2008年8月の日記(↑時間軸)
 
8月31日(日)
 
 久しぶりに、肌を刺すような強い日差しだ。ここ2、3日、昼間は晴れて、夕方になるとスコールのような雨が降る。日本も東南アジアの仲間入りをしたらしい。
 日差しは強くとも、すでに秋の空気だ。
 「もう一回行けるかもしれないから、いやだ!」と泣きわめくかみさんを説得して、海水浴用品を洗って、干して、片付ける。スノーケル、フィン、ボディボード、ビーチベッド、ビーチパラソル、岩場用の靴。やっと車のトランクがあいた。
 
 「国歌ファンタジー」というCDを買う。おお、面白い。エリカ・ヘルツォークという、タレントのベッキーに似た、ドイツ人と日本人のハーフのピアニストが弾いている。モーツァルト、ベートーヴェン、ショパン、ラフマニノフ、バイエル(あのピアノ教則本のバイエル)らが編曲した数々の国歌をおさめたもの。
 国歌については、面白い歴史的事実がいろいろある。イギリス国歌「ゴッド・セイヴ・ザ・キング」(いまは「ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン」)は法律で制定された国歌ではない、とか、リヒテンシュタインも同じ曲を使っている(歌詞は違う)とか、ロシア帝国も昔は同じメロディを使っていたとか。
 ベートーヴェン編曲の「ゴッド・セイヴ・ザ・キング」と、リスト編曲の「ラ・マルセイエーズ」はじつに聴き応えがある。
 で、「君が代」は冬木透が編曲している。冬木透といえば「ウルトラセブン」だが、ライナーノートにこう書いている。
「私自身について言えば、この曲を嫌いではない。10歳のとき、外地で終戦を経験した身としては、淡泊に過ぎると云われるかも知れないが、私はこの曲に不愉快な想い出は全くないのである。唯一の違和感は、ドイツ人軍楽隊長がつけた和声だが、そんなものは替えてしまえばよい。というわけで、私なりにやってみた」
 で、実際どんな感じかというと、なかなかよい。旋律が日本的だから、誰が和音をつけてもドビュッシーっぽくなるのではなかろうか。
 私自身は、「君が代」という曲は好きでも嫌いでもない。いやメロディはちょっと好きかも。西洋風のメロディを国歌にすることには反対である。でも和声はあまり好きでない。ご存じの通り、この曲は明治時代に宮内庁の林広守(実際にはその部下の奥好義)が作曲し、海軍軍学教師フランツ・エッケルトが和声をつけた。
 先にイギリスの国歌が法律によって制定されたものではないという話を書いたが、各国が国歌を法律で定めるようになったのは世界的に最近のことである。オランダ国歌(ヴィレム・ヴァン・ナッソウ)は世界最古の国歌といわれるが、それはあのメロディが古くから知られていたというだけであって、正式に国歌に制定されたのは1932年のことである。
 「君が代」が正式に国歌になったのは、皆さんご存じのように9年前のこと。その年に制定された「国旗及び国歌に関する法律」を調べてみると、「別記」で、日章旗の日の丸の位置とか縦横の割合とか制定されていて、「君が代」に関して定められているのはメロディと歌詞であって、そこに収録されている楽譜にはメロディしか書かれていないから、どんな編曲で歌っても法律違反にはならないわけである。
 今日オリンピックなどで演奏されるのは、たしか近衛秀麿の編曲だと思うが、べつにそれを使わずとも、いろいろ違った編曲で演奏したらいかがなものでしょう。今のはちょっと暗いと思いません? でもメロディがメロディだから、どう編曲しても大して変わりないかも。
 余談ながら、「君が代」の「君」が天皇を指すのではないか、といのがずっと問題になっているわけだが、たしかに明治時代にこの曲を国歌にしたときにはそういう意識があったのだろう。だが平安時代には、そうではなかったようである。(1)恋人説、(2)その家のご主人(ご祝儀歌だから)、(3)天皇、という三つの説があるようだが、正解はたぶん(2)だろう。
 私自身は「君」が天皇であってもかまわないのだが、やはりこの時代、「天皇」ではいやだ、不愉快だという人も多かろう。それは理解できる。だとしたら、やはりこの歌は変だ。国歌というのは自分の国を讃える歌であるが、それが「君」という二人称で始まる、つまり誰かに向かって歌っているというのはおかしい。でも、「我が世」に変えたのでは、ただの自己満足みたいでおかしい(我が世の春)。
 やはり、この際、変えた方がいいのかなあ。
 
 この夏休みは、紀要のために1月にやったシンポジウムの原稿をまとめ、英語の講演をふたつ翻訳した後、1冊本を訳して、終わってしまった。
 2年ほど前に、『どうして年をとるにつれ、時間のすぎるのが早くなるのか』という本を訳しているという話を書いた。覚えておられる読者もいるだろう。それからいろいろあって、この夏にやっと終わったのである(正確に言えば、あと3日分残っているのだが)。
 年をとると時間が速くなるというのは、誰もがかならず実感することだ。若い人にはまだわからないだろう。若いときは一年が長い、つまり時間のたつのが遅い。
 年をとるにつれ、時間が速くなることの、いちばん簡単な説明は、「10歳の子どもにとって一年は一生の10分の1だから長く感じ、60歳の人にとっては60分の1だから短く感じるのだ」という説明である。
 これは今から130年も前に、ピエール・ジャネというフランスの心理学者が立てた説である。
 なるほど、まことしやかな説明である。計算式も簡単だ。でも、これはむろん「擬似説明」である。じつは説明にはなっていない。人間は自分のそれまでの一生の長さとの比較で時間を感じとっているだろうか。それはありそうにないことだ。
 時間が速くなるというのは、もちろん錯覚である。時計の針の速度は万人にとって同じであるから。問題はどうして誰もがこの錯覚を抱くのか、ということであるが、残念ながら、答はまだわかっていない。たぶん、「これだ」という単一の答はないのだろう。
 生体時計(体内時計)が年をとるにつれて遅くなっていくことは実証されている。当然、このことも関係しているだろう。
 また、心理学の世界では広く知られているレミニセンス効果というものがある。老人は、中年以降のことよりも若い頃のことのほうを多く覚えているのである。このことも関係しているであろう。
 原因は何であれ、本当に時間がたつのが早くて困る。もう8月も終わりだ。
8月30日(土)
 
 まったく何という気候だ! 唐突に夏が終わったかと思ったら、いきなり熱帯型の雨期に突入してしまった。まるで梅雨に逆戻りしたみたいだ。勘弁してほしいものである。
 かみさんは、天気が悪くなるごとに、海の家の経営状態を心配するというくせがあり、今年の夏は早く始まったかわりに早く終わってしまったので、海の家の収益も少なかったであろうと、同情している。
 
 いささか古い話題だが、一時、「脳内メーカー」というウェブサイトが人気を博した。自分の名前を入力すると、脳の中に何があるのかが表示される。ミソは、脳内にあるものが漢字で表示されることだ。むろん根拠があるわけではなく、たぶん神社のおみくじと同じで、数種類のパターンがランダムに出てくるのだと思うが、少なくとも一度は楽しめる。
 で、私の名前を入れると・・・私の脳には「食」の字だけが詰まっているのだった。図星なので、大爆笑。作っているほうは、まるででたらめに作っているのだろうが、それでも当たるときは本当に当たるのである。おみくじも同じこと。
 
 で、あいもかわらず食の話題。
 先週は、急にあわびが食べたくなって、いつもの漁港に買いに行ったのだが、その日は残念ながら、あわびがなかった。その代わり、いきのいい伊勢エビがあったので、1尾買ってきて、刺身にし、頭と殻は味噌汁にした。伊勢エビの刺身はさっと冷水にさらすと、ぬめりがとれて、ますます旨くなる。
 話はいきなり20年ほど前にとぶ。家族でニューカレドニアに行った。ツアーだったが、同じツアーにいた人のほとんどが新婚旅行であった。ニューカレドニアには(だけではないが)、五色エビというのがいる。これが伊勢エビそっくり。その名の通り、色は極彩色なのだが、味は伊勢エビそっくり。イル・デ・パン(森村桂『天国にいちばん近い島』といっても、若い人は知らないでしょうね)に行ったとき、ツアーの昼食にこの五色エビが出た。しかも日本人向けに刺身にしてあって、ちゃんとわさびが用意されていた。さすがに大根はとれないので、ツマは青パパイヤの千切りであった。
 話は脱線するが、青パパイヤの千切りの仕方を知ったのは、ベトナムのトラン・アン・ユン監督の『青いパパイヤの香り』であった。大きな青いパパイヤに、鉈(なた)みたいに大きな包丁で切れ目を細かく入れていくのだ。たぶんタイのソムタムもそうやって作るのだろう。
 話をイル・デ・パンに戻すと、若い新婚さんたちは伊勢エビの刺身なんて好きではないらしく、「旨い、旨い」を連発し、歓びの涙を流しながら感動して食べている私を見て、まわりのカップルが「これもどうぞ」と、差し出してくれるではないか。それを見ていた遠くのカップルからも「どうぞ、どうぞ」と、五色エビが手渡しされてくる。おかげで私は、ひとりで10人分くらいたいらげてしまった。ああ、いま思い出してもよだれが出てくる。伊勢エビ食べ放題の、まさしく「天国に一番近い島」であった。
 
 きょうは同じ小坪漁港で、生きているタコを1匹買ってきた。1キロくらいの小さなタコである。日本全国どこでもとれるのだが、よほど好きな人でないと、生きているタコなんて買わないであろう。みんな気持ち悪がるから、めったに売っていない。タコの好きな人でも「ナマはさわれない」という人がほとんどであろう。
 むかし、コンパのときに、ある女子学生が、「タコが海にいて、本当によかった。あれがうちの押し入れにいることを想像しただけで鳥肌がたつ」と言っていたのをきいて、大笑いしたことがある。たしかに、家の中にいたら、ちょっと気持ち悪いかもしれない。
 ロジェ・カイヨワが書いているように、タコは海の中にいるときは、なんとも堂々としていて、壮麗にして勇壮である。ところが陸に上がると、情けないくらいにぐったりしている。
 たしか北斎の浮世絵に、女がタコとセックスしている絵があったが、アンジェイ・ズラウスキ監督の『ポセッション』では、妻(イザベル・アジャーニ)の不倫相手がなんとタコだった。地下道か何かでイザベル・アジャーニがタコと絡み合っているシーンが忘れられない。もう一度観たいものであるが、DVDは出ていないようだ。
 むかし、「タコを食べるのは日本だけだ。西洋では『悪魔の化身』とされている」と教わった。でもヨーロッパに行ってみたら、イタリアでもスペインでも食べる。とくにポルトガルはタコ料理で有名である。リスボンで食べたタコはたしかにおいしかった。
 タコは、タンパク質は少ないそうだが、タウリン(リポビタンD!)、ナイアシン、コラーゲン、ビタミン、鉄分、亜鉛、ビタミンB2、Eなど、栄養の宝庫である。神経を癒す作用があることは周知の通り。タコを食べよう!!
 さて、偉そうに書いている私も、生きているタコを調理するのは20年ぶりだ。前回は、築地の魚市場で買ったのだった。そうそう、その頃私はものの値段をまったく知らなくて、タコはいくらかと聞いたら、魚河岸のおにいさんが片手を広げたので、てっきり5000円だと思ったら、500円だった。
 ちなみに、当時は月島に住んでいたので、築地市場まで歩いて行けた。たまに早朝、長靴をはいて、かごをぶらさげて、魚の買い出しにいった。しろうとは「場外」に行くのだが、プロは場内に行くのである。長靴をはいていないと、びしょびしょになる。
 さて、本日のタコは550円であった。1匹買えば、3回は食べられるのですよ。さて、調理法を忘れてしまったので、丸元先生の本を引っ張り出してくる。『システム料理学』など、丸元淑生の本はわが家のバイブルである。
 まず、生きているタコに塩をかけてよくもむ(これを聞いただけで、ぞっとする人もいるであろう)。ぬめりをとるためである。以前、どこかの板前さんから、「糠(ぬか)のほうがいい」と教わったので、糠をばっとかけ、数分よくもむ。べつにタコは暴れたり噛みついたりしない。
 それを水洗いして、大鍋の熱湯の中に入れる。よく茹でた固いタコ(スーパーで売っているやつ)は嫌いなので、1分でさっと引き上げ、水で冷やす。
 あとは切るだけ。
 丸元先生は、冷凍はいかん、酢で洗って冷蔵しろ、とお書きになっているが、これには逆らって、当日食べる分以外はぶつ切りにして冷凍する。これは後でマリネで食べるのだ。
 
 タコだけではさびしいので、前回と同じく、スズキを買う。いまが旬だ。この魚屋は、大きな魚は半身ずつ売ってくれる。最初の半身のほうが新鮮なわけだが、後の半身はアラというおまけがついてくる。きょうはラッキー、後のほうだった。骨だけでなく、ちゃんと頭もカマもついている。これは冷凍する。娘が家にくると、アラ汁を食べたがるからだ。
 ちゃんと皮も入れてくれたので、これは焼いて、細く切り、きゅうりと混ぜて酢の物にする。これ、絶品。
8月28日(木)
 
 オリンピックをテレビ観戦していて、いちばん不愉快で目障りだったのは、お笑い芸人である。とくに不愉快だったのは浜田某と明石家さんま。テレビ局はいったい何を考えているのだろうかと思ってしまう。ほとんど殺意を覚えた。オリンピックに出場した選手たちは、命がけで闘っているのに、お笑い芸人たちは子どもの運動会に出た酔っぱらいオヤジみたいに、ただ大騒ぎをしているだけ。ろくに観戦もせず、ただ勝った負けたと騒ぐだけで、あげくは「あの子はかわいい」とか「あの子は脚が長い」とか、信じられないコメントを公共の電波を使ってしゃべっていた。しかも、自分たちが有名人なものだから、気安く選手に話しかける。いつから芸人がそんなにえらくなったのか。
 
 いや、オリンピックに限らず、テレビを見ていて、お笑い芸人を観ずに済ますことはむずかしい。テレビはお笑い芸人だらけという現状は、日本人全体がいかにばかになったかを如実に物語っている。
 いやなら観るなと言われることであろう。実際、不愉快だからあまり観ない。でも、もともとテレビっ子で、いまだにテレビ大好きなのである。だから、まじめな知識人みたいに「私はテレビは観ないことにしています」と言い切れない。テレビが大好きだからこそ、そのテレビがつまらなくなると、どうにもやりきれないのである。
 もっとも、テレビがすごく面白かったら、仕事ができなくなって困るのだが。
 テレビに出てくるお笑い芸人のほとんどが吉本の芸人である。全国ネットのテレビ局は吉本の芸人の出演を全面禁止すべきである。大阪弁が聞こえてくるだけで不愉快である。
 大阪の人間が一日じゅうテレビで吉本の芸人を観ていようと、それは大阪人の勝手である。だが東京のテレビ局がどうして吉本の芸人を使うのか、それが理解できない。少なくとも吉本の芸人を東京のテレビに出すときには標準語をしゃべらせてもらいたい。
 
 これは吉本と関係ないが、先日、フジテレビで、自分の局のアナウンサーを集めた番組をやっていた。アナウンサーにクイズをやらせたり、歌を歌わせたりする番組である。いつからアナウンサーは芸能人になったのか。カラオケで歌うなら、自分たちの宴会でやれよ。公共の電波を使ってやることか。くだらん番組をなくすのが、いちばんエコなんじゃなかろうか。
 
 だいたいテレビ局が多すぎるのである。たくさん作ってしまったから、内容のない番組で一日を埋めなくてはならなくなり、くだらない番組ばかりやっているのだ。バラエティ番組なんて全部やめて、いっそ一日中古い映画を放映したらいかがなものであろうか。
 むかし、昼間の民放にニッサン洋画劇場というのがあって(ただし車の日産ではなく、洗剤の会社だった)、まるでミニ・ロードショーのように、一週間同じ映画をやっていた。お笑い芸人をみるよりずっといい。
 
 自宅に軟禁されているアウン・サンスーチー氏には、彼女が書記長をつとめる国民民主連盟の関係者が、毎日食事を届けているそうだが、8月16日以降、彼女は食餌の受け取りを拒否しているという。ハンストということだろうか。命を賭して、最後の訴えをしているのだろうか。彼女にはまだまだ生きていてほしい。
 どうして、マスコミでは報道されないのか。
 
 アフガニスタンで誘拐され、殺害された青年は本当に気の毒だ。冥福を祈る。彼は、「自分探し」と称してのこのこイラクに出かけていって誘拐された、おっちょこちょいの若者たちとはちがって、しっかりとした目的をもち、現地の言葉を習得し、農業の技術伝授に打ち込んでいた、善意の人である。政府は、金は出しているが、アフガニスタン政府にぽんと金を出すだけでは何一つ問題は解決しない。インド洋での給油だけでもはじまらない。
 私は、自衛隊の海外派遣に絶対反対の立場であったが、ここ一年の間に考えが変わった。扮装を解決するのは武力が必要であり、貧困を救済するには人的資源が必要である。
8月27日(水)
 
 先日、夏の終わりがいかに憂鬱かということを書いたばかりだが、夏がこんなに唐突に終わりを告げたのは、生まれて初めての体験のような気がする。一夜明けたら、気温が急激に下がっていて、おまけに毎日雨だ。
 来週あたり暑い日が戻ってくるかもしれないが、それはもはや夏とは呼ばない。夏は突然終わってしまったのである。そのあまりの唐突さに私は唖然としている。
 
 昨日、横浜で、トゥバのホーメイのコンサートがあって、行きたかったのだが、残念ながら仕事があって行けなかった。
 トゥバ共和国がどこにあるか、知っている人はほとんどいないであろう。(トゥバは、発音にできるだけ忠実に表記すれば「トゥイヴァ」)私も正確な位置をうまく説明することはできない。モンゴルの隣りである。もともとモンゴルが支配していた地域で、その後、清の領土になった。中華民国はいまだに領有権を主張しているという。簡単にいえば、もとは中国だといってもよかろう。
 私もこの国を、ホーメイの国としてしか知らない。ホーメイは、モンゴルではホーミーといい、日本ではこちらのほうがポピュラーであろう。「喉歌」と訳される。
 下を上に巻き上げておいて、喉の奥からうなり声を出すと、お経のような、浪花節のような、ぼわ〜んとした声が出る。と同時に、ピッコロの音色ようなピッチのすごく高い音がする。
 簡単にいってしまうと、口笛を吹きながら歌を歌うようなものである。
 この歌唱法はモンゴル周辺地域にしかないようである。
 やってみればわかるが、口笛を吹きながら歌をうたうというのは、ふつうはできない。むかし、テレビでこれができる人を見たような記憶があるが、訓練すれば可能である。
 喉から声がでるときに、口の中をある形にすると、そこを空気が通って、別の高い音がでるわけである。
 ホーミーのできる日本人も、巻上公一をはじめ、何人かいるようだ。私も独学でちょっとやってみた。へんな声がするというので、かみさんがとんできた。何度かやっている内に、風が吹くような音がしてきた。でもそれは自分で聞こえるだけで、そばにいるかみさんには聞こえないという。そう簡単にはマスターできそうにない。
 
 先日触れた義太夫とか、落語のような「語りの芸」では、語り手が登場人物すべてをひとりで演じ、さらにナレーションも語る。まさに「話芸」である。だが、ふたりの声を同時に出すということは絶対にない。
 ホーミーは、聞いていてなんとも不思議な感覚に包まれる。ひとりの人間から二つの歌が聞こえてくる、というのは人間の理解を超えている。いいかえれば、そのような事態を人間の脳は処理できない。だから、唸っている人のほかに、誰か別の人が高音で同時に歌っているとしか考えられないのである。かつてヨーロッパで、賛美歌をうたっているときに聞こえてくる倍音を天使の声と呼んでいたという。ホーミーを初めて聞いたときに、人が衝撃を受ける、というか違和感を覚えるのは、ひとりの人間からは一度にひとつの声しか出ないという、これまで当然視していた前提が崩れ、頭が混乱してしまうからである。
 ちなみに、面倒くさいから「倍音」と書いたが、倍音はひとつではなく、無限級数のようにたくさん出ているものである。
 
 ところで、ホーミーで、喉からでる「だみ声」は、日本の浪曲やお経の発声法とまったく同じである。とくにお経は、できるだけ倍音を出そうとして、ああいう発声法になったと思われる。
8月22日(金)
 
 東京バレエ団の『ドン・キホーテ』を観に行く。ゲスト主役はポリーナ・セミオノワ(セミョーノワ)とアンドレイ・ウヴァーロフ。
 セミオノワはキトリに初挑戦だそうだが、たしかに、これまでと違ってどこか固い。全体的にほぼ完璧だが、まだ自分のキトリにはなっていないと感じた。いずれにせよ、今後15年は世界のバレエ界の頂点に君臨しつづけるであろうバレリーナである。
 ウヴァーロフはボリショイの看板スターで、パートナーとして重宝がられて、あちこちに客演している。美しく端正なダンサーであるが、バジル向きではない。彼のスパルタクスも見たことがあるが、美しくはあったが、スパルタクスのイメージには合わなかった記憶がある。
 東京バレエ団はソリストが弱いということをあらためて痛感した。後藤晴雄は、ソリストというよりプリンシパルであるが、彼のエスパーダはよくなかった。ちゃんと踊っているのだが、動きがすべて空振り。体が硬いせいか。
 奈良春夏のメルセデスも全然「徒な女」になっていない。ひとりだけ発表会的雰囲気を醸し出していた。
 東京バレエ団がレパートリーにしているワシーリエフ版では、幕が開くとバジルがドン・キホーテの髭を剃っていて、そこへキトリも登場する。つまり、ドン・キホーテがバジルたちと同じ町に住んでいるんである。これはどう考えてもおかしい、このおかしな設定のおかげで、暗い序幕から明るい第一幕への転換の効果が半減してしまった。
 
 家に帰って、新体操の団体予選をみる。日本チームは、かつて統一教会に入って話題を集めた(当時、洗脳という言葉が流行した)美少女、山崎浩子が強化本部長だそうだが、残念ながらフープを落としてしまい、予選落ち。
 新体操はバレエとほとんど違わないといってもいいので、見ていて面白い。新体操は道具を使うが、これは人間にとって根源的な営みである。道具を使うことによって人間は人間になったのであり、道具は人間存在の拡張なのだから。それにしても、クラブを4本まとめて蹴り上げ、それが、それぞれ離れている4人の手の中に落ちてくるなんて、どうしてあんなことが可能なのか。背中やお尻でフープを飛ばしたり、クラブをはさんでフープを2つ3つつなげたり、あんなこと、時どき失敗してもまったくおかしくないと思うが、オリンピックという大舞台で、どのチームもまったく失敗しないのだから、驚く。プロの雑技団だって、けっこうミスをするというのに。
 
 『崖の上のポニョ』について補足。
 読者から教わって、ネットの掲示板をみたら、「子どもをつれて観に行ったが、宗介が母親をリサと呼ぶので、子どもは二人の関係がなかなかわからなかったようだ」という書き込みがあった。じつは私もはじめのうち、育ての親ともらいっ子なのかしらと思っていた。
 どうして宮崎駿は宗介に母親をリサを呼ばせたのか。この二人は象徴的な夫婦なのだと考えれば納得がゆく。宗介の父、つまりリサの夫の耕一は、ほとんど家に帰ってこない。モーリス・センダックの絵本『まどのむこうの、そのまたむこう』が典型的に示しているように、父が船に乗っているという設定は、父の不在を示す常套手段である。リサと宗介は双数的関係を築き、ふたりで完結している。これは父の出現以前の母子関係そのものであるが、この母子関係における母と子はふつうの意味での母子ではない。父が出現したときに母は母になるのであって、それ以前の母は父でもあり子でもある。子のほうも、父でもあり夫でもある。
 ちなみに、夏休みなので、最終回に行こうと思っていたのだが、最近はネットで座席が予約できるし、食事の時間との兼ね合いもあって、4時の回にいった。案の定、家族連れが大勢いたが、結果的には、子どものストレートな反応がわかって面白かった。子どもがゲラゲラ笑うと、こちらも幸せになる。ただ、子どもの笑いがあまり聞こえてこなかったのが気になった。
 さて、「愛の試練」は、『魔笛』から引っ張ってきたものだが、これがまったく試練になっていない。そりゃあそうだ、宗介が最初から絶対善として設定されているからだ。宗介を天使のような子どもに設定してしまったところが、ひとつの問題点である。
 グランマンマーレとフジモトの関係も、『魔笛』の夜の女王とザラストロの関係を下敷きにしているが、うまくはまらなかった。
 耕一の船がたどりつく「船の墓場」も、期待だけさせて、ぷつっと切れている。
 説明不足というか、破綻しているのは、「向こう側」の世界。ひまわり園の老婆たちは向こう側にいって足が回復していいるが、ひとりだけシニックな婆さんだけは向こう側に行くことに抵抗し、宗介たちをも引き留めようとする。どうして向こう側に行ってはいけないのか。でも、結局、あっけなくみんな向こう側にいっていまうのはなぜか。
 向こう側の世界で、リサはグランマンマーレと話し込んでいる。いったい何を話しているのか。
 私の考えでは、宗介をポニョに渡すよう、グランマンマーレがリサを説得しているのである。先に触れたように、宗介とリサの関係は完結していたが、そこにポニョが闖入してきたのである。だとすると、これは子離れの物語ということか。うう、それだけではちょっとスケールが小さすぎるのでは?
 鈴木敏夫との対談(これも読者に教えられた)で、押井守が指摘しているように、部分部分は素晴らしいのに、全体の構成は破綻している、というのが正しい見方であろう。
 とはいえ、宮崎駿の次作をはやくも期待しているのは、私だけではなかろう。
 
 
 1年でいちばんいやな季節は梅雨である。暑いのはいくら暑くても平気だが、湿気は耐えられない。だが梅雨は、少し我慢すれば待望の夏がやってくるという慰めがあるから、耐えられる。
 耐えられないのは、秋の気配が感じられ始める今日この頃。もうすぐ夏が終わると思うと、なんともいえない憂鬱な気分になる。人生が終わるときの気分を先取りしているからかもしれない。関係ないけど、「夏の終わりのハーモニー」は井上陽水だったっけ。
 朝晩がぐっと涼しくなった。寝るのは楽になったが、やはりさびしい。
 それでも昨日は朝からピーカン晴れ。早朝、ネットでみると由比ヶ浜の波が「2強」だという。かみさんは前日、日帰りで八ヶ岳まで行っていたので、爆睡していたが、耳元で「波、あるよ」とささやくと、「行く!」と叫んで、がばっと起きて、さっさと支度を始める。ちょうど前夜から娘が泊まりがけで来ていたので、これも叩き起こし、マックで朝食を買って、浜へ。この夏二番目の波乗り日和。娘は子どもの頃スイミング・スクールに通っていて、高校時代も水泳部だったから、親よりもはるかに泳ぎがうまいが、全然泳ぐ頃には興味がないらしく、波乗りにもいっさい興味を示さず、浮き輪にのってぷかぷか、まったり。
 
 私は、何かを極めるということにまったく関心がないので、すべてに中途半端である。ボディボードはやるけど、ロングボードは怖くてやる気が起きない。スノーケルはやるけど、スキューバはやらない。ウツボに遭遇するのが怖い。
 だからサーファーのことはよく知らないが、彼らは一年中ひたすら伝説的な大波を待っているらしい。最近聞いた話だが、阪神大地震のとき、カリフォルニアではサーファーたちが大波を期待して、ひたすら海上で待っていたそうだ。結局、波は来ることは来たそうだが、数センチの波だったとか。被災者にしてみれば、ふざけた話だが、サーファーというのはそういうものである。先日も書いたが、台風が近づくと、サーファーが湘南に集まってくる。
 
 朝は海、夜はオリンピック、では仕事が進むはずもないので、とりあえず「オリンピック断ち」を誓ったが、誓いが守られたのは一日だけ。だって、女子サッカーの3位決定戦や、ソフトボールの決勝を見ないわけにはいかないではないか。毎分チャンネルを切り替えながら、両方見た。ソフトボールは最後までひやひやどきどき。上野由岐子には国民栄誉賞をおくるべきであろう。えらすぎる。
 それにしても、女子はよく頑張った。それに対して、男子は情けない。サッカーもバレーも柔道も。朝日新聞に山下が「われわれはあの二人の能力を見誤っていたのかもしれない」と書いていたが、鈴木と泉は4年間国外追放。外国で武者修行すべし。
 女性の方が頑張る、というのは現在の日本の縮図であろう。男子で頑張ったのは、体操の内村とか、フェンシングの太田とか、柔道の石井とか、新日本人である。これまた今の日本をよくあらわしている。
 野球もソフトボールも今回が最後だ。まあ当然だろう。やっている国が少ないのだから。テコンドーなんていうのも、やめたらどうか。新体操は残して欲しい。カバエワみたいな天才少女がまた出現するかもしれないから。
 1900年から1920年まで正式種目だった綱引きが復活するという話が数年前からささやかれているが、いつ復活するのだろう。2002年に国際綱引き連盟がIOCに加盟したそうだ。昔の映像が残っているが、なかなか面白いものである。これは暑い国も寒い国も、貧しい国だってできるスポーツだから、ぜひ復活してもらいたいものである。
8月21日(木)
 
 朝おきたら、おかあさんがパソコンの前にすわって、波じょうほうをみていました。
 おかあさんが「きょうは、かまくらは波がぜんぜんないから、みうらへスノーケルに行きますよ」というので、あわててしたくをして、ゆでたまごをもって、とちゅうのコンビニでおにぎりをかって、なはま海岸に行きました。
 きれいなさかながたくさんいたけど、まわりをみると、くらげがいっぱいいたので、あわてて海から出ました。
 またくらげにさされました。いたかったです。
 かえるとちゅうに、すいか畑があったので、大きなすいかを買ってかえり、いえで食べました。おいしかったです。
 それから、そうめんをたべて、ひるねをしました。
 よるは、オリンピックをみました。
 きょうも、夏やすみのしゅくだいをやりませんでした。かみさま、ごめんなさい。
 (老年負け組 すずき・しょう)
8月18日(月)
 
 かみさん、娘と3人で、横浜の109シネマまで『崖の上のポニョ』を観に行く。娘は学割、親の方はシニア夫婦ということで、二人でなんと2000円である。安い。
 私はほとんど映画館に行かない。2,3年遅れでレンタルDVDで見るのが習慣になっている。だが、宮崎駿作品だけは例外で、とても待ちきれず、いつもロードショーで観る。
 それにしても、最近の映画館のきれいなこと。昔は、映画館といえば、汲み取り式便所の臭いが充満し、ロビーはタバコの煙が充満していたものである。
 さて、今作は『もののけ姫』や『千と千尋の神隠し』のような「大きな物語」ではない。大作と大作の間の小品という感じ。だからファンタジーであるとはいえ、神話的レベルには達していない。
 「ニーベルンクの指輪」(ポニョの本名はブルンヒルデで、途中、「ワルキューレの奇行」のパロディみたいな音楽が鳴る。ポニョの妹たちはワルキューレなのだ)と、「魔笛」(愛の試練)と、「人魚姫」が「ネタ」になっている。
 天才というのは同じものを作り続けるものである。宮崎駿は、「トトロ」のメイちゃんみたいな、ポニョポニョした女の子が大好きなのだろう。女の子の親なら誰でも知っているように、小さな女の子はポニョポニョしている。(うちではよく娘のことを、「プニュプニュしている」と言っていた)。
 でも考えてみれば、男の子だってポニョポニョしているはずだから(知らないけど)、やはり宮崎駿が女の子にこだわることには、彼の嗜好があらわれている。私自身、小さな女の子は好きだが、男の子にはなんの興味もないという人間なので、よくわかる。
 ルイス・キャロルは、「男の子というのは何かの間違いだ」という意味のことをいっている。これもよくわかる。
 宮崎ワールドでは、このポニョポニョした女の子が、「トトロ」のさつきや今作のリサみたいな、スリムで、すらりと脚が長い、ショートカットの、いささかボーイッシュな女性へと成長する。そしてやがては、ぶよぶよのおばあさんになるのである。
 洪水の後、愛の試練があって、ポニョが人間になる儀式がおこなわれるあたりは、ちょっと説明不足で、どうしてシニックなおばあさんだけが抵抗するのか、よくわからない。
 それでも、宮崎駿の新作が観られたというだけで、大きな幸福感に包まれる。
 宮崎駿さま、死ぬまでひとつでも多くの作品をつくって、私たちに元気をください。
8月17日(日)
 
 昨日は、ご近所に住む、かみさんの高校時代の先輩のお宅で、「女流義太夫を聴く会」。
 演し物は「三十三間堂棟由来」。ヤナギの木の精が人間の男と結婚し、子どもをもうけるが、切り倒され、三十三間堂の棟木になるというお話。人間が植物と結婚するという話はたいへん珍しい。ダフネが木になってしまう、という話はあるが。
 義太夫は竹本駒之助師匠。さすが人間国宝、すばらしい語りであった。
 三味線は神出鬼没の謎の美女、鶴沢寛也。寛也さんはおそろしく顔の広い人で、私ともいくつもの接点がある。女流義太夫の普及にも熱心で、女流義太夫界の広報部長という感じ。たぶん、いまや女流義太夫界にとって欠かせない人物だ。
 女流という言葉はいまやポリティカリー・インコレクトな言葉とされているから、そのうち女性義太夫と呼ぶようになるかもしれない。昔は娘義太夫といった。明治の学生たちの「どうする連」は、みなさんご存じだろう。世が世ならば、浜崎あゆみも娘義太夫だったわけである。
 前にも書いたが、私の(父方の)祖父は小土佐という娘義太夫の師匠について義太夫を習っていた。私の家族は母方の祖母の家に住んでいたのだが、父と母は小学校の同窓生(しかも同じ学年)だったので、父方の家と母方の家は歩いて数分の距離だった。だから子どもの頃、よく祖父の家にも遊びに行ったのだが、その家には、義太夫の師匠からきた手紙が額入りで飾られていた。最後に「ことさ」という署名があったのを、いまでも覚えている。「ことさ」が小土佐という字を書くのだと知ったのは最近のことで、子どもの頃はそれが義太夫の師匠の名前だと言うこともわからず、暗号のようなものだと思っていた。
 大学の同僚である渡辺喜之先生は、子どもの頃に荏原中延に住んでおられた。荏原中延といえば、私にとってはオデヲン座という洋画の映画館のある町で、洋画はいつでもそこに見に行った。昭和30年代の話である。で、渡辺先生のお父上はやはり小土佐師匠について義太夫を習っておられたのである。渡辺先生のお宅には、なんと文楽の舞台があるのだ。渡辺先生は子どもの頃から歌舞伎を見ておられ、六代目をよく覚えているというすごい人である。渡辺保氏ですら、渡辺先生には一目置いているという。
 さて、義太夫はいうまでもなく「声の芸」である。私は最近、人間の声というものにますます興味を寄せており、前にも書いたとおり、学部のオムニバス授業の今年度のテーマは「声」にした。この授業に、オペラ歌手とか義太夫の師匠をお呼びしたかったのであるが、ほんのわずかな謝礼しか出せないので、気楽に「お願い!」といえる知人にしか頼めなかったのである。
 ご存じのように謡は低音の魅力である。けっしてピッチの高い声は出さない。江戸時代、謡は武士のたしなみであったが、そのピッチの低さはこのことと関係がある。それに対して庶民の好んだ長唄や清元はやたらにピッチが高い。その点、浄瑠璃はどちらかといえば低音の声芸である。ただし、かなり高い声も出すので、その音域は長唄や清元よりもずっと幅広い。
 
 「暑いときには熱いもの」という。冷房がぎんぎんに効いた部屋で、熱いものを食べるのもいいが、私は冷房が嫌いだから、むしろ暑い部屋で冷たいものを食べるほうがいい。
 暑い部屋で食事をするときの問題点は、きんきんに冷やしたワインも一瞬にして生ぬるくなってしまうことだ。食事のたびにワインクーラーを出すのも面倒なので、冷蔵庫に入れたままにし、おかわりするたびに冷蔵庫までいって注ぐのだが、すぐにあったまってしまう。氷を入れると薄まってしまうし・・・
 じつは、うちではビールにも氷を入れて飲む。むかし、ゼミ生たちとベトナムにいったとき、レストランでビールのジョッキに巨大な氷が入っていたのを思い出す。私たちの後ろに女の子が立っていて、氷が溶けるとまた大きな塊を入れてくれるのだった。東南アジアにいったら水と氷に気をつけろといわれるが、ビールを飲み始めたら、そんなことは構っていられない。
 さて、夏のスープの定番は、なんといってもビシソワーズとガスパチョ。どちらもわれら老夫婦の好物である。どちらもいたって簡単。すぐにできる。
 ロシアにはアクロシュカという冷たいスープがある。いわばロシア版ガスパチョだが、クワスというロシアの国民的炭酸飲料が入っているところが、他国の冷製スープと違う点だ(クワスって、日本では売っていないのかしら。誰か教えて!)。炭酸入りスープなんて、アクロシュカくらいのものであろう。
 ハンガリーで飲んださくらんぼのスープはうまかったなあ。
 さてさて、ビシソワーズはジャガイモとタマネギをバターで炒めて、すこにブイヨンと水を入れて煮込み、ミキサーにかけて牛乳を混ぜる。これでできあがり。
 ガスパチョはもっと簡単で、トマトやパプリカやキュウリをざく切りにしてミキサーにかけ、濾すだけ。
 この夏、私が凝っているのは煮物の冷製。トマト、ナス、オクラ、ズッキーニ(クルジェット)などを出汁で煮て、冷やすだけ。前にも書いたが、トマトは旨み成分が豊富で、本当に偉い野菜である。最近、トマトのおでんは流行しているが、さもありなんと思う。
 うちはパスタ・ソースも生のトマトでつくる。ミキサーにかけて煮詰めるだけだが、缶詰やレトルトとは比べものにならないくらい旨い。
 ところで、わが家の悩みは、オリーヴ・オイルが高価なことである。とくに小豆島のオリーヴ・オイルは信じられないくらい美味だが、高くてとても手が出ない。
8月13日(水)
 
 夏休みに入って10日ほど経つ。学期中は、「夏休みになれば自分の仕事ができる」というそれだけを楽しみに、毎朝早起きして、週9コマという過重勤務に耐えていたのであるが、休みになればなったで、海に行かなくてはならないし、北京オリンピックも見なければならないしで、なかなか時間ができない。
 私は絵に描いたような「ふつうのおじさん」なので、北島康介が金メダルをとれば万歳三唱するし、あの可愛らしいオグシオが苦戦しているのを、テレビの画面にかじりついて、胸を痛めながら最後まで見てしまい、その敗北には涙を流すのである。
 最近はあまりテレビを見ないが、本来がテレビっ子なので、一度テレビをつけたら、消すのは大変に難しく、いつまでも前に座っているのである。
 
 一昨日は、恒例の鎌倉花火大会
 鎌倉には、流鏑馬など、年にいくつかのイベントがあるが、いちばん大勢の人が押し寄せるのはこの花火大会である。毎年、30万人近くの人がやってくる。むろん鎌倉市民も大勢浜辺に向かう。夕方になると、近所の家々から三々五々、うちわとござをもって、人が出てきて、ぞろぞろと海へ向かう。
 材木座から由比ヶ浜までの長い浜辺が、びっしり人で埋め尽くされる。これ以上観客が増えるのは無理である。今ですら砂浜は立錐の余地もない。それでも、年々、観客が増え続けているような気がする。
 今年は60回記念大会ということで、いつもより花火が1000発多いそうだ。それでも3000発だから、東京湾大華火の一万発に比べたら、規模ははるかに小さいが、鎌倉には「水中花火」という、よそでは見られない強力アイテムがある。これがあるかぎり、鎌倉の花火は不滅である。
 
 今年は女の子だけでなく、男の子の浴衣姿が目に付く。
 それと、若者たちのマナーがとてもいい。場所の取り合いなどは起きず、むしろ譲り合っている。(だいたい最近の世の中でいちばんマナーのわるいのは「おばさん」たちである。あの人たちはまったく傍若無人だ)
 花火があがるたびに、30万(その多くは若者である)の観客が歓声を上げ、拍手をしている姿は、なんとも平和でよい。
 
 子どもの頃、花火といえば、両国ではなく多摩川であった。よく母が私と妹の手を引いて、お弁当をもって、多摩川の花火大会に連れて行ってくれた。私の花火好きは、おそらくその体験に起因するのだと思われる。
 
 月島に住んでいるときは、東京湾大華火を観に行った。その頃はかみさんも娘も関心を示さなかったので、ひとりで行った。缶ビールをぶらさげ、行きつけの鮨屋で一人前の折り詰めを握ってもらい、晴海埠頭までぶらぶら歩いて行った。
 
 花火なんて、ただぶらっと行けばいいものを、なぜか酒とつまみを用意しないと気が済まない。「花より団子」とは言わないが、「花も団子も」である。 
8月10日(日)
 
 最近の電車は冷房がきつすぎる。寒くて困る。昔はこんなに寒くなかったと思う。きっと、冷房が不十分だと、文句をいう乗客がいるのだろう。また、通勤ラッシュの時はたしかに冷房をきかさないと灼熱地獄になるのかもしれない。だが、すいているときにはもっと温度をあげてもらいたいものだ。東京まで1時間近く乗っているので、その間に凍えてしまう。
 たいてい電車には一両だけ「弱冷房車」がついている。だが、頭にくるのは、弱冷房車の室温が低すぎることだ。他の車両よりもわずかに高い程度だ。どうせ一両だけなんだから、いっそ無冷房車にしたらどうだろう。窓を開け放てばいいのだ、そのほうがずっと気持ちがいい。昔は車掌が「暑くなりましたので、みなさま、窓を開けて下さい」とアナウンスしていたものである。(って、いつの話だ?)
 
 選手の入場行進が好きなので、ついオリンピック開会式を最後まで見てしまう。入場行進を見ていると、自分の知らなかった国がいくつもあることを思い知らされるし、種々の民族衣装を見るのは楽しみである。選手が一人とか二人の国はとくに印象深い。
 その前の歴史スペクタクルは、チャン・イーモウの演出だそうだが、なるほど『HERO』のノリだ。「人海戦術」という言葉がすぐに連想される。
 しかし、見ていて、複雑な思いを抱かされる。
 世界中から後進国扱いされてきた中国が、まさしく国を挙げて、世界に向かって「一流国として見てくれ」と声を張り上げて叫んでいる(とくに政府が)。でも、どれだけ大勢の人間を動員できるかが国の力を示すことだと思い込んでいるらしい。大勢の人間が出てくるのはいい。だって本当に大勢いるんだから、中国には。でも、その人間の扱い方をみていると、どうみても人間を人間とは見ていない。
 いつだったか、中国の繁栄をめぐるテレビのドキュメンタリー番組で、上海のある実業家が、「労働者の賃金が安すぎるのではないか」という質問に対して、真っ赤な顔をして怒り、「安い賃金のおかげで、この繁栄が得られたのだ。この安い賃金を維持しなければ、さらなる繁栄は得られない。最低賃金を上げるなんて、とんでもないことだ」とぶちまけていた。「鳥の巣」の建設にたずさわった、地方出身の労働者たちはオリンピック開幕と同時に北京から追い出されたそうな。中国には「同胞」という言葉はもう存在しないのかもしれない。
 東京オリンピックは、ずいぶん雰囲気がちがっていた。中国ほど豪快絢爛な大会にする経済的余裕が、当時の日本にはなかったということもあるだろうが、全体にもっとずっと質素だった。当時の日本にはそれが精一杯だったのだろう。
 
 オリンピックよりも、ロシアとグルジアが戦争を始めたことのほうが気になる。しばらく前から、両国が国交を断絶し、モスクワ・トビリシ間の空の便がなくなって、グルジアにいく場合は、(以前はモスクワ経由だったが)トルコ経由で行かねばならない、ということは知っていたが、それにしても戦争とは。
8月7日(木)
 
 研究室で使っているマックには240Gのハードディスクが2枚入っているのだが、とうていそれだけでは足りず、最初からパソコンの横には400Gの外付HDDが3つ積まれていたのだが、ついに満杯になってしまったので、昨年、1TB(テラバイト)のHDDを買った。いや大学に買ってもらった。1TBということは1000Gということである。これで当分は大丈夫だろうと思っていたら、1年も経たずしてはやくも一杯になってしまったので、先日、1TBのHDDをもうひとつ買った。じゃなかった、大学に買ってもらった。
 動画を取り込むせいである。私の授業は、語学1コマを除いて、ほとんど映像鑑賞会である。映像を見せるというか、学生に見てもらうことが主眼であって、私の講義はその映像の解説にすぎない。要するに私の授業は、解説付きで映像を見るということなのである。私は映像版DJをやっているわけである。
 そのため、教材、つまりビデオの準備に膨大な時間がかかる。映画を1本そのまま見せるというなら楽だけど、授業は90分だから、ほとんどの映画は時間内では見られないし、まさか映画を見せるだけで給料を頂くわけにはいかない。
 というわけで、ビデオを編集する仕事が必要になる。ビデオクリップを大量に作るのである。
 しゃべるだけの授業ならよほど楽であるが、映像無しでダンスの授業をするのは至難の業である。たぶん名人ならできるんだろうと思う。むかし、淀川長治のラジオ番組があった。ラジオだから映画は見えないのだが、さすが淀川さん、話を聞いているだけで、映画を観ているような気分になった。
 で、これまた昔の話になるが、NHKラジオから、バレエの講座をやりませんかと頼まれたことがある。魅力的な話ではあったが、私は淀川さんではないので、お断りした。
 ハードディスクがたくさん必要なのにはもうひとつ理由がある。ほんの3年くらい前まで、資料のほとんどはVHSだった。いまやVHSは消えつつある。ヨドバシカメラにいっても、単体のビデオデッキは一種類しか売っていない。ビデオとDVDが両方見られるというマシンなら数種類あるが。
 VHSはすでにLPレコードと同じ状態になりつつあるのだ。映画やダンス映像のなかには、DVDで再発売されたものもあるが、されていないものも数多くある。昔テレビで録画したものは、DVDが出るはずもない。
 というわけで、はやくDVDに変換しておかないと、LPレコード同様、見るのが難しくなる。それで、せっせとビデオをパソコンに取り込んでいるのだ。DVDに変換して、ビデオを処分すると、かなり収納スペースの節約になるし。
 これがけっこう時間がかかる。2時間のビデオを取り込むのに2時間、DVDに焼くのに2時間かかる。そばについている必要はないのだが、2時間ごとにはチェックする必要がある。
 さらに、最近ひとつ問題が生じた。すでに世の中はふつうのDVDからブルーレイに移行しつつある。2,3年後にはほとんどの映像がブルーレイになっていることだろう。いま、せっせとDVDに変換しておいても、またそれをブルーレイに変換しなければならなくなる時がくる。いやその頃にはブルーレイの次のメディアが主流になっているかもしれない。どうしようかと頭を悩ましている今日この頃である。
 
 一昨日は「コンパの梯子」だった。まずゼミのコンパ。学生は「前期納会」と呼んでいた。昔に比べるとコンパの回数が減ったが(昔は毎月やっていた)、それでも前期後期の終わりにはかならず打ち上げがある。前期の打ち上げは、私の誕生日の前後になるので、毎年、学生たちからプレゼントを頂く。今年は家庭用プラネタリウムであった。みなさん、ありがとう。
 
 
 
 つづいて、卒業生のミニOBOG会。一期生(カオリ、アヤコ、コータロー)と二期生(モリ、ヨシハル、クマ)が3人ずつ集まっていた。そこへ現役生が3人(ヒロ、マコト、チヨン)参加する。
 はっと気がついたら11時半。大急ぎで渋谷から品川に向かうが、横須賀線はもうない。東海道線に飛び乗って、戸塚で横須賀線に追いつき、かろうじて帰宅できた。田舎者はちゃんと時間を機にしながら飲まなくてはいけないのである。
 
 われら「鎌倉のバカ夫婦」は、朝起きるとまずインターネットで波情報を調べ、その日に行く海を決める、という生活をしているが、きょうはどこも穏やかなので、葉山の一色海岸までスノーケリングにいく。1日1500円の駐車場はすでに満車。シャワー付きで1日2500円の駐車場は1台分だけあいていたが、うちは2時間くらいしかいないので、近代美術館の駐車場に入れる。シャワーはないから、塩と砂にまみれたまま帰宅することになる。葉山の海にも、熱帯魚のような色とりどりの魚がけっこういるものである。
 そして二人ともクラゲに刺されて帰ってきた。いてて。
8月3日(日)
 
 ここ3日間、ものすごいスピードで翻訳をやっているのだが、私の脳が翻訳するスピードに、キーボードを打つ指のスピードがついていかないので、しばらくすると指がひきつってくる。脳がいらいらして、指に向かって「速くしろよ」と文句をいっている。
 キーボードは、昔ふうの深いキーボードより、浅いほうがずっと速く打てる(最近のマックはすべて、ほとんど平面のような浅いキーボードを装備している)のだが、それでもまだ脳に追いつかない。
 私は、昔でいえばプロのタイピストのように、相当早くキーボードを打てるのだが、もっと指を鍛えないと、脳のスピードに追いつけないようである。脳を鍛えるより指を鍛えるほうが肝腎なのだ。指がもっと速くなれば、脳はそれに追いつこうとして、もっと速く働くであろう。
 
 先日、元IBM研究所員である同僚の甲先生の講義を聴講していたとき、まさに「目から鱗」の体験をした。視覚障害者がどれくらいのスピードで音声を聞き取っているのかという話だったのであるが、いわゆる正常者の想像を遙かに超える、ものすごいスピードで聞き取っているのだそうである。正常者が「斜め読み」をするように、視覚障害者は「斜め聞き」ができるそうで、ふつうに朗読するスピードの3倍から4倍くらいの速さがちょうどいいのだそうだ。知らなかった。いわゆる健常者は、つとめて理解に勤めないと、やはり障害者のことはよく知らないものである。
 駅のプラットフォームなどで視覚障害者に手を貸すときは、相手の腕をとって導くのではなく、こちらの腕をとってもらう、というのは常識だが、私がこのことを知ったのは大人になってからである。学校では習わなかった。いまどきの学校では教えているのだろうか。
 
 新聞に「トマトそうめん」のレシピがでていたので、さっそく作ってみる。おお、これは美味。作り方はいたって簡単で、トマトをミキサーにかけ、だし汁とまぜて、薬味(ミョウガ、オクラ、キュウリなど)をのせたそうめんにぶっかければいいのである。そうめんの代わりにカッペリーニを使って、出汁の代わりにスープにすれば、イタリア風冷製パスタとなる。じつにきれいなピンク色の食べ物だ。お試しあれ。
 パスタを食べるときも、トマトをミキサーにかけ、フライパンで強火で炒めて水分をとばすだけで、市販のパスタソースよりもずっとおいしいソースができますよ。
 ユング心理学者の故秋山さと子先生は、ほとんど好き嫌いのないお方であったが、唯一、トマトが苦手だった。いっしょに食事をすると、「これ食べて」と、いつも私にくれるのだった。トマト大好きの私には、「トマト嫌い」というのがどうしても理解できなかった。
 トマトは北米原産だが、長いこと、毒があるといわれ、誰も食べなかったという。偏見というのは恐ろしいものである。
 日本のトマトとイタリアのトマトは全然ちがうので、イタリアのレシピを信じてはいけない。日本のトマトは皮をむいてはいけないし、タネとその周りのとろとろを捨ててはならない。トマトは出汁がとれるくらい、旨み成分をたくさん含んでいるのだ。
 スペインを旅行したとき、バルセロナで、生まれて初めてトマトパンというものを食べた(正式な名前は知らない)。パンの上に、バターの代わりに、生のトマトを塗りつけてあるのだ。それ以来、いまにいたるまで、かみさんはよくそうやってパンを食べている。
 書いているうちに、モツァレラとトマトのカプレーゼが食べたくなった。ダイオキシン問題でイタリアのモツァレラは輸入禁止になったようだが、その後どうなったのかしら。スーパーには北海道産のモツァレラばかり並んでいる。あれは水牛ではなく牛乳から作っているのであろう、モツァレラの匂いがしない。
 
 昨日から泊まっていた娘を連れて、由比ヶ浜にいく。平日なのに、ずいぶん人が出ている。きょうは波が全然なくて、波乗りができない。おまけに潮の流れのせいで、水が汚い。
 昔は、お盆を過ぎるとクラゲが出るといわれたが、最近は地球温暖化のせいか、7月から大量発生していて、江ノ島では毎日100人以上が刺されているらしい。当然、由比ヶ浜や材木座の海岸にもたくさんいるのだろうが、運良く今のところ、刺されていない。幼児は刺されると生命の危険もあるそうな。
 
 
8月3日(日)
 
 金曜日は後楽園の近くまで、Kバレエの『海賊』を観に行く。熊川哲也が出演する日ではない(熊川が出る日は絶対に招待してくれない)が、吉田都が出ている。彼女はますます貫禄を増した。
 ちなみに残念なことに、熊川はまた怪我をしたそうだ。はやく回復して欲しいものである。
 今回は福田一雄先生がずいぶん頑張ったらしく、聞いたことのない曲がいくつも使われている。長いこと使われなかった曲をいくつも復活させたのだ。いっぽう、エスメラルダの有名なタンバリンの曲が使われていたりもする。
 本来は海賊の首領コンラッドが主役なのだが、熊川版『海賊』では彼の奴隷アリが主人公になっていることだ。これはなかなかいいアイデアである。
 
 土曜日は名古屋まで、大島早紀子の『神曲』を観に行く。愛知県芸術文化センターには、唐津さんという、全国でいちばん頑張っている学芸員(というのだろうか)がいて、ほとんど毎年のようにすばらしい企画をたてる。唐津さんはお茶大の卒業生だが、今回も彼女の企画だ。
 『神曲』はリストの交響曲『神曲』を使っている(こんな曲があるとは全然知らなかった)。大島早紀子の作品の中でも名作のうちに入るのではなかろうか。いい作品だ。宙吊り満載。白河直子も例によって驚異的な踊りを見せた。笠松さんの音楽もじつによかった。
 
 私は年に数回しか新幹線に乗らないので、乗るたびに、遠足に行く子どもみたいにわくわくする。車内販売の女の子が可愛かったりすると、つい「安い給料で働いているんだろうな。売り上げが少ないと叱られたりするんだろうな」と思い、弁当、つまみ、ビール、コーヒー、お茶、ワイン、アイスクリームなど、余計なものまでいろいろ買い込んでしまう。新幹線グッズを買ったこともある。近くにいた子どもにあげてしまったけど。
 窓側の座席には電源コンセントがあるので驚いた。おかげで、品川から名古屋までずっとパソコンで仕事ができた。これなら、ゆっくりDVDを見ることもできる。ありがたい。
 内田先生も MacBookAir をお買いになったそうだが(これでまたお仲間が増えた)、このノートパソコンは本当に美しい。軽いし、キーボードとトラックパッドがひじょうに使いやすい。パソコンが重くて肩と腰を痛めた身にとっては、この軽さがなんともありがたい。
 横須賀線にもグリーン車に数カ所、電源があるのだが、これを使うと、「これは業務用です」とアテンダントに叱られる。
 
 昨日が私の誕生日だったので、きょう、かみさんと娘と、精進料理の店「鉢木」にいく。鎌倉でいちばん有名な老舗だが、どういうわけか、私はこれまで一度も行ったことがなかった。出てくる料理がどれもひじょうにおいしかった。120%満足。たまにはプロの技を味わうのもいい。
 
 
 
 猿も木から落ちるとはよく言ったもので、ネギを刻んでいるときに左の親指を切ってしまい、バンドエイドを貼っているので、不便で仕方がない。うちの菜切り包丁はよく切れる。爪に食い込んだからよかったものの、そうでなかったら、親指の先が落ちていたかもしれない。
 ご存じだと思うが、ふつうのネギは冷凍ができないが、細ネギ(万能ネギ)はできるので、これを一束刻んで冷凍しておくと、なにかと便利である。タッパーに入れておいて、スプーンか何かで刮げとればいいのである。これはもう20年以上実践している。
 パセリの場合はもっと簡単で、そのまま冷凍しておいて、使うときにはただもめば、細かくなる。

 →最新の日記に戻る。