| 2009年1月の日記(↑時間軸) |
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1月28日(水)
リンクを張るのを忘れていて、1月のバックナンバーが読めない、と読者からメールでご指摘頂いた。失礼しました。 研究室にゼミ生が卒業論文集を届けに来る。以前はCDに焼いて提出してもらっていたのだが、やはり紙のほうが読みやすいので、最近は紙で出してもらうようにしている。 そのあと、最後の成績を事務に提出。 その後、打ち合わせがふたつ。ひとつは新たな翻訳の依頼。『プルーストは神経学者だった』という本である。芸術家はつねに科学者の発見を先取りしていた、というのは目新しい視点ではないが、こういう事例史(この本が取り上げているのは、プルースト、ホイットマン、ストラヴィンスキー、セザンヌなど)は、文系と理系の対話が増えるきっかけになるのではないかと期待している。 もうひとつの打ち合わせは、岩波西洋人名辞典の全面改訂というお仕事。舞踊関係の改訂をお引き受けする。今度は「西洋人名辞典」ではなく「世界人名辞典」になるそうである。 『君の涙ドナウに流れ ハンガリー1956』(2006)を観る。1956年のハンガリー動乱を描いた作品。映画としては傑作ではないが(一言でいえばハンガリーの愛国映画である)、私などは、スターリン主義が戦車を通してその邪悪な姿をあらわした象徴的事件のひとつとして、ハンガリー動乱(革命)に対して特別の思いをもっているので、前から観たかったのである。 主人公は水球の選手。スポーツ・ファンは先刻ご承知であろうが、水球ではハンガリーが世界最強である。オリンピックでは9回も金メダルを獲得している。金メダルの獲得数でいうと、ハンガリーに次いで、イタリア、イギリス、ユーゴスラヴィア、ソ連と続く。1956年のメルボルン大会でも、準決勝でソ連に勝ち、決勝ではユーゴを下した。昨年の北京大会でもハンガリーが優勝した。どうして水球はハンガリーが強いのか、それは知らない。 そうそう、ひとつここでお詫びを書かねばならない。長いこと私はハンガリーの「ハン」はフン族のフンだと思っていたのだが、それは俗説だということを最近知った。元々は語頭のhはなかったそうであるが、中世ラテン語ではすでに Hungaria と書かれている。 お詫びついでにもうひとつお詫び。これは数年前に間違いに気づいて、すでに一度訂正したのであるが、学生の頃、私はルイベ(鮭の刺身を凍らしたもの)の語源はロシア語のルイバ(魚)だと思っていた。だって似てるんだもん。でもこれは「凍った魚」を意味するアイヌ語だそうである。ちなみにロシア語になった日本語がある。イワシである。つまり、ロシアでもイワシをイワシと呼ぶ。 ついでにこれはお詫びではなく、ハンガリーの語頭のhに関連して思い出したミニ知識。オレンジの語源はサンスクリット語の naranga であるが、話を簡単にすると、それが norange になり、a norange の n が前に移って、an orange になったそうである。これはむかし、英語学の授業で習った。 話を『君の涙・・・』に移す。水球の選手が学生運動の先頭に立っている美人学生に一目惚れし、ふたりは恋人同士になるのだが、水球の選手がメルボルンで金メダルを獲得し、表彰台に登っているころ、動乱はソ連の戦車によって鎮圧され、恋人の女子学生は処刑される。実際、ハンガリー動乱では2万人近くが死に、20万人が難民になった。民衆に担がれて首相の座についたイムレ・ナジも後で処刑された。映画にも出てくるが、西側はいっさい援助の手をさしのべなかった。ソ連のくびきから脱するには30年以上待たねばならなかった。ちなみにサルコジ仏大統領の父親は、第二次大戦後、ソ連軍が攻めてきたときにフランスに亡命しているので、ハンガリー動乱は経験していない。 ソ連の戦車と民衆との交流とか、広場に集まった学生労働者に秘密警察が発砲するところや、今度はその秘密警察がリンチされ、その死体を木に吊されるところなど、史実(厳密にはいちおう史実とされていること)に忠実な映画である。一昨年訪れたブダペストの景色もなつかしかった。 |
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1月26日(月)
オバマ新大統領は、イラクから米兵を撤退させ、アフガニスタンの平和復興に力を注ぐと言っている。もし彼が本気でそう考えているとしたら、ベトナム戦争の二の舞になること必定である。イラクとちがって、アフガニスタンの後ろにはタリバーンだけでなく、ロシアがいる。アフガニスタンは世界戦争への突破口になりかねない。 仕事の関係で、フランスのルイ14世のことを調べていて、ふと、グーグルに「le roi soleil」と入れたら、最初の数十件はカヒミ・カリィ関連のページばかりである。なんだか訳が分からず、娘に「これ、誰?」というメールを送ったら、「渋谷系全盛時代のミュージシャンだよ」という即答があった。だいたい名前からではどこの国の人間かも分からない(日本人である)。私は90年代のなかば、イギリスにいたので、渋谷系のことはよく知らないのであった。 カヒミ・カリィ関連のページを排除したら、今度はミュージカルのページがたくさん出てきた。「太陽王」というフランスのミュージカルが3,4年前にヒットしたらしい。さっそく YouTube で観てみる。フランスは独裁者の再来を希求しているのだろうか、などと考えているうちに、自分が何を調べていたのか、忘れてしまった。 土曜はゼミのOBOG会。国際文化学部はまだ創立10周年の若い学部なので、卒業生はまだ1期生から6期生までしかいないにもかかわらず、現役生を含めて30名以上集まったのであるから、大変よい出席率である。卒業後初めて顔を見せた諸君も数人いた。会社員もいれば、起業した者もあり、会社をやめて音楽活動している者もあれば、女優もいる。みなさんまだ20代である。 私の記憶が正しければ、既婚者は3人のみである。結婚したいというOGはたくさんいるようだが、なぜか男性諸君の口からは「結婚したい」という言葉は聞かれない。男性よりも女性のほうが結婚したがっている時代のようである。 日曜は早稲田の授業の打ち上げで(なぜか毎年打ち上げをやる習慣になっている)、院生たち(全員女性)と横浜の中華街に行き、行きつけの大新園でお食事。あいかわらず旨い。 院生諸君からプレゼントと、じつにおしゃれな花束を頂く。ありがとう。 |
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1月24日(土)
先日、チェチェンで少女を強姦して惨殺した軍人が釈放されたという話を書いたが、今週、その少女の遺族など、チェチェン戦争の被害者救済にあたってきたスタニスラフ・マルケーロフ弁護士と、アンナ・ポリトコフスカヤがつとめていたのと同じ「ノーヴァヤ・ガジェータ」紙の若い女性記者アナスタシア・バブローワが、モスクワの路上で殺害されたそうだ。 ここ数年、モスクワに行くと、空気の中にとても危険な、いやなものを感じる。ひじょうに邪悪なものが空中に漂っている。 いまやロシアは、闇社会が国家を動かしているような国である。プーチンは殺し屋の親玉みたいな存在である。アメリカに次ぐ大国がこんな有様では、世界平和はまだまだ遠いと覚悟しなくてはならない。 これまで気に留めなかったことについ気を留めてしまうと、これまで平気だったことが急に怖くなる、ということがある。 最近、プラットフォームの安全柵が増えている。たぶん最初に作られたのは新幹線の通過駅(たとえば品川や新横浜)であろう。停車しない列車(たとえば「のぞみ」)は多少減速はしているものの、猛スピードで通過していく。その風圧でホームにいる人が吹き飛ばされる、あるいは跳ねとばされる危険性がある。最近は新幹線だけでなく、地下鉄などで増えている。 プラットフォームに安全柵がつくられるというのは、鉄道の歴史始まって以来のことであろう。鉄道は19世紀からずっと、今と同じようなスタイルだった。つまりプラットフォームというのは、ホームの端を歩いている人が30センチも体をぐらつかせようものなら跳ねとばされる、きわめて危険な場所だったのである。 でも生まれる前からそうだったから、私たちはそういうものだと思っていた。実際、めったに事故は起きない。 しかし、体が30センチ傾いただけで大けがをするというのは、かなり危険な状況である。こんなことを考えるようになったのは、年をとって、体にだいぶガタがきたからであろう。若いときは自分で自分をコントロールしていると思っている(実際できている)から、プラットフォームを危険だとは思わなかったが、最近、足下があぶなくなってきたので、自分が大けがあるいは死亡の危険と隣り合わせで生きているのだということを意識するようになった。 「暴れん坊将軍」あるいは「まつけんサンバ」の松平健がテレビの料理番組に出ていたので、見る。松平健のファンではない。どころか、「暴れん坊将軍」という連続ドラマは一度も見たことがない。まつけんサンバというのも、一度か二度聞いたことがある、という程度である。なのにどうして見たかというと、番組の予告でみた料理がおいしそうだったからである。考えてみると、私がいちばんよく見るテレビ番組というのは料理番組だ。 で、その料理の名前が「白菜の暴れん坊鍋」(笑)。白菜をざく切りにして、断面が並ぶように、つまり縦に並べながら、鍋につめる。その隙間に甘塩のタラとベーコンをはさむ。上にトマトをたくさん載せ、さらにアサリをたくさん載せる。これで15分ほど煮る。それだけ。特徴は、出汁・調味料をいっさい使わないことと、水を一滴も入れないこと。私も最初は「焦げ付かないのだろうか」と不安だったのだが、実際にやってみたら、たっぷりスープがとれる。 これはきっとおいしいにちがいないと思った。というのは、トマトが入っているからである。前にも書いたが、トマトは偉大である。野菜では例外的だが、大量のグルタミン酸を含んでいる。トマトからは出汁がとれるほどである。最近、もつ鍋やおでんにもトマトを使うようになったが、当然なのだ。 イタリアやスペインでよく料理にトマトを使うのは、イタリア人やスペイン人がグルタミン酸の旨みをよく知っているからだ。 早速その晩に作ってみたのだが、なるほと旨い。これでひとつ鍋のレパートリーが増えた。 |
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1月22日(木)
一昨日、すなわち火曜日は、まず早稲田で授業をして、それから自分の大学に戻って教授会。 夜はバレエ公演「鬼才イーゴリ・コルプの世界」。鬼才というキャッチフレーズはバレエダンサーにはあまり似合わないと思うのだが。 彼は人相がわるい。「怪奇もの」とか「異常性格もの」「サイコパスもの」をやったら抜群であろうと思われるが(映画化界も興味を示しているのではあるまいか)、ちょっとはまりすぎて怖そう。 でもじつは、人の良い、まじめなダンサーである。マリインスキー劇場の廊下で偶然すれちがい、いっしょに写真を撮ってもらったことがある。 この日の掘り出し物はキエフ・バレエのナタリヤ・マツァーク。じつにキレのいい踊りをする。それにベルリン国立バレエのエリサ・カリッロ・カブレラ。思っていたよりも小柄だったが、オーラのあるダンサーだ。 残念ながら現代物は振付のつまらないものが多かったが、例外はビゴシゼッチ振付の「カジミールの色」。佳作である。カブレラがよかった、というせいもあるが。 残念なことに、お隣にバレエ大好きのおばさまが二人すわっていて、この人たちが、ひとつ作品が終わるたびに「まあ素晴らしいわねえ」と、けっして小さくない声をあげるので、いささか鬱陶しかった。いや、素晴らしいときに素晴らしいと言うのはわるくないが、こちらが「うむ、駄作じゃのう」と溜息をついているときに隣から「素晴らしい」という声が聞こえてくると、思わず「え、どこが?」と茶々を入れたくなる。 翌日は同じオーチャード・ホールに「ミハイロフスキー・バレエ・ガラ」を観に行く。ミハイロフスキー・バレエとは、毎冬来日する、いわゆるレニングラード国立バレエのことである。 このバレエ団でいちばん美しいバレリーナはペレンであるが、技術・表現力ともに申し分ないのはシェスタコワである。この人のシルフィードやジゼルは絶品である。先日、彼女の「海賊」を見たが、鳥肌が立つような動きで、すっかり見とれてしまった。ただし、前半はよかったのに、後半になるとなんだかもたつくようになって、がっかりした。前日も(フェッテで失敗した)、この日も、どうも精彩に欠けた。残念だ。 この日の収穫は、かのカリスマ・ダンサー、ルジマトフだ。いまはこのバレエ団の芸術監督である。 最初に「ムーア人のパヴァーヌ」。彼がこの作品を踊るのはもう何度も観ている。この作品、彼が踊るのを観るよりもずっと前から観ているが、面白いと思ったことはなかった。振付はいわゆるモダンダンスのホセ・リモン。ロシアでは大変人気のある作品だ。シェイクスピアの「オセロ」のダンス化で、なんだかポーズであらすじを追っているような作品だなあと思っていたのであるが、この日、ルジマトフが怖いほど気合いが入っていて、ぴんと張り詰めた空気を切り裂くようなそのダンスには本当に鳥肌が立った。 次に踊った「アダージェット」もそうだった。ドルグーシンの振付は、いってしまえばベジャールのパクリであり、優れた振付とはいえないが、ルジマトフの緊張度はものすごく、舞台だけでなく、劇場全体がその緊張に包まれ、観客が一人残らず、息もできずに眼が釘付けになる、という感じであった。正直なところ、こんなに素晴らしいルジマトフは観たことがない、というほどであった。 おそらく少なからぬ観客が「やっぱり、この人はすごい」と思ったにちがいない。 最後はダンサーが次々に入れ替わる形式の「海賊」だったが、なんと途中から、なつかしいあの衣裳に身を包んだルジマトフが登場し、場内は騒然。歓声とも嬌声とも悲鳴ともつかぬ声が会場じゅうからあがる。ルジマトフは見事なグラン・ジュテを見せた。 あの衣裳のルジマトフはもう二度と見られない、と誰もが思っていたはずである。それが観られたのだから、興奮しない観客がいるはずがない。10年後、彼は伝説になっているであろう。 バラク・オバマがアメリカ初の黒人大統領に就任した。就任演説のとき、まだ起きていたのだが、翌朝はやく起きなくてはならなかったので、寝てしまい、翌日に新聞で読んだ。 ひじょうにうまい、美しい演説である。 でも正直なところ、「またか」という感じを拭えないことも確かである。アメリカの政治家は、民衆の心を掴もうとするとき、かならず「建国の精神」を持ち出す。それは客観的に見れば建国神話である。アメリカを建国した人びとが「わずかばかりの身の回りのものを鞄につめて大洋を渡り、新しい生活を求めた」のは事実だろうし、彼らが「過酷な労働に耐え、西部を拓き、鞭打ちに耐え、硬い大地を耕してき」たのも間違いではないだろうが、アメリカは無人大陸だったわけではない。彼らは先住民を騙し、殺し、追い出して、自分たちの国をつくったのである。 C・G・ユングはアメリカに行ってすぐにそれを感じとり、アメリカ人には影があると指摘した。「陰」ではない、「影(シャドウ)」である。自分たちが殺した先住民である。 建国の精神を思い出すことは、先住民虐殺の歴史をあらためて隠蔽することでもある。 それは別として、アメリカ人にとって「建国」というのがひじょうにリアリティのある言葉だというのが、オバマの演説を聴いていてもよくわかる。 もうすぐわが国の「建国記念日」がくるが、この日に、自分たちの「建国」に思いをはせる人がどれくらいいるだろうか。「あったりめえじゃねえか。アメリカなんて、たかだか四百数十年だぜ」。たしかにメイフラワー号が新大陸に到着したのは江戸時代のことだ。それに比べて、この島国では「神代」の昔から単一民族がずっと住んでいることになっている。「建国のことなんて、覚えていない」と言われても、もっともである。 建国記念日が祝日に制定されたのは今から40年ほど前だ。誰がどういう思惑で建国記念日をつくったのか、忘れてしまったが、たぶん「他の国にはみんな建国記念日があるから、日本にもなければ」と思ったのであろう。でも、本当にリアリティがない。3日後のバレンタイン・デーと比べてみれば、その影響力の違いたるや甚だしい。 べつに日本に建国の精神がないことを嘆いているわけではない。そんなもの、なくてもいい、と私個人は思う。「昨日何をしたかって? そんな昔のこと、覚えてねえよ」という人間なので。 |
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1月19日(月)
『シックス・センス』で有名なシャマラン監督の旧作『ヴィレッジ』を観る。理由は簡単。レンタルショップで、最新作は全部貸し出し中だったのだ。彼の作品は「仕掛け」が命だから、B級ということになるのだろうが、じつに面白い。ネタをばらすと怒る人がいるから、ストーリーは書かないが、アメリカならありえない話ではない、というところが面白い。 法政大学でも、内定を取り消された学生が数名いるという。ひどい話である。派遣切りも同じだが、企業側の理屈は単純である。「会社がつぶれてしまったら元も子もない」というのである。 世間をまるで知らない私が偉そうなことをいうのは控えるが、正社員と派遣との間にある壁、これはわれわれ大学教師にとっても、専任と非常勤という身近な問題であるのだが、この壁は紙一重なのだという意識があまりに低いように感じる。 私が大学に就職したのは35歳のときであるから、けっして早いとは言えないが、もっと遅い人たちもいる。私とほぼ同年齢で、非常勤講師の口しかなくて苦労している人たちもいる。私と彼らの間には、能力の差があるわけではない。あるのはちょっとした「運」である。 実業界にしても、正社員には能力があり、派遣は能力において劣る、と錯覚している人がけっこういるのではあるまいか。これは経営者からみれば好都合であろう。「分断して統治せよ」という言葉があるくらいだ。 内定取り消しに話を戻すと、その会社の社員全員の給料をほんのわずか減らせば、ひとりくらい雇えるはずである。既得権は絶対に手放さないというのでは、ワークシェアもへったくれもない。 |
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1月12日(月)
久しぶりに小坪漁港の魚屋まで魚の買い出しにいく。連休で鎌倉じゅうの道路が大渋滞しているので、夕方に出かけたのだが、カーナビの画面はまだ真っ赤。 魚屋に着いてみたら、ほとんど何も残っていない。それでも、わが家の常備品である塩鮭と、なんとふつうの魚屋なら5000円以上はするであろうアワビを1600円で売っている。しかも1400円に負けてくれる。見ただけでよだれが出てくるような立派なアワビである。 その後、夕陽を見ながら、逗子マリーナを散歩。 他の魚屋で生ガキ、ズワイガニ、カワハギ、真鱈の白子(白子は真鱈に限る。スケソウダラの白子は加熱すると固くなる)などを仕入れる。 家に帰って、ブイヤベースをつくる。アワビはそのままステーキで食べる。 ![]() ![]() ![]() イザベラ・コイシェ監督、サラ・ポーリー主演の「死ぬまでにしたい10のこと」をみる。これは予想していたよりもつまらない。 前回、「世界大戦争」(1961)のことを書いたら、急にまた見たくなって、ツタヤディスカスで取り寄せる。ほとんど50年ぶりだ。特撮監督の円谷英二が気合いを入れて頑張っているが、モスクワやパリが水爆で吹っ飛ぶシーンはレゴでつくった町にチャッカマンで火を付けたみたい。とはいえ、当時としては最先端の特撮技術だったはずである。冒頭、東京タワー(3年前に完成している)からの東京の眺めが映るのだが、当たり前だが、高層ビルがひとつもない。空が広い。 主演のフランキー堺はこの3年前にテレビドラマ「私は貝になりたい」に主演している(翌年映画化)。どうやら彼は当時、日本の庶民を代表するキャラクターだったようである。この映画では外人記者の運転手をしている。その記者がジェリー伊藤(かの伊藤道郎の息子)。妻が音羽信子で、長女が星由里子なのだが、その下の子どもたちはまだ小学生で、フランキー堺の孫みたいに見える。考えてみたら、サザエさんの家とまったく同じシチュエーションだ。 星由里子の恋人が宝田明なのだが、これがまた面白い。というのも、むかしの二枚目俳優というのは「私はハンサムです」と顔に書いてあるような演技をするのである。 「ナルニア」の第2章「カスピアン王子の角笛」をみる。ナルニア国物語は1980年末にイギリスで映画化されているが、たった15年しか経っていないのに、2005年にアメリカでリメイクされたわけである。その第1章から3年経っているので、主人公の4人兄妹はずいぶん大きくなってしまった。このあと、同じキャストで撮れるのだろうかと心配になる。 むろんクライマックスはナルニア人とテルマール人との戦闘である。「ロード・オブ・ザ・リングズ」もいちばん力が入っていたのは戦闘シーンであった。「トロイ」もそうだ。「レッドクリフ」なんて全編ほとんど戦闘ばかり。どうして私たちはこんなに合戦が好きなのだろうか。 ひとつの理由は「テクノロジー先行」である。巨大な宇宙船が手前から進んでいくという「スター・ウォーズ」の冒頭シーンは一時代を画した(当時は模型を撮影していた)。深作欣二の「宇宙からのメッセージ」(宇宙版八犬伝)はそれをそっくりぱくっていた。ある技術が可能になると、それを見せたくなるものである。技術を見せるために、内容が選ばれる。CGの迫力を見せるために合戦が描かれるわけである。 いっぽう、スポーツは狩猟の代償行為であるとする説にしたがえば、戦争映画というのは実際の戦の代償行為である。だとすると、世の中が平和になればなるほど戦争映画が多くなるということになる。 では本当の戦争は、となると話が大きくなるので、もうやめるが、イスラエルはいい加減にしてもらいたい。 |
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1月9日(金)
昨夜はゼミの新年会。会場は、東京女子医大の近くにある韓国料理屋。焼き肉屋ではない。ゼミ生の、韓中英3カ国語をあやつるチヨンの紹介である。宮廷料理から、チヂミ、キムチ、サムギョプサルの甘辛煮、プルコギ、カムジャタン、サムゲタンと、次々に出る料理がどれもじつにうまい。ゼミ・コンパの歴史に残るおいしさであった。ビールと焼酎とマッコリとラズベリー酒のチャンポンで、教授はご臨終。 「優雅な生活」のはずだから、私は暗いことはできるだけ書かないことにしている。暗いことを書くと、本当に暗いことが起きるからである。しかし、You might think head 、今後の世界が明らかに終末に向かっていることを象徴するような、なんとも暗い年明けである。 もし麻生首相が本気で、「定額給付金」をばらまけば選挙で自民党が大勝できると思っていたのだとしたら、相当な愚か者である。「民の心」を知らないのにも程がある。実際、国民の半分以上が反対している。大喜びしているのは、ケータイの支払いに苦労している高校生くらいのものであろう。それだって、1回払ってしまえばそれでおしまい。 そもそも年末の餅代か年頭のお年玉としてくれるのかと思っていたら、まだ国会でもめている。「引っ込みがつかない」という言葉を絵に描いたような状況になっている。もし首相が多少なりとも人気を回復したいのなら、いさぎよく取り下げて、この金をプールして、「何かいい使い道はないでしょうか」と謙虚に国民に問うことである。 こんなくだらないことで国会が紛糾しているなんて、なんとまあ平和な国であろうか。 年末に始まったイスラエルのガザ攻撃はまだ続いており、死者は700を超えたという。これは明らかに無差別虐殺である。たしかにきっかけはハマスのロケット弾攻撃だった。こんなものは実効度の低い、ただの挑発にすぎない。パレスチナがイスラエルの軍事力に勝てるわけなどないのだから。でも、いくら弱くても、人間には意地というものがある。プライドというものがある。ユダヤ人はパレスチナ人を人間とは思っていないようだが。 無差別虐殺がおこなわれているのに、国際社会がほとんど傍観しているという現状はユダヤ・ネットワークの力を痛感させて、じつに不気味である。多くの人びとが「ホロコーストを口実にしてパレスチナ人虐殺を続けるのはもうやめよう」と言っているのに、イスラエルは聞く耳を持たない。誰がこの猫の首に鈴を付けるのか。 私たちはベルリンの壁が崩され、ソ連が崩壊したときに、冷戦は終わったと思ったのだが、ところがどっこい、冷戦状況は予想以上に頑強なものであった。いま急速に復活しつつある。 先日、ハンチントンが他界したが、イスラム対「イスラム以外」の対立はますます深くなりつつある。イラクからアフガン、パキスタン、これにインドネシアやミンダナオが加わり、他方、チェチェンなどが加わった「大イスラム帝国」的なものが形成されていったら、冗談ではなく世界最終戦争が起きるだろう。 最近の若者は、私のような呑気なおじさんよりも強い終末感を抱いているように思われる(だって、希望なんか全然ないのだから)。それはともかく、終末のイメージというのは、人によってずいぶん違うのだろうが、誰しも、なんらかのトラウマ的な体験によってある特定のイメージを抱くようになる。私の場合、小学校のときに観たフランキー堺主演の東宝映画『世界大戦争』がひとつのトラウマ体験になっている。終末は、われわれの意志や平和への希求とは無関係に、どこかから降ってくる、というイメージである。私はむろん焼け野原になった東京を知らないのだが、この映画で観た、溶けた国会議事堂がいまだに頭に刷り込まれている。 |
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1月5日(月)
子どもの頃は正月が楽しくて仕方がなかった。1ヶ月以上前から指折り数えて待っていたものである。「もういくつ寝るとお正月」という歌詞は子どもの気持ちをじつによく捉えている。 独楽も回したし、凧も揚げたけど、いちばん楽しかったのは、親がいっしょにすごろくやトランプや花札で遊んでくれることだった。父は町工場を経営していて、ほとんど毎晩帰宅は深夜だったし、母も踊りを教えていて留守がちだった。それがお正月だけはいっしょに遊んでくれるのだった。 おじやおばやいとこが年始にやってきた。法事と正月は、ふだん顔を合わせない親類が集まって、「××の息子の××は離婚したそうだ」なんていう噂話をする。それで、ふだんは忘れている家系図を頭の中で描き直し、自分の位置を再確認するのだった。 正月には墓参りもする。わが家の菩提寺は700年ほど前、鎌倉時代に日蓮が開いた寺で、鈴木家はそのときからその寺に関係していたそうだが、うちは3代か4代前から分家である。わが家の墓の近くに本家の大きな墓がある。 昨朝、修士論文を書き上げた娘が「サンデー・プロジェクト」を観ているのを(娘は政治討論番組とお笑い番組しか観ない)、娘のためにお雑煮を作りながら、そばでちらちらと観ていたのだが、フィンランドのレポートをやっていた。フィンランドは地上の楽園だ、みたいなレポートだったが、アキ・カウリスマキの映画の印象が強く刷り込まれている私には、にわかに信じがたい。むろん、カウリスマキが描くのはソ連に支配されていた貧しい時代のフィンランドだから、彼の映画から現在のフィンランドを想像するのは、小津の映画をみて現代日本を想像し、「貧しいね」と感じるのと同じなのかもしれない。本当にそんなに豊かな国になったのか、近々見てこようと思う。 フィンランドの「フィン」は「フン族」のフンと同じだそうで、フィンランド語はインド=ヨーロッパ語ではないから、まるでわからないが、スウェーデン語を話す人たちもいて、「ムーミン」はフィンランドで生まれたが、スウェーデン語で書かれている。 |
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1月3日(土)
あけましておめでとうございます。 例年、大晦日から実家に出かけるのだが、今年は鎌倉で、親子3人で新年を迎える。娘も4月には社会人になるので、親子3人で新年を迎えるというのもこれが最後であろう(涙)。 |