| 2008年5月の日記(↑時間軸) |
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5月31日(土)
昨日は、雑誌「いきいき」主催のバレエ講演会。ご存じのように、講演会の依頼も、テレビの依頼も、ことバレエに関係したことならば、できるだけお引き受けすることにしている。 「いきいき」というのは「50代からの生き方」雑誌だそうである。当然、私も読者ターゲットにじゅうぶん含まれているわけである。 日本語が世界でいちばん難しい、と考えている人が意外に多いようであるが、外国人のいう日本語の難しさはほとんど漢字のことであって、会話だけならば、かなり易しい言語といっても過言ではない。それが証拠に、外国からの留学生の多くは驚くべき早さで日本語の会話を習得する。 だが、アルファベットを用いる言語と違って、漢字を知らないと、日本で暮らすのはかなり難しいだろう。いやあ、漢字というのはすばらしいものである。というより、漢字とひらがなとカタカナがあるというのは、すばらしい。 どうしてこんなことを言い出したかというと、いま、必要があって、英語文献を用いて、中国の芸術について勉強しているのだが、当然ながら中国語の固有名詞や用語はすべてアルファベットで表記されているので、わかりにくいったら、ありゃしない。周は Zhou、秦は Qin、晋はJin、宋は Song、清は Qing である。英語圏の人は中国の固有名詞をよく覚えられるものだ。日本人よりもずっと時間がかかるにちがいない。こちらがアルファベットに慣れていないからだろうか。いや、上の王朝名をカタカナ表記したって、とても覚えられない。いうまでもないが、表音文字だと意味の手がかりがまったく与えられない。唱なら、「ああ、歌だな」とわかるが、chan(chang ?)ではわからん。 学生のころ、ジョゼフ・ニーダムの『中国の科学と文明』を買おうと考えたことがあった。でも、何巻もあるし、値段がとてつもなく高い。それで英語の原書を買おうと思ったのだが(邦訳よりもずっと安かった)、友人にやめろとアドバイスされて、買うのをやめた覚えがある。その友人いわく、日本語のほうがはるかにわかりやすい。固有名詞がすべて漢字で書かれているからだ。 いまふと思い出した。むかし、秋山さと子先生がお友達のカーメン・ブラッカー(ケンブリッジの先生)の『梓弓』を訳されたとき、参考文献を訳すお手伝いをした。これは日本の修験道に関する研究書であるが、参考文献のほとんどは日本の学者が日本語で日本の雑誌に発表したものである。原書ではそれがすべてローマ字で表記されているのだ。数日間、国会図書館に通った。そもそも原書のタイトルは Catalpa Bow である。これをみて「梓弓」だとわかる人はまずいないだろう。 さて、むかし、日本語をすべてローマ字表記にしてしまえと言った馬鹿な学者だか作家だかがいたそうである。(もっとひどいのは、いっそ国語をフランス語にしてしまえと言った志賀直哉である。理由がすごい。彼はフランス語はまるでできなかったのであるが、「フランス語が世界一美しい言葉らしいから」というのがその理由だったのである)。 漢字・ひらがな・カタカナをすべて廃止してローマ字になってしまったとしたら、と想像するだけでぞっとする。そんなことをしたら、もう日本の文化は終わりである。 でも、朝鮮半島ではそれと似たようなことが実際に起きた。朝鮮人に言わせると、ハングルは世界で最も合理的な文字なのだそうだが、表音文字であることはアルファベットとなんら変わらない。 第二次大戦後、ベトナムでも同じような「悲劇」が起きた(正式には1954年)。漢字が廃止され、すべてがクォックグーという特殊なアルファベットで表記されることになった(アルファベットにいろいろな記号が加わっている)。クォックグーは「フランスからの贈り物」と言われたそうであるが、そんなことを言ったのはフランス人と、フランス風教育を受けたエリートたちだけだったろう。発音してみればすぐにわかるように、クォックグーとは「国語」である。 いまでもベトナム語の語彙の70パーセント以上が漢語であるが、見ただけではまったくわからない。発音を聞けば、(そうといわれれば)少しはわかる。 ベトナム人からは、余計なことだと言われるかもしれないが、私には、この漢字廃止がベトナムの歴史上、ベトナム戦争以上の、最大の悲劇だったように思われる。韓国にしても、漢字教育をほとんどやめてしまったために、「発展」が数十年遅れていると推論しても間違いなかろう。漢字とハングルを併用していれば、もっと発展していたのではないか、というのは私の妄想だろうか。 前にも書いたが、日本人とユダヤ人は優れている、と言うのは日本人だけであるが、ユダヤ人は優れている、というのはいわば世界の共通認識である。日本人の場合、頭がいいかどうかは別として、短期間に驚異的な発展・近代化を遂げたことは確かである。ユダヤ人や日本人の脳が生理学的に優れているはずがない。仮にユダヤ人と日本人が優れているとしたら(あくまで「仮に」であるが)、それは日本人とユダヤ人だけがもっているシステムによるはずだ。ユダヤ人のことはよく知らないが、日本の場合、漢字とひらがなとカタカナの併用にその秘密があると思われる。これは端的にいえば、情報処理が速いということだ。ご先祖様に感謝。 |
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5月28日(水)
毎週月曜日の朝、「国際文化情報学の展開」というオムニバス講義がある。仰々しいタイトルだが、じつは私が所属している国際文化学部がやっている学問を国際文化情報学というのである。一体何をやる学問なのかという話になると、ちょっと面倒なので、それはまたいずれあらためて。 さて、このオムニバス授業は、私が発案して今年度から発足した授業で、毎週異なる教員が1回ずつ講義を担当する。今年度のテーマは「声」。これまた私が発案したものである。したがって、今年度のプログラムはすべて私が考えた。 原則としては学部の専任教授がおこなうのであるが、今年度は3人のゲストの先生方も迎える。今週はそのなかのおひとり、オペラ評論では第一人者である堀内修先生に来ていただく。さすが専門家。そばで聴講していて、心から感動してしまった。私がお願いした演題は「オペラにおける声の魔力」。私が「こういうことを話していただきたいなあ」と勝手に想像したのとぴったり重なる、すばらしい講義であった。 18世紀のカスラート全盛時代からソプラノ崇拝を経て、テノールの時代になり、第二次大戦後の平和希求の時代にはふたたびソプラノが愛され、今はまたテノールの時代であること、フランスでは主役はメゾソプラノであること、など、私はそばで拝聴していて、ひとりで「おお、おお」と唸っていた。 ここにはとても書けないくらいの薄謝で来ていただいているのに、使用するDVDをあらかじめビデオ・クリップに編集してくださっていた。堀内さん、ありがとう。 このオムニバス授業には、今後、増田聡先生や内田樹先生にもご登壇いただくのである。自分たちがいかに恵まれているか、学生諸君に少しでもわかってもらえるとよいのだが。 朝日新聞は新聞社と出版社に分かれたが、その出版社のほうのPR誌「一冊の本」に四方田犬彦が音楽論を連載している。今月号はザ・ピーナッツを取り上げているが、それを読んで、驚くべき事実を知った。私と同じような年配で、映画「モスラ」の中でザ・ピーナッツが歌う歌を知らない人はいないだろう。「モスラーや、モスラー」という歌である。なんと、あの歌の歌詞はインドネシア語で、助けを求める内容なんだそうだ。彼がインドネシアの大学で学生たちにこの映画を見せたとき、学生たちが仰天していたので、そのときに彼もこの事実を知ったそうだが、私も、いや誰だって、あれがインドネシア語だとは夢にも思わなかったにちがいない。モスラのいた島はインドネシアだったのだ。 ザ・ピーナッツといえば、「恋のバカンス」という歌がある。「溜息の出るような・・・」で始まる歌だ。あの歌をほとんどのロシア人は知っている。しかもほとんど全員がロシアの歌だと思っている。「これ、日本の歌です」というと、かならず「嘘つくな」という答が返ってくる。理由は単純で、この歌、ロシアで大ヒットしたのである。ちなみにロシア語の歌詞は「ウ・モーリャ、ウ・シーニェヴァ・モーリャ」で始まる。 やっと『バレリーナの肖像』が出来上がった。来週あたり、書店に並ぶはずである。著書が出るのは久しぶり。ちょっと、ほっとした。というのも、なかなか著書が出ないと、なんだか自堕落な生活をしているような気分になるのである(って、実際、自堕落な生活をしているのではあるが)。 |
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5月23日(金)
例によって、読者が脱力してしまいそうな、ノーテンキなことばかり書くことになるので、ちょっと恥ずかしいのだが・・・ 今週は出勤日3日とも、かみさんにおむすびを作ってもらい、それをもって出勤した。昼休みはオフィスアワーにしているので、研究室にいなければいけないことになっている。だから、外へ出かけて昼食をとることができない。かといって、いつもカップ麺とおにぎりだけだと、すぐに飽きてしまう。おむすびがあれば、あとは野菜と納豆を食べれば、それでいい。ふだんから研究室の冷蔵庫にはシャンペンとビールの他、納豆が常備されている。 一昨日の水曜日は、あまりにいい天気だったので、庭で朝食をとった後、ふらふらと「峠の向こう側」にある動物園に行って、サイやコアラやウォンバットを観る。「絶滅危惧種」と表示されている動物がじつに多いことをあらためて痛感する。アフリカやオーストラリアからはるばる寒い日本にきて、狭い場所で生活している動物たちを観ていると、感謝の気持ちで一杯になる。ご苦労様です。 かみさんも私も屋外で食事をするのが大好きなので、天気がいいと往々にして夕食は庭でBBQということになるのだが、この日も帰りに肉を仕入れて、同じ鎌倉に住む翻訳家のNさんをお呼びして、暗くなるまで庭でBBQ。 きょうも好天。「山の向こう」にある園芸センターに花の苗を買いに行く。平日の昼間だというのに、駐車場は満杯だ。天気がいいので、「この週末は庭いじりだ」と考えた人が多いのだろう。老人ばかりかというと、そうでもない。園芸ショップに来ている人は、善男善女という言葉がぴったりで、みんな本当にいい顔をしている。花を愛する人に悪人はいないと言うが、その通りであろう。 うちの庭は日当たりが悪いので、日陰に強いインパチェンスをたくさん仕入れる。 その後、例によって、うちから車で10分の漁港まで魚を仕入れに行く。きょうは1メートルほどある太刀魚を1匹買う。ふつうは魚屋でさばいてくれるのだが、太刀魚は、ワタはとってくれるが、あとは半分に切っただけで、ぽんと渡される。 太刀のように長いから太刀魚と名づけられたのだろうか。それとも、暇なときには文字通り垂直に立って泳ぐ(急いでいるときは水平に泳ぐ)そうなので、それでタチ魚というのかもしれない。 半分は刺身で、半分は塩焼きで食べることにする。塩焼きのほうはぶつ切りにすればそれでいいのだが、刺身のほうはおろさなくてはならない。 まず、体の表面を覆っている「銀箔」をこそげ落とす。どろどろの銀色の塗料のようなものがとれるのだが、この成分は実際、模造真珠とか銀箔に使われるのだそうだ。きっと泳いでいるところを見たら、きれいなんだろうなあ。 3枚におろすのは、私のようなドシロートには難しいので、ヒラメをおろすときのように、背骨のところに包丁を入れて、上と下を別々に開き、裏表合わせて5枚におろす。 最近出現した魚であるはずもないが、昔は魚屋であまり見かけたことがなかったような気がする。大人になってから、関西の料理屋で初めて食べた。最初に食べたのは木の芽焼きか何かで、初めて刺身で食べたのはつい数年前のことである。刺身も塩焼きも、なんともいえず淡泊である。 今月、横浜でアフリカ開発会議が開かれるが、先日、ボツワナのダンスを観に行って以来、なんとなく「アフリカもの」が見たいという気分になり、『ラスト・キング・オヴ・スコットランド』を観る。アカデミー主演男優賞をとった、ウガンダのアミン大統領を描いた映画である。アミンは1メートル90センチ以上あって、ボクシングのヘビー級チャンピオンだった。大統領になってから、30万人殺したといわれるが、本人はさっさと亡命して、けっこう長生きした。 その勢いに乗って、『ホテル・ウガンダ』『ウガンダの涙』を続けて観る。前者のほうが商業映画としてはよくできているが、後者はBBCが作っただけあって、なんだかドキュメンタリーを観ているようなリアリティがある。 この映画の中で、BBCの女性記者が「ボスニアでは、女性の死体を見るたびに、ああこれが私の母だったらと思って、なんともいえない気持ちになったが、アフリカでは何も感じない。ああ、アフリカ人がひとり死んでいる、としか感じない」と語る場面があるが、この言葉は、アフリカに対する世界中の人の印象を代表しているなじゃなかろうか。たんに距離だけでなく、アフリカ人そのものが「遠い」のである。「アフリカ人は二グロ以下」という言葉もある。だから、アミンに30万人虐殺された、とか、ルワンダでは3ヶ月間で100万人(そのほとんどがツチ族である)惨殺されたと聞いても、ぴんとこないのである。 どういうわけか、東京に勤めに出るとき、朝と夕方では同じルートを使わない。朝は新橋で横須賀線を降り、銀座線、南北線と乗り継いで市ヶ谷駅まで行くのだが、帰りは飯田橋駅に出て、お茶の水で中央線に乗り換え、東京駅に出る。 昨日もそのルートで帰るつもりで、夕方、飯田橋で総武線に乗り、御茶ノ水駅で中央線に乗り換えるため、ホームで電車を待っていた。「電車が到着します」というアナウンスを聞いて、水道橋のほうからカーブを曲がって進入してくる中央線の電車をぼんやり眺めていた。と、突然、私の数メートル先で、少年がホームから電車のすぐ前にぽんと飛び降りた。私は自分が見たものが自分で信じられなかったが、それでも反射的に目を背けた。近くで女性の悲鳴が聞こえた。むろん電車は急停車し、警報が鳴り響いた。即死だろう。 運転が再開するまで1時間はかかるだろうと思い(実際それくらいかかったようだ)、また、その場に居たたまれなくなって、地下鉄の駅に向かったが、そのとき、飛び込んだ少年のものらしい、青いデイパックがホームに転がっているのに気づいた。 けさ、新聞をみてみたが、新聞には何一つ出ていない。うちが神奈川県だということも関係しているのだろうが、中央線での飛び込み自殺は珍しくないので、とくに報道されなかったのかもしれない。私の眼には中学生くらいの少年のように見えたので、気になる。 |
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5月18日(日)
珍しく、1週間ご無沙汰してしまった。ああ、嵐のような1週間であった。 私がメンバーになっている早稲田のグローバルCOEプログラムで、去る1月に、英国の舞踊学の草分け、サリー大学名誉教授のジャネット・ランズデール氏を招聘し、講演会を催した。1994-5年に私が英国サリー大学の客員研究員だったとき、指導教授(兼身元引受人)だったのが、ランズデール教授である。その縁があったので、日本にお呼びすることになったのである。 今週は、世界的な舞踊学者のひとりであるスーザン・レイ・フォスター氏(UCLA教授)を招聘した。「今度、フォスター氏を早稲田に呼ぶんですよ」と言ったとき、ある舞踊学者は「信じられない。あんな高名な学者が本当に日本に??」と絶句した。それくらい有名な人である。 フォスター先生とは10年以上前に初めてお目にかかったのであるが、その後、国際学会で数回お目にかかっただけのお付き合いである。つまり、お付き合いというのは烏滸がましい。「顔見知り」程度の仲である。台湾で開かれた国際学会で、私が研究発表をしたとき、「聴きに来てください」と声をかけたら、本当に聴きに来てくれ、心からうれしかったことを覚えている。 フォスター先生は、私が心から敬愛するほとんど唯一の舞踊学者であり、文字通り私の「アイドル」だったので、日本に来てくれませんかというメールに、OKの返事を頂いたときには思わず「やったー!」と叫んでしまった。 12日(月)は、フォスター先生と、いっしょに来日したスー・エレン・ケイスを拙宅にお招きした。ケイス氏は『フェミニズムと映画』などで日本でも有名な演劇学者で、やはりUCLA教授である。 13日(火)は、授業の後、入試関係の会議。その後、ゼミ生3人と、ボツワナのダンス公演を観に行く。他の地域のアフリカ舞踊と同じく、スタンピング(足踏み)を中心とした舞踊であることを初めて知った。インド舞踊では足首にグングールという鈴をたくさん巻き付けて踊るが(足踏みすると、鈴が鳴る)、ボツワナのダンサーたちも足首に何かを巻いていて、それが足踏みするたびにシャカシャカと乾いた音を立てる。貝殻のように見えたが、ボツワナには海がないから、おそらくダチョウの卵の殻であろう。 14日(水)は、フォスター先生のホテル移動のお手伝いをし、講演原稿の意味不明なところを説明してもらい、講演会のすすめかたについて打ち合わせる。 15日(木)は、午前中の授業の後、午後の授業は休講にしてもらい、早稲田に駆けつける。フォスター先生の講演1日目。2時間びっしり通訳をしたら、頭が酸欠になったが、じつに刺激的で興味深い講演だった。 講演の後、能とバレエのコラボレーション公演にお連れする。公演の前に、フォスター先生は冷酒を、私はビールを引っかける。 16日(金)はフォスター先生の講演2日目。前日の講演同様、じつに面白い内容であった。またしても通訳で疲れたが、前日より短めだったので、酸欠で死なずに済んだ。 講演の後、レセプション。 17日(土)はグローバルCOEの研究生たちを集め、自分たちの研究テーマについて話させ、フォスター先生からアドバイスを頂くという会合。フォスター先生は一人ひとりについて、「じつにいいテーマだ。頑張ってください」と声をかけてくださる。院生たちは、必死に英語で話していたが、私が助け船を出さねばならなくなる場面も多々あった。きみたち、もう少し英語を勉強しなさいね。 フォスター先生はこの翌日に発ち、台湾に向かわれた。 18日(日)、すなわち本日は新国立劇場までバレエを観に行く。ザハロワ主演の『ラ・バヤデール』である。ザハロワは例によって美の極致。 |
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5月11日(日)
昨日は雨の中、例によって小坪漁港に魚の買い出しにいく。生きのいいカツオがあったので、半身を買って、おろしてもらい、家に帰って、ガスで焼いて氷水に浸け、自家製の叩きをつくる。うう、美味。 きょうはプレゼントをもって実家の母を訪ねる。 サイクロンの被害を受けたビルマに外国メディアが入れるようになり(当初はいっさい入国が許可されなかった)、テレビで映像が流れるようになった。その被害の大きさは、日本の台風とは比べものにならない。「家が無くなった」「避難先の学校からも追い出された」という証言にはまだ驚かないが、何人もの母親が、インタビューに答えて、「4人の子どもが全員行方不明だ」「4人の子どもを5日間捜し続けているが、見つからない」と言っているのを聞いて絶句する。 それでも政府は国民投票を強行した。この国民投票はひどいものである。新たに制定された憲法を認めるか認めないかの国民投票なのであるが、その憲法案が発表されたのはなんと1ヶ月前である。しかも、それは国民に配られたのではなく、金を出して買わねばならない。極貧生活に耐えている人びとに、買えるはずもない。賛成演説はいくらしてもかまわないが、公の場で反対の意思を表明すると即座に逮捕される。投票用紙には、場所によってはあらかじめ賛成の印がついているという噂もある。 この憲法案によると、配偶者が外国籍の場合は大統領になれない。アウンサンスーチーを大統領にさせないための条項である。 このインチキ国民投票がおこなわれることが公表されたとき、日本政府は「民主化への第一歩として評価する」という意味のとんちんかんな声明を出している。 2年遅れで韓国映画『王の男』を観る。公開時、韓国では観客動員数の新記録を達成したそうだが、B級映画である。が、ナムサダンの話なので興味深かった。ナムサダン(男寺党)は大衆芸能の放浪集団で、往々にしてゲイ集団でもあった。私は記録映像でしか観たことがない。日本の植民地時代に弾圧され、ほとんど絶滅したが、その後かなり復興したようである。ヨサダン(女寺党)というのもあったらしいが、これは観たことがない。 |
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5月9日(金)
きょうの朝日新聞にも出ていたが(ロシアの歴史に通じている人の間ではかねてより常識だが)、ロシアの最高権力者には、ニコライ1世(在位1825-55)以来、きれいな法則性がある。髪が「薄い」と「豊か」がきれいに交互になっているのである。 ニコライ1世(ハゲ)/アレクサンドル2世(フサフサ)/アレクサンドル3世(ハゲ)/ニコライ2世(フサフサ)/レーニン(ハゲ)/スターリン(フサフサ)/フルシチョフ(ハゲ)/ブレジネフ(フサフサ)/アンドロポフ(ハゲ)/チェルネンコ(フサフサ)/ゴルバチョフ(ハゲ)/エリツィン(フサフサ)/プーチン(ハゲ)/メドベージェフ(フサフサ) じつは、1年弱しか最高権力者の座にいなかったチェルネンコが入っていて、2年間首相をつとめたマレンコフが入っていない、というちょっとしたズルがあるので、果たしてどこまで意味があるかは疑問だが、しかし、ロシアの歴代権力者は全員ハゲだ、とか、全員髪の毛が濃い、というのではなく、ハゲとフサフサが交代している、ということにはなにがしかの意味があるにちがいない。誰かこの謎を解いた人はいないのだろうか。 それはともかく、昨日モスクワではロシア軍のパレードがおこなわれ、メドベージェフとプーチンが並んで列席していた。なんとも気味の悪い光景であった。 ソ連時代には軍隊パレードが毎年盛大におこなわれていたが、それを彷彿とさせた。アメリカがドイツにミサイルを配備しているのに対抗して、国防費は今後大幅に増え続けるのだそうだ。キチ××に刃物とはまさにこのことである。 プーチンは首相を4年つとめた後、また大統領に返り咲くという予測もある。ベラルーシを併合し、その連合国の大統領になる、という予測もある。 いずれにせよ、ロシアに民主主義が訪れる可能性は限りなくゼロに近い。ロシアのような、資源が豊かな超大国がこのざまであることを考えると、そしてもうひとつの超大国である中国があのざまであることを考えると、世界はけっして善くなってはいないのだと痛感する。 アメリカがとくにいいとは思わないが、多少はましであることは否めない。 |
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5月7日(水)
ああ、あっという間にゴールデン・ウィークも終わってしまった。うう、悲しい。これから夏まで体力がもつだろうか。 連休に何をしたかといえば、とくに何もしなかった。とはいえ、2冊分のゲラに手をいれ、原稿を2本書き、学部と大学院の入試問題を作り、大学院用の課題図書を探した。休みでなければ、とてもこなせなかったであろう。 5日はかみさんの親兄弟総勢8人様ご一行をお招きして、庭でBBQ。肉は3キロ買ったのだが、食べ盛りの大学生が一名欠席だったので、肉も野菜も多少余り、翌日のわが家の夕食となる。 今回初めて、備長炭を使ってみた。値段はふつうの炭の3倍する。叩くと金属みたいにキンキンと鳴る。長持ちすることで有名だが、なかなか着火しないので参った。これは考え物である。 アメリカのビルマ民主化支援団体、米国ビルマキャンペーン(USCB)が5月1日から新しいキャンペーンを始めた。30日間に渡って毎日、ハリウッドの人気俳優がビルマについての映像メッセージを発表するというもの。 さっそく観てみる。第1回は大人気コメディアンのウィル・フェレルで、「今月、あなたの人生が変わります」というシリーズの前口上を述べている。アウンサンスーチーについて、「彼女は私たちのヒーローです。でも、名前をちゃんと発音するのが難しいね」としゃべりながら、実際にたどたどしくアウンサンスーチーの名前を発音して、そばにいるらしいスタッフのほうを見たりしている。 第2回目は、ジェニファー・アニストン。ブラッド・ピットの元妻だ。これはすごくおかしい、というか、かなりブラックなコント。じつによくできている。 今後、シェリル・クロウとか、シルヴェスター・スタローンらも出演するそうだ。 「ビルマ情報ネットワーク」のHPでは、これらの映像を、日本語訳付きで観ることができる。ぜひ見て欲しい。 軍政が起草した憲法案の是非を問うインチキ国民投票は5月10日におこなわれる。 |
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5月2日(金)
一泊二日で箱根に行っていた。箱根には数えられないくらい行っているが、今回泊まったのは桃源台である。恒例のゼミ新歓合宿。 学生たちは東京から車3台で、私も鎌倉から車で行き、現地で合流。鎌倉からはずっと海沿いを走って、2時間強である。いつもの場所、すなわち平塚あたりがいつものように渋滞している。 昨日は大涌谷に行って、名物の黒たまごを食べる。大勢の観光客が押し寄せていたが、驚いたことに半数近くが外国人である。まわりじゅうから中国語、韓国語、ロシア語、そして何語かわからない言葉が聞こえる。 夜は3時まで学生たちとしゃべりつづけ、延々飲み続ける。新歓合宿だから、自己紹介がメインなのであるが、学生たちの主なる関心はやはり恋愛らしい。 『シャーロット・グレイ』を観る。原作はベストセラー小説だそうだ。スコットランド出身の若い女性が軍諜報部にスカウトされ、フランスに潜入し、ユダヤ人をかくまうレジスタンスに協力するという話である。この映画でわかったことは、ケイト・ブランシェットが大根だということだ。主人公の女性の内面の変化がまるで表現されていない。ブランシェットは「弱い女」を演じることができないのだ。エリザベスのような「氷の女」にはぴったりだが。 『善き人のためのソナタ』を観る。こちらは優れた役者がそろっている。とくに主役のウルリッヒ・ミューエがいい。東ドイツの警察国家ぶりを描いた作品だが、ミューエ自身、妻に監視されていたといわれる。昨年のアカデミー賞外国語映画賞を受賞した作品だが、ミューエは授賞式の直後にガンで死んだ。まだ54歳だった。 内閣支持率が20パーセントまで落ち込んだそうだ。30パーセント以下が「危険水域」だそうであるから、かなり危ない数字である。それにしても、安部内閣といい、福田内閣といい、こんな内閣でも国はちゃんと機能しているのだから、日本という国の見えないシステムはかなり精巧に出来ているといえよう。 |