炭がやってきて、「私が横になるから、その上を行きなさい」と言う。だが、炭は水に触れるとジュッといって死んでしまう。次に石がやってきて、小川に横になる。オンドリはその上をつたって向こう岸にわたり、メンドリの死骸を丘にあげる。ついで残りの動物たちをひっぱりあげようとするが、馬車にたくさん乗りすぎていたため、みんな水の中に落ちて溺れ死んでしまう。

死んだメンドリとともに取り残されたオンドリは、お墓を掘ってメンドリを埋め、その上に塚をつくりました。そして、そこにすわって長いこと悲しんでいましたが、そのうちにオンドリも死んでしまいました。それで、みんな死んでしまったのでした。

みんな死んでしまいました
 次に「ハツカネズミと小鳥と焼きソーセージ」〔二三〕を見てみよう。ハツカネズミと小鳥と焼きソーセージが共同生活を送っていた。仕事の分担は次の通り。小鳥は森の中を飛び回って薪をもってくる。ハツカネズミは水を運び、火をおこし、食卓の支度をする。焼きソーセージは料理をする。ある日、小鳥は他の鳥たちに「おまえだけが割を食っている」とそそのかされ、分担を変えようと提案する。クジ引きで、ソーセージが薪を取ってくることになり、出かけてゆくが、犬に食われてしまう。小鳥が食卓の支度をし、ハツカネズミが料理をすることになる。ハツカネズミは、焼きソーセージのように野菜の中をはいまわって味をつけようとするが、身動きできなくなって、皮と毛をなくし、死んでしまう。小鳥は水を汲もうとして、井戸に落ちて死んでしまう……。
 私たちは、メルヘンのストーリーというのはドラマチックなものだと思っているし、なにかそこに「意味」があるように感じているから、右に挙げたような話を読むと、じつに奇妙な感じがする。
 もっとも、子どもはこういう話を結構よろこんで聞くものである。おそらく日本中の多くの子どもが知っていると思うが、「ひなまつり」のこんな替え歌がある。「明かりをつけても消えちゃうし、お花をあげても枯れちゃうし、五人囃子(ばやし)は死んじゃうし、きょうは悲しいお葬式」。あるいは、「お内裏様は死んじゃうし、三人官女も死んじゃうし、五人囃子も死んじゃうし、きょうは悲しいお葬式」。筆者は子どもの頃にこの替え歌をうたった記憶があるし、現在小学校一年生になる娘も歌っている。子どもは「みんな死んでしまいました」という話が意外に好きなのだ。
 イギリスで作られた反核アニメ映画「風が吹くとき」は日本でもヒットしたが、このタイトルのもとになったのは、次のようなマザーグースの歌だ。「眠れいい子、木陰で、風が揺らすゆりかご、もしも枝が折れたら、みんな落ちる、何もかも」(高木あきこ訳)。幼児虐待をテーマにしたジョナサン・ケラーマンの推理小説『大きな枝が折れるとき』(扶桑社)のタイトルもこの歌から来ている。
 アガサ・クリスティーの『そして誰もいなくなった』の元になっているのは、誰でも知っている「テン・リトル・インディアン・ボーイズ」という歌だ。
 このように、「みんな死んでしまいました」とか「そして誰もいなくなった」という話や歌は意外に多い。核戦争の後の地球のような、この荒涼としたイメージには、私たちの心につよく訴える、強烈なカタルシス作用があるようだ。

世の中ってこんなもの
「いっしょに暮らしたネコとネズミ」〔二〕はどうだろう。ネコとネズミがいっしょに暮らすことにし、牛脂の小さな壺を買い入れて、安全のため、教会に置いておくことにする。
 ネコはその牛脂がなめたくなって、「いとこに子どもが生まれた。名づけ親になってくれと頼まれているので、出かけてくる」と言い、教会へ行って壺を取り出し、脂の多い皮をなめてしまう。帰ってくると、「赤ちゃんはなんという名前がついたの?」というネズミの質問に、「皮なめ」と答える。しばらくすると、ネコはまた「名づけ親になるよう頼まれた」と言って出かけ、牛脂を半分食べてしまう。「今度の赤ちゃんは何という名前?」というネズミの質問に、「半分食べ」と答える。じきにまたネコは出かけ、牛脂を全部たいらげてしまい、「赤ちゃんの名前は?」というネズミの質問には「すっかりたいらげ」と答える。
 冬が近づき、自分たちの蓄えのことを思い出したネズミは、牛脂の壺を見にゆこうと言う。

牛脂の壺はもとの場所にありましたが、中はからっぽでした。
 ネズミは言いました。「ああ、これでどうなっていたのか、やっとわかったよ。きみは本当の友達だったのに。名づけ親をつとめたときに、みんな食べてしまったんだね。まず、皮なめで、次は半分食べで、それから――」
 ネコは怒鳴りました。「黙れ! あと一言でも言ったら、おまえを食っちゃうぞ」
「すっかりたいらげ」と、ネズミが言いかけたとたん、ネコはとびかかって、ネズミをつかみ、のみこんでしまいました。世の中って、こんなものです。

 なんとも暗い結末である。

コルベス氏は悪い人?
 最後にもう一つ、「コルベス氏」〔四一〕を見てみよう。オンドリとメンドリが、ハツカネズミに馬車を引かせ、旅に出る。ネコがやってきて、「どちらへ?」とたずねると、オンドリは「コルベス氏の家に」と答える。この「コルベス氏」というのがいったい何者なのか、説明はまったくない。ネコはいっしょに馬車にのる。さらに、石うす、タマゴ、カモ、留め針、縫い針が旅の一行に加わる。一行はコルベス氏の家に到着するが、コルベス氏は不在だった。それで、全員が家のあちこちに隠れる。

そこへコルベス氏が帰ってきました。コルベス氏は暖炉のそばに行き、火をおこそうとしまた。すると、ネコがコルベス氏の顔じゅうに灰を投げつけました。コルベス氏は急いで台所に行き、顔を洗おうとしました。すると、カモが水をかけました。手ぬぐいで拭こうとすると、タマゴがころがってきて、つぶれ、コルベス氏の目にこびりつきました。コルベス氏は一息つこうと椅子にこしかけました。すると、留め針が刺しました。コルベス氏は腹を立ててベッドにもぐりこみました。ところが、頭を枕にのせると、縫い針が刺したので、コルベス氏はあっと叫んで、気が狂ったように外にとびだそうとしました。ところが、戸口までくると、石うすがとびおりて、コルベス氏を殺してしまいました。コルベス氏は本当に悪い人だったにちがいありません。

 コルベス氏なる人物がいったい何者なのか、どうして殺されなければならないのか、最後までわからない。じつは、「コルベス氏は本当に悪い人……」という最後の一文は、第三版(一八三七年)を出版するときにヴィルヘルム・グリムが書き加えたものである。これだけひどい目にあうのだから、きっと悪い人だったのだろう、というわけだ。だが、これはいかにも「とってつけた」結末だ。
『首をはねろ!』の著者マレの解釈によると、オンドリとメンドリは新婚夫婦であり、オンドリは物語の後半ではコルベス氏となって登場する。旅の一行に加わった連中はすべて女性的特性をあらわす。この話は、「隠微な女性的暴力による陰謀の犠牲になる」男性の話、すなわち、悪妻になぶり殺される夫の話なのだ、という。だが、これはずいぶんと穿(うが)った解釈だ。
 この話は「ブレーメンの音楽隊」〔二七〕と似ている。「ブレーメン」でも、動物たちが家の中に隠れて、泥棒たちに襲いかかる。だが、「ブレーメン」の動物たちは、ロバもイヌもネコもオンドリも、厄介(やっかい)払いになったり殺されそうになっている、いわば「失業者」であり、攻撃の対象は泥棒という明らかな悪玉である。「コルベス氏」に登場する動物たちは別に弱者ではないし、コルベス氏は悪人ではない。
 また、この話は「猿蟹合戦」にもひじょうによく似ている。だが、「猿蟹合戦」の場合は、「仇討(あだう)ち」という大義名分がある。それにたいして、コルベス氏襲撃にはなんの理由もない。暴力のための暴力という感じである。それで、なんとなく不気味なのだ。
 だが、考えてみると、「ブレーメン」や「猿蟹合戦」の襲撃シーンにも、こうした「暴力のための暴力」がもつ快感がひそんでいるような気もする。それを、仇討ちとか、泥棒退治という大義名分で覆(おお)い隠しているのではなかろうか。「コルベス氏」はそうした要素だけを取り出したものなのかもしれない。

三回殺される白雪姫
『グリム童話集』には、なんとなく奇怪な話がこのほかいくつもあるが、それらについては実際に『グリム童話集』を読んでいただくことにして、そろそろ本題に戻ろう。
『グリム童話集』が広く知られているとは言いきれない第二の理由は、グリム童話をいくつか知っているという人も、たいていは「原典」で読んだのではなく、アレンジされたもので読んでいる(あるいは聞いたり観たりしている)ということである。
 日本で初めて『グリム童話集』の全訳が出たのは一九二四年(大正十三年)のことで、訳者は金田鬼一(これは改訳されて現在も岩波文庫で読める)。その他に、高橋健二氏による全訳(小学館)や、矢崎源九郎氏他による全訳(偕成社文庫)もあるが、これらの版で読んだという人よりも、話を単純化した絵本で読んだとか、ディズニーの映画で観たという人のほうが圧倒的に多いだろう。最近ではテレビのアニメーションで観たという子どもも多いはずだ。
 したがって、ストーリーの大筋は知っているが、細部は知らない、ということも多い。たとえば、白雪姫が、行商人に変装した后(きさき)に毒リンゴで殺されることは、誰でも知っていると思うが、后が三度にわたって白雪姫を殺そうと企てるということは知らない(忘れた)人も多いだろう。一度目は紐で、二度目は櫛で、三度目はリンゴで、白雪姫は殺されそうになるのである。
 小澤俊夫氏が「グリムのメルヒェンと現代」(谷口幸男・他『現代に生きるグリム』岩波書店)の中で引用しているアンケートでは、「三回殺されることを知っていましたか」という質問にたいし、「知っていた」と答えた人は全体の約半数である。これは若い母親や幼稚園の先生を対象としたアンケートなので、不特定多数を対象としたアンケートなら、「知っていた」と答える人の割合はもっとずっと低いだろう。
 なお、同じアンケートで、「あなたは子どもの頃、『白雪姫』を何で読みましたか」という質問にたいし、三分の二以上の人が「絵本」と答えている。

ヤーコプとヴィルヘルム
『グリム童話集』そのものに関する知識についても、全部でいくつの話が収録されているか(先に述べたように、聖者伝を除いて二百)、いつ頃に出版されたのか(十九世紀前半)といった質問にすらすら答えられる人は限られているだろう。一八一二年の初版から一八五七年の決定版まで六回にわたって改訂されたことや、そのたびに話の数が増え(初版は百五十六話)、本文にも手が加えられたことを知っている人も少ないはずだ。
 イギリスの劇作家バーナード・ショー(一八五六〜一九五〇年)は「グリム」を一人の人物だと思っていたそうだが、兄弟のファースト・ネームを知っているかときかれて、正確にヤーコプとヴィルヘルムと答えられる人も少ないだろう。また、グリム兄弟がどんな生涯を送ったのかを知っている人も少ないに違いない。さらに、グリム兄弟が、一八三八年に着手され、百二十三年後の一九六一年に完結した、全十六巻三十二冊の『ドイツ語辞典』の編者としても歴史に名を残していることを知っているのは、ドイツ語やドイツ文学を学んだ人を除けば、きわめて少ないだろう。
 そこで、『グリム童話集』の「新しい」面白さについて語る前に、グリム兄弟の生涯と童話集の成立の背景について、ごく簡単に紹介しておこう。