2008年10月の日記(↑時間軸)
 
10月31日(金)
 
 腰は少しずつよくなっているのだが、まだ顔が洗えない。前に屈むことができないのである。
 
 昨日は、草刈民代さんに研究室まで来てもらう。
 彼女は来春に引退するので、私が「スワン・マガジン」という雑誌に原稿を頼まれた。それで、「いい機会だから、久しぶりだからおしゃべりしましょう」ということになったのである。彼女は売れっ子アイドル並みに忙しいのだが、なんとか時間をつくってくれた。
 私はダンサーとは個人的お付き合いはしない。ダンサーは舞台で見るもの、と信じているからである。というか、失礼ながら、話して面白いダンサーはあまりいない。
 草刈さんは例外で、なぜかすごく気が合う。会うと2時間でも3時間でもしゃべっている。今回も、研究室でコーヒーを飲みながらおしゃべりし、そのあと教員食堂で昼を食べながら、授業が始まる時間までしゃべりつづけた。
 
 世間様は明日から月曜まで3連休だそうで、鎌倉も大混雑が予想されるので、家に閉じこもっている他ない。そこで、籠城にそなえ、買い出しにいく。
 いつものように、小坪漁港の魚屋にいくと、なんとサンマが3尾180円である。安くてまことにありがたいが、これじゃあ漁師さんがかわいそうだ、と、つい同情しまう。1尾300円でもいいと思うよ。300円じゃ買わないという人がいるんだろうか。
 サンマのほか、イサキ、殻つき牡蠣、サザエなどを買う。
 いまだにうまくサザエの刺身がつくれない。ちょっと包丁でつつくと、相手はすぐに蓋を閉めて閉じこもってしまうので、面倒くさいからそのまま壺焼きにしてしまう。
 次に八百屋にいって、いつもどおりの大根、ししとう、しいたけ、キュウリ、トマトなどの他に、わさび菜、せり、菊の花などを買う。
 
 『シルク』を観る。私の大好きなキーラ・ナイトリーが出ている。彼女は、『パイレーツ・オヴ・カリビアン』のイメージが強いけれど、典型的な英国美人だ。マダム・ブランシュ役の中谷美紀もすごくいい。それにしても映像の美しい映画だ。ストーリーはいまいち。
 
 『チャングム』以来、韓国の連続TVドラマは敬遠していた。面白かったら、また何十時間も費やすはめになるからだ。でも、『ソドンヨ』の1回目、2回目を観てみる。なかなか面白い。でも、どうしよう。迷うところである。
10月25日(土)
 
 ほぼ正常通りの生活ができるようになったが、まだ腰に釘が10本刺さっているような感じである。
 
 家でごろごろしているあいだに、何本か映画をみた。
 
 『エリザベス ゴールデン・エイジ』。この邦題にも困ったものだ。「黄金時代」でいいじゃないの。
『シャーロット・グレイ』を観て、ケイト・ブランシェットが性格俳優でも演技派女優でもないことがよくわかったが、エリザベス女王とか『ロード・オヴ・ザ・リングズ』の妖精女王とかをやると、すごくよい。つまり、彼女はどこか人間離れしているのだ。
 以前、「ピープル」誌で「世界でもっとも美しい50人」に選ばれていたが、その感覚は理解できない。あんな怖い顔、私が苦手である。
 この映画では、アメリカに植民地ヴァージニアを建設したウォルター・ローリーが大きな役割を演じている。エリザベスの侍女ベスと結婚したこと、それによって女王の怒りを買ったことなどは史実に忠実だが、あとはずいぶん史実と違っていて、スペイン無敵艦隊との海戦ではこのローリーがドレイク顔負けの活躍をする。そのぶん、ドレイクがひじょうに影が薄い。というわけで、世界史を勉強している高校生には要注意の映画ではある。
 アルマーダを駆逐したことは、日本でいえば元寇みたいな事件だから、この映画、イギリス人には受けるだろう。イギリスびいきの私にも、たいへん面白かった。
 エリザベスは「ヴォルタ」というダンスが大好きだった。男性が女性を空中に高く持ち上げる、当時としてはいささかセクシーなダンスである。空中に浮いたエリザベスを描いた有名な絵が残っている。前作にもヴォルタを踊るシーンがあったが、今作にも、エリザベスが侍女ベスとローリーにヴォルタを教える場面がある。と、映画をみていても、ついダンスに注目してしまうのは職業病である。
 そういえば、『隠し砦の三悪人』にも集団舞踏のシーンがあり、最後のほうで、姫が「あれがいちばん楽しかった」という。クレジットをみると、踊っていたのは日劇ダンシング・チームである。
 
『河童のクゥと夏休み』。アニメの専門家に勧められて観たのだが、それほど優れた作品だとは思えなかった。技術的には、宮崎アニメに比べると、ほとんど紙芝居である。原作がかの小暮正夫だから、子どもは大変よく描かれている。しかし、かなり『ET』をパクっている。
 
『大いなる陰謀』。おお、ロバート・レッドフォードはいくつになってもロバート・レッドフォードなのだなあ。あいかわらず、くそまじめである。遊びほうけている学生に対する「もっとまじめに生きろよ」というメッセージであるが、レッドフォードが大学教授の役で、才能を無駄遣いしている学生を前にして熱弁をふるう。われわれ教師もこれくらい熱を込めて学生を指導しなければいけないなあ、とふと思う。大統領選に出馬しようとしている議員を演じているトム・クルーズがいい演技をしている。今までの作品のなかでいちばんの好演ではなかろうか。だがこの映画でいちばん印象的なのは、メリル・ストリープのしわ。
 
『ココシリ』。チベットの砂漠で、密猟で100万頭から1万頭に激減してしまったチベットカモシカを守るために、無報酬で監視部隊を組織した人たちの話。無報酬なのに、砂漠の真ん中で3年間もたったひとりで見張りをしていたりする。うう、凄まじい映画だ。実話だそうだが、圧倒的な力で迫ってくる。中国も、才能の枯渇したチャン・イーモウ(オリンピックのあの俗悪な開会式をみよ)なんかお払い箱にして、こういう映画をもっとどんどん作って欲しいものである。
 
 この他、映画の授業のために数本の映画をみたが、それは省略。
 
 テレビもずいぶん見た。面白かったのはNHKスペシャルの『世界同時食糧危機』。あらためて思い知らされたのはアメリカが農業国であること、グローバリゼーションで、アメリカの食糧が世界の食糧市場を支配してきたことである。われわれ日本人はそんなにトウモロコシを食べないが、日本では豚も牛も鶏もみんな餌はほとんどアメリカ産のトウモロコシだ。
 日本の食糧自給率は、少し前までは80%だった。それが今では30%以下である。いわゆる先進国の中で、そんな国は日本だけだ。「金さえあれば、なんでも買える」というとんでもなく間違った考えに染まってしまった結果である。そりゃあ、金さえあれば、なんでも買えることはなくとも、少なくとも食料は買えるだろう。でもその食料が暴騰すると、とたんに困る。そんな当たり前のことが、どうしてわからなかったのだろう。
 いや、バブル期のことを思い出すにつけ、人間がいかに馬鹿になれるものかを痛感する。
 この番組でいちばん印象に残ったのは、日本の生ゴミのなんと30%近くが「(賞味期限切れの)未開封の食品」だというデータである。一方でどんどん食糧を捨てながら、食糧危機だと騒いでいるとは、なんともブラックな話である。
10月22日(水)
 
 まだ腰が痛むが、そう何日も授業を休むわけにもいかず、また欠席できない会議もあるので、月火と、杖をついて、「いてて」と言いながら出勤。
 前回ぎっくり腰をやったときに買ったステッキである。杖をついていると、電車で席を譲ってもらえる。これはありがたい。電車が揺れるたびに足を突っ張らなくてはならず、これが腰に響くのである。譲ってくるのは決まって、私より年長の男性である。若者は携帯に熱中しているか寝たふりをしていて、絶対に譲ってくれない。きっと照れくさいのだろう、と好意的に解釈する。杖をついてわかる、老人の心。
 
 きょうは、昨夜から泊まりにきていた娘とかみさんと3人で、横浜まで映画『セックス・アンド・ザ・シティ』を観に行く。ずっと前に、YUSENの社長秘書の香織からチケットをもらったのだが、なかなか時間がとれなかったということもあり、熱烈なファンである娘は封切り初日に観に行ってしまったということもあり、もうすぐロードショーも終わりという今日になってしまった。
 うちのテレビの横には『セックス・アンド・ザ・シティ』のDVDが全巻並んでいる。全部で100話くらいある。30分番組だから全部見ると50時間かかる計算になるが、娘は全部通して10回以上観ているはずである。何しろ娘が泊まりに来て、翌日帰った後、DVDレコーダーを使おうとすると、かならずこのDVDが中に入っている。
 かみさんもまた、女どうしの友情話というのが大好きである。
 というわけで、私がいちばん乗り気がしなかったのである。だいたい、あのサラ・ジェシカ・パーカーのおそろしく長い顔が苦手である。『マーズ・アタック』では火星人に首をちょんぎられて、その首を犬の胴体に繋がれていた。
 でも映画は文句なく面白かった。「ゴージャス」な映画である。まずファッションがすごい。これでもか、というくらいにどんどん違った服がでてくる。このTVシリーズはニューヨークの流行案内みたいな側面もあって、最新流行のファッションとかレストランが毎回出てくるのであるが、映画も、いかにも「金がかかっている」という感じで、たいへん豪華絢爛であった。これを観ていると、ニューヨークに行きたくなる。そういえば、島田雅彦はいまニューヨークに住んでいる。どんな暮らしぶりなんだろう。私も来年はニューヨークにしばらく住んでいみるつもりである。
10月19日(日)
 
 なかなか名曲があらわれない。ヒットチャートにランキングされている曲を聴いても、新奇な曲がない。メロディというのはしょせん順列組み合わせであり、その組み合わせは有限である。「そんなこと言ったら、囲碁や将棋だって有限の組み合わせに過ぎないが、いまだに新しい手がどんどん出現するではないか」と言われそうだが、組み合わせの数は音楽のほうがずっと少ない。ピアノの鍵盤があれほどあっても、ドレミファソラシドの繰り替えしにすぎず、調性にしたがうかぎり、その組み合わせは限られている。人間の声域は限られているし。
 かねてから感じているのだが、そろそろ世界的にメロディも出尽くしたのではないだろうか。無調のポピュラーソングが出現するとも思えないし。
 
 だから、というわけでもないが、最近ナツメロばかり聴いている。
 
 かみさんの仕事部屋を通りかかったら、かみさんが YouTube で、江利チエミが1965年の紅白歌合戦でうたった「芸者音頭」(芸者ワルツではない)を聴いている(ものすごくうまい)ので、ふと江利チエミのことをあれこれ思い出す。ものすごく歌のうまい歌手だった。「芸者音頭」も、ずっと長いこと忘れていたが、聴いたら思い出した。
 アメリカン・ポップスを日本語でうたった歌手の魁だ。彼女のあとに雪村いずみとかペギー葉山が続く。美空ひばり、雪村いずみと3人で主演した映画を1本だけ映画館で観たことを覚えている。テレビの「サザエさん」は毎週観ていた。
 そういえば「ウスクダラ」という歌もうたっていたなあ、と思い出す。「ウスクダラ、はるばる訪ねてみたら・・・」という歌だ。私の世代なら誰でも知っているだろう。
 あれ、あの歌、いったいどこの歌なんだ、と気になり始め、調べてみたら、ウスクダラというのはイスタンブールの近くの漁村の名で、これはトルコの歌なのだった。
 江利チエミの熱烈なファン(中年男性らしい)が作っている「江利チエミファンのひとりごと」というウェブサイトをみたら、なんと「ウスクダラ」をはやらせたのはアーサ・キットではないか。
 アーサ・キットといえば、「ショ、ショ、ショージョージ、ショージョージーズ・ラクーン。ヒー・イズ・オールウェイズ・ハングリー」、つまり「証城寺の狸囃子」の英語版をうたった歌手である。この歌、「負けるな、負けるな、和尚さんに負けるな」の部分が、「マカロン、マカロニ・・・」となっていて笑ってしまう。
 アーサ・キットはアメリカの大スター(先住民と黒人の血を引いている)である。この英語版「証城寺の狸囃子」を知らない人でも、そのイントロは知っているはずだ。マルコメ味噌のCFに使われていたから。キットは世界各国の歌をいろいろ歌っていたのである。
 YouTube を観てみたら、さすがにショージョージを歌っている映像はないが、「ウスクダラ」の映像はある。なんともありがたい世の中になったものである。
 で、このアーサ・キットは、じつはキャサリン・ダナム舞踊団のスターだったのである。といっても、ご存じない方が多いだろうが、ダナムは、この人を抜きにしては20世紀アメリカの黒人系ダンスは語れないという、最重要ダンサー・コレオグラファーである。
 私の頭の中であちこち電線がスパークして、そうか、そうだったのか、と独りで納得している私。
 私は、インターネットの、というよりハイパーリンクがものすごく「性に合う」。そもそもインターネットができる前から、調べ物をしていると、脇道から脇道へと逸れ、本来の探し物になかなか戻ってこないという性癖の持ち主だった。手作業でハイパーリンクを実践していたわけである。
 
 で、「ウスクダラ」の次に頭の中に鳴り響いた曲は、なんの関係もないが、「ドミニク」であった。あの「ドミニック、ニク、ニク」である。これも知らない人はないだろう。日本ではザ・ピーナッツとかペギー葉山が歌っていたと記憶する。
 ぼんやりと、実際の修道女がうたった歌だということは記憶していたが、それ以上の知識はなかった。詳しいことが知りたくなった。インターネットは本当に便利で、いろいろなことが瞬時にわかる。
 「ドミニク」を歌った修道女は、Soeur sourire(微笑の修道女)という芸名でデビューしたのだが(アメリカでは Singing Nun [歌う修道女]という芸名だった)、ベルギーの修道女。この歌は世界中で大ヒットした。
 この歌がヒットした後も修道女をしていたが、やがて産児制限反対運動をはじめ、ローマ教皇庁と対立して修道院をやめ、最後はパリで酒と麻薬に溺れて死んだという。
 彼女の前半生はアメリカ映画になり、デビー・レイノルズが主演したということは、長いこと忘れていたが、今回思い出した。その一場面はやはり YouTube で観ることができる。
10月17日(金)
 
 仕事に出たかみさんに「わかさ」という雑誌を買ってきてもらい、読む。腰痛特集だったのである。老人向けの健康雑誌はいくつも出ている(きっと売れるのだろう)が、とうとう私もその手の雑誌を読む年齢になったようである。
 
 寝込んだ当初は「また、ぎっくり腰か。久しぶりだな」くらいに思っていたのだが、4日目になってもよくならないので、だんだん、ただのぎっくり腰じゃないのかしらと、不安になってくる。
 不安になってくると、若くして死んだSさんのことを思い出したりする。よくいっしょに飲んだが、彼はしばしばトイレにいった。「最近腹の具合がわるくて・・・」と言っていたが、しばらくして腰痛がひどくなり、整形外科に入院した。が、検査の結果、ガンがすでに内臓全体に転移していて、骨盤も侵されていることがわかった。そのための腰痛だったのである。若かったから、亡くなるまで早かった。たしか享年39歳。お子さんはまだ1歳か2歳だったが、立派に成人したことと思う。葬式の帰り、中沢新一さんとふたりで飲みに行って、Sさんの思い出話をしたことまで思い出される。
 
 腰が痛いので、あいかわらずふとんのなかでぐだぐだしているのであるが、ふと、わが国の財政のことが気になりだした。気になり出すと、とたんに夜も眠れなくなるというのが私の悪い性癖である。
 じつは、そのきっかけは、先日、「ワニの口」(「ろ」でない。「くち」である)という言葉の意味がわからなかったことである。
 というわけで、腰の痛みに耐えながらパソコンの前まで這っていって、財務省のHPをじっくりと読む。生まれて初めてみたが、なかなか充実している。
 まず、「わが国の財政について」というテレビ講義を受ける。財務省主計局調査課長の矢野さんという人が、懇切ていねいにわが国の財政の問題点について解説してくれる。じつに頭の良さそうな人である。かいもく世間のことを知らない私のような人間にもよくわかるように、ていねいに講義してくれる。
 ところで、この矢野さんの講義、ホワイトボードと紙のフリップを使っていて、じつに地味な作りである。よほど低予算で作ったのであろう。豪華なものを作ると、かならずや「税金の無駄遣いだ」と文句を言ってくれる人がいるにちがいない。
 さて、財務省のHPには「大臣になった男」という25分ほどのミニ・テレビ・ドラマもあって、これもみる。ふつうの人にとっては常識的なことばかりなのかもしれないが、私にはじつに新鮮で、たいへん勉強になった。
 もっとも、経済に詳しい人から見れば、つっこみどころ満載なのだろうし、げんに国会では与党と野党が全然違うことを言っている。
 いろいろ読んだ結果、以下のようなことがわかった(財務省の人からは、「全然ちがいますよ。頭のわるい人ですねえ」と言われるかもしれない)。
(1) 日本国の公債残高、要するに国の借金はGDPの1.8倍。こんなに借金の多い国は、世界でもまれである。欧米諸国はだいたい0.6倍くらい。財政困窮しているイタリアやギリシアですら1.2倍くらいである。
 昔からこうだったわけではなく、バブル崩壊後にこうなったのである。それが「ワニの口」だ。
 「日本は対外債権をたっぷりもっているから、じつは金持ちなのだ」という人もいるが、対外債権の額なんて、公債残高にくらべれば微々たるものだし、ほとんど米国債だから売れない。
 ただ、誰が国債をもっているのかは、私が調べた範囲ではよくわからない。日本の国債の格付けは低いから、外国人所有者はほとんどいないらしいが、では日本の一般庶民なのかというと、そのへんがよくわからない。郵貯・簡保がたくさんもっているという話も聞くが、そうだとしたら、あまり不安要素ではないのかもしれない。
(2) 日本は低負担・高受益の国である。払う税金よりも多くの恩恵を受けているということである。年収700万円の家庭だと、40万円くらい税金を払い、100万円以上(保険とか公立学校とか)恩恵を受けている。はやい話が、日本はひじょうに税金の安い国である。ただし、この状態が続くと、お気の毒に、若い人たちは一生涯、高負担低受益である。
(3) 社会保障は国家予算の4分の1を占める。ここでいちばん問題なのは少子高齢化だ。世界一の長寿国というのは、めでたい反面、財政的には大きなハンディを背負っているということだ。この解決策は、誰が考えたって、保険料を上げることしかないと思うが、いかがなものか。
 だいたい日本の老人はやたらに医者にかかり、入院期間も長い。それでいて、保険料が高いと文句ばかり言っている。これをどうにかすべきであろう。
 マスコミは、貧しい老人だけを取り上げ、そのおかげで日本中で「ひどい、ひどい」の大合唱だが、どこかおかしい。
(4) 私の素人考えでは、消費税はもっと上げるべきだろう。ただし、生活必需品は消費税ゼロにして、贅沢品はいまの5倍くらいにしたらよい。ルイ・ヴィトンのバッグなんて、50%くらい税金がついても、貧しい人にはなんの影響もない。裕福な方々は裕福な方々だけでブランド・ゲームをやっていればよいのである。
 いずれにせよ、富裕層が全国民的憎悪のターゲットにならないように、どこかで世論が操作されているという印象を拭えない。旧リーマンの社員の平均年収は4000万円だそうである。そういう人たちにもっとたっぷり税金を払ってもらったらいかがなもんでしょう。
 どうも、政治家も官僚も、結局は、問題を先送りし、赤字を将来に持ち越そうとしているように思われる。自分たちの死んだ後のことは知らん、というわけである。
 で、結論の結論。財務省にはわるいけど、日本の将来とか、あるべき日本という国の形について、そろばんをはじきながら考えるのはやめにしましょう。財政破綻よりも精神的荒廃のほうが怖い(経済の勉強が全然役に立っていない?)。
 
 ごろごろしながら、ティム・バートン+ジョニー・デップの『スウィーニー・トッド』を観る。以前、市村正親と大竹しのぶのコンビで、舞台でみた。
 どうしてこんな陰惨な話をミュージカルにしたのか、理解に苦しむが、この魔法コンビのおかげで、陰惨さが別のものに変質している。バートン+デップという黄金コンビの作品はどれもそうだが、このコンビでなくては実現しなかったのではないかと思わせる。それにしても、よくできた芝居だ。脚本家がえらい。
 観ながら、唐突だが、イザベラ・バードの『日本奥地紀行』を思い出す。明治の初めに東京から北海道まで旅したスコットランド女性の旅行記だ。一度読み出したら途中ではやめられないくらい、面白い。何が面白いか、いろいろあるのだが、この紀行でいちばん印象的なのは、明治の初め頃、田舎ではまだ女性たちは上半身裸で働いていたことと(だから混浴なんてへっちゃらだった)、どこの宿もノミだらけだったということだ。
 いったい日本はいつからほとんど虫のいない国になったのだろう。むろんいまだって蚊取り線香やベープがなかったら生きていけないが(とくにうちのような田舎では)、昔はいたるところノミや蚊だらけだったのだ。テレビの時代劇にはいっさい虫が出てこないが、実際にはそこいらじゅう虫だらけだったのである。
 『スウィーニー・トッド』でも、そのへんをゴキブリが這い回っている。当時の人は、それが当たり前だったから、たぶんあまり気にならなかったのであろうが、現代人がタイムマシンであの時代に行ったとしたら、とても生きてはいけないだろう。
 
 ヒッチコックの『舞台恐怖症』を久しぶりにみる。これもよくできた作品である。マレーネ・ディートリッヒが、よくみるとあまり美人ではないことがよくわかる。
 
 続けて、『隠し砦の三悪人』をみる。大昔にみたから、途中をまるで忘れている。これまたよくできた作品だ。千秋実と藤原鎌足のコンビが、「スター・ウォーズ」におけるC-3POとR2-D2のコンビの原型であることは有名な話だ。若い日のジョージ・ルーカスは『隠し砦の三悪人』のリメイクを撮りたかったのだが、版権料が高すぎて作れなかったのであった。
 一体この作品、どこで撮影したのだろうか。『乱』をみたときも思ったが、ロケハンする助監督はさぞかし大変だったであろう。日本って、以外に広いのであるなあ。
10月15日(水)
 
 昨日の朝、家を出る前にくしゃみをした瞬間、腰に激痛が走り、そのまま寝たきりに。
 ぎっくり腰である。何年ぶりだろうか。これまでだいたい5年に一度くらい経験しているから、これで5回目くらいだろうか。初体験は学生のときだった。風呂の加減を見ようと思って上半身を45度くらいかがめた瞬間にぐきっときて、そのまま体を伸ばすこともそれ以上曲げることもできず、そっくりそのままの姿勢で母親に抱えられてベッドに運んでもらい、寝たきりになった。そのときはもちろん、ぎっくり腰などというものは知らなかったから、主治医に往診してもらったりした。
 腰痛は私の持病で、ふだんでも朝起きたときから腰が痛い。
 
 昨日は早稲田の授業があり、その授業のために地方から上京してくる受講生もいるので、休みたくなかったのだが(教授会の日だし)、一歩あるくたびに激痛が走るので、仕方なく床につく。
 疲れがたまっていたのか、そのまま夜まで熟睡し、夕食後またこんこんと眠り続けた。だいたい、ぎっくり腰は疲れがたまっているときにやってくる。
 1時間でも2時間でもすわっていることはできる。が、そのまま固まってしまって、今度は立つことができない。しばらく立っていると、今度はすわることができない。同じ姿勢でいると、そのまま固まってしまうのである。怖いのは咳やくしゃみで、これは涙が出るほど痛い。
 というわけで、いまはパソコンの前に座って、たまったメールの返事を書いたり、休講の連絡をしたり(明日も歩けそうにないので、休講の連絡をする)しているのだが、このあと、立ち上がってベッドまで行くのが一苦労である。
 経験上、3日じっと寝ていれば良くなることはわかっている。
 
 以下は前に書いて、まだアップしていなかった日記。
 
 11、12日の週末は、ロシア文学会に出席するため、名古屋にいく。
 じつはここ2ヶ月ほど、郵便物を開封しないまま、ただ積んであった。数日前に思い切ってその山を崩した。そうしたら、すでに終わってしまった公演の招待状などがたくさん出てきたのであるが、学会の案内も出てきて、あわてて申し込みをしたのであった。
 今回は、2年前に岩波文庫で『戦争と平和』を訳された藤沼貴先生の特別講演があった他、「ロシア文学にとって翻訳とは何か」というワークショップ(シンポジウム)があった。この企画は、亀山さんの『カラマーゾフの兄弟』が100万部突破という不思議な現象と無関係ではあるまい。実際、ワークショップの終わりに、会場から「亀山訳カラマーゾフはでたらめな翻訳だ」という意見が出た。
 ゲスト・コメンテーターは柴田元幸さんであった。柴田さんとちゃんとお目にかかるのは、今回が初めてである。全然、初めてという感じはしないのであるが(柴田さんも「初めてでしたっけ?」と言っていた)。
 で、「亀山訳は・・・」という会場からの意見に対する柴田さんの答えは、「他人の訳を批判する最良の方法は、自分でもっといい訳を出すことだ」であった。
 柴田さんとしては当然のお答えであろう。
 亀山訳に対する批判はネット上でも盛んになされているようだ(私は興味がないので、読んでいないが)。最近では、野崎歓訳『赤と黒』もスタンダール学会を主催しているスタンダールの専門家から罵倒されたことが記憶に新しい。こういうのは「気持ちはわかる」が、非生産的だとも思う。
 ただ、あえて柴田さんの回答に反論するならば、ドストエフスキーやスタンダールなら自分で訳を出すこともできるが(簡単ではないが)、著作権のあるものは難しい。前にも書いたように、『ゲド戦記』が翻訳出版文化賞か何かを受賞したという知らせを聞いたときには耳を疑った。岩波書店にわずかでも良心というものがあるなら、改訳すべきしろものである。
 こういうのは、著作権の関係で、勝手に別の翻訳を出すということはできないのである。
 
 学会に出るたびに、先輩たちの髪が着実に薄くなっているのが目につくが、後輩たちも私を見て同じ感想を抱いていることだろう。
 
 翌日曜日には、同じ名古屋で開催されていた日本児童文学学会に顔を出す。会員ではないのだが、東浩紀さんのゲスト講演があり、そのあと「リアリティ」をめぐるシンポジウムがあって、それにかみさんが出席したからである。
 身内が人前でしゃべるのを聞くのは、なかなか勇気がいることだから(寿命が縮まる)、かみさんが話すのを聞くという体験はめったにない。
 
 というわけで、週末は夫婦ともに名古屋にいたのであるが、何しろ私は直前に申し込んだので、往復の新幹線も別々だったし、ホテルはかろうじて同じホテルがとれたのだが、別の階だった。私は直前に申し込んだ罰で、禁煙フロアの禁煙ルームだった。人が聞いたら、よほど仲の悪い夫婦だと思うであろう。
10月5日(日)
 
 鬱のときはあまり積極的に行動せず、できればじっとしているのがいい、という私の経験知に従って、ごろごろしながら映画を観ている。じつはこれはぎっくり腰への対処法と同じ。
 
 吉田博昭の『アイアン・メイズ』を観る。黒澤の『羅生門』と同じく、芥川龍之介の「藪の中」が原作だ。オリバー・ストーンがプロデュースしている。ストーンが吉田監督を高く評価し、プロデュースを買って出たそうだが、なんとも退屈な作品。ブリジット・フォンダがかわいい。それだけ。
 
 同じ吉田博昭の『ゴキブリたちの黄昏』を観る。まあ笑えるが、もっと笑わせて、そして、もっと気味悪がらせてほしかった。
 
 『テラビシアにかける橋』を観る。同名のロングセラー児童小説の映画化だ(かみさんに教えてもらった)。アンナソフィア・ロブ(「チャーリーとチョコレート工場」にも出ていた)がめちゃかわいい。ガボア・クスポは有名なTVアニメ(映画にもなっている)「ラグラッツ」の監督だが、この作品は彼の実写第一作だそうだ。原作がいいのか、監督がいいのか、子どもがじつによく描かれていて、私は観ているうちに自分の子ども時代を思い出し、途中からどうしても涙がとまらなくなった。
10月3日(金)
 
 江戸は女よりも男の人口が圧倒的に多く、そのために一杯飲み屋が発達したそうである。女は夜間に出歩かなかったから、男ばかりがうろうろしていて、ゴールドラッシュ時代の西部ほどではないにしろ、かなり殺伐としていたと想像される。
 恐ろしいのは火事だったから、家で揚げ物をするなど考えられないことで、天ぷらは屋台で食べるものだった。今でいうファーストフードだったのである。えびなどを串に刺して揚げた。串をもって食べると、手が油でべたべたになるので、橋の欄干などで拭いた。いまでもその染みが残っているところがあるという話を聞いたことがある。
 が、天ぷらの話をしたいのではなかった。
 しようと思ったのは居酒屋の話である。現在、居酒屋全盛時代である。盛り場には大勢呼び込みのお兄さんたちがいる。従来、呼び込みというのは怪しい場所を誘うものだった。いかがわしいピンク・キャバレーとか。でも、いまはおおかたの呼び込みはカラオケボックスか居酒屋である。似たようなチェーン店が乱立しているから、呼び込みの必要性もあるのだろう。和民と魚民と何が違うのか、よくわからないもの。
 振り返ってみると、養老乃瀧というのは十代のころからあちこちで見かけたが、若者が行くところではなく、おっさんの行く場所だった。若者が日常的に居酒屋に行くようになったのは、各チェーン店が全国展開を始めた80年代だ。その初期にいちばん人気があったのは「つぼ八」だったように記憶する。
 ここ数年、居酒屋は個室中心になった。安さが取り柄だから、当然、狭い空間にぎっしりと小さい個室が並んでいるので、話は隣りに筒抜けで(上司の悪口とか、別れ話とか、いろいろ聞こえてきてしまう)、とても落ち着いた空間とはいえないが、少なくとも他室にいる人の顔は見えない。25年前のつぼ八はカウンター中心だったように記憶する。
 19世紀のロシア文学を読んでいると、登場人物たちが集まるレストランはみんな個室である。フランスの場合には大きなホールにテーブルが並んでいるのが伝統だが、ロシアでは伝統的に個室だったのである。いまは違うが。
 この居酒屋の個室化現象は若者たちの好みを反映しているのだろうが、そこからどんな結論が引き出されるのか、私にはわからない。私にとっては、もっと現実的な問題がある。
 家にいるときには家から出たがらないが、いったん東京に出ると帰宅するのが面倒になる、という性格なので(「いつき性格」と自分で呼んでいる)、仕事のある日は外で食事をする。たまに学生たちといっしょに居酒屋に行くことを除けば、ほとんどは独りだ。典型的な個食である。
 だから独りで食事をすることにはすっかり慣れているのだが、それでも鮨屋に行くことが多いのは、カウンターで板前さんと最近の景気の話などをしながら刺身をつまんでいるとリラックスできるからだ。居酒屋で夕食ということも多いが、個室に通されて、隣との仕切りに向かって独りで食べるのは、あまり居心地のいいものではない。
 居酒屋の対象客は若者である。居酒屋の個室化は、若者の相互隔離化ともいえるが、考えてみたら、独りでちびちび酒を飲んでいる若者というのはあまり見かけない(私自身はそういう若者であったが)。いまでも養老乃瀧に行けば、長いテーブルのあちこちで、おじさんたちがそれぞれ独りで煮込みをつまんでいる。私が行くべきなのは、若者向けの居酒屋ではなく、養老乃瀧だったのだ。
 そういえば、浅草に日本酒専門の居酒屋があって、そこは酒しか置いていない。つまみがないのである。つまみは隣の魚屋にいって買ってくるのだった。しかも日本酒を3本だか4本までしか飲めないのだ。それ以上は売ってくれない。「酔っぱらう前に帰れ」ということである。
 浅草にはもっとへんな居酒屋もあった。温泉旅館の宴会場のような大きな座敷に卓が並んでいた。それだけではべつに「へん」ではないが、この店は、ウェイトレスというのか、仲居さんというのか、女性がお酌をしてくれるのだった。ホステスというわけではない。大勢いるわけでもないから、ずっとそばでお酌をしてくれるのではないが、なにかを運んでくると、しばらくおしゃべりしていくのである。いかにも田舎から出てきましたという感じのおばさんたちだった。
 その店に連れて行ってくれたのは、法政大学出版局の編集長をしていた稲さんという人である。25年ほど前の話である。稲さんは数年前に亡くなった。もう店の場所も覚えていないが、今でもあるのだろうか。鎌倉から眺めると、浅草は霞の彼方である。

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