2007年5月の日記(↑時間軸)
 
5月31日(木)
 
 連日、映画の話で恐縮だが、きょうはジム・キャリーとケイト・ウィンスレットの『エターナル・サンシャイン』(日本公開2005)を観る。例によって「記憶もの」であるが、かなりのドタバタである。でも、こういう、映画でしか表現できない作品は好きだ。
 恋人たちが、別れた後に、その勢いで、相手に関する記憶を消してしまうという話である。記憶消去を請け負う会社があり(その意味ではSFでもある)、そこではコンピュータとCTスキャナーみたいなものを使って、恋人に関する記憶がどこにあるのかを突き止め、それを一つ一つ消していくのである。
 その直後、ふたりはまた偶然に出会うが、初対面である。
 脳のある一部を電極で刺激すると、過去のある場面がフラッシュバックのように眼前に甦る、というペンローズの実験はみなさんご存じだろうが、現代の学者たちは口をそろえて、ある特定の記憶が保存されている場所を特定するのは不可能だといっている。というか、そもそも個々の記憶がそれぞれ特定の部位に保存されているわけではないらしい。
 コンピュータも、たとえばこの日記のような一つのファイルは、外見的には(つまりマックのディスプレイ上のヴァーチャル空間では)、Sho's Bar というフォルダーの中の、「日記」というフォルダーの中に入っているわけだが、実際には、細切れにされて、ハードディスク上のあちこちにちらばっている。
 でもコンピュータの場合は、このファイルだけを取り出して消去することができる。
 脳の場合はこれよりはるかに複雑で、ファイルとファイルとのあいだに短絡が生じている。そのため、ある特定の人物に関する記憶だけを消去するというのは不可能である。その記憶には、その人と会った場所の記憶、話した話題の記憶、その人から連想される別の人の記憶など、膨大な量の情報が入っていて、それらの情報はひとつひとつ別の記憶と繋がっているからだ。
 映画に話を戻すと、ちんぴら役で、イライジャ・ウッド(「ロード・オブ・ザ・リングズ」のフロド)が出ていた。また、記憶消去を請け負う会社の受付嬢が、どこかで見た顔だと思いながら観ていたのだが、最後の方で思い出した。スパイダーマンの恋人だった。
5月30日(水)
 
 麻疹のせいで今週は1週間休講となったが、われわれ教師は休みになるわけではなく、月曜も火曜も会議のために出勤。学生のいないキャンパスは深閑としている。
 
「博士の愛した数式」を観る。寺尾聰と深津絵里と吉岡秀隆、そして浅丘ルリ子(!)。数学と記憶障害を扱っていて、中心は数学の方なのだが、80分しか記憶が保たないという障害は、私がいまやっている翻訳と大いに関係があるので、観たわけである。
 
 次いで、「阿弥陀堂だより」を観る。「スローライフもの」である。やたら信州の美しい景色ばかりが写される映画だが、何よりもキャスティングが素晴らしい。北林谷栄、寺尾聰、樋口可南子、小西真奈美、吉岡秀隆。
5月27日(日)
 
 昨日はだいぶ体力が回復したので、リビングの周りに生い茂った植木の枝を切る。汗びっしょりになったので、シャワーを浴びてから、釜利谷(といってもわからないでしょうね、横浜市金沢区です)にある園芸ショップに買い出しにいき、フェンスに取り付けるプランターをいくつかと、インパチェンスの苗をいくつかと、土を数種類買い込む。
 まったく絵に描いたような「日曜園芸家」である。
 うちには広い庭があるのだが、北側にあり、夏の朝食、あるいはバーベキューのとき以外は、誰も庭を眺めない。庭に面した唯一の部屋はかみさんの仕事部屋(兼応接室)であるが、最近、かみさんは家の反対側にある娘の部屋で仕事をしている。
 そこで、かみさんの仕事机から、またリビングルームから、よく見える場所に花を植えようと考えたのである。どうしてインパチェンスかというと、うちの庭は日当たりがわるい。「インパチ」は日陰でも元気に咲いてくれるのである。
 
 きょうは世田谷パブリックシアターまで、先日行きそびれたH・アール・カオスの公演「ドロップ・デッド・カオス」にいく。今回は珍しいことに、男性がふたり出演している。たまたま私のお隣は大友直人夫妻だった。彼らに会うのはずいぶんと久しぶり。
5月23日(水)
 
 学部でいちばん面倒な委員会の委員長にさせられた、いや言葉を間違えた、委員長を仰せつかったため、きょうは事務主任と打ち合わせをしなければならなかったのであるが、疲れがたまったのか、朝どうしても起きられず、打ち合わせを延期してもらい、一日じゅう家で寝たり起きたり。
 夜はH・アール・カオスの公演に行くはずだったのだが、これもさぼって、うちでごろごろしていたら、公演が終わった頃、「どうして見えなかったのですか」という電話が入る。すみません、明日か明後日にはかならず行きます。
 
 かみさんが「ダヴィンチ・コード」を観るというので、付き合って観る。駄作との評判が高かったので、いやな予感がしたのだが、その予感は的中。時間の浪費であった。「アメリ」のオドレ・トトゥは可愛かったけど。原作はなかなか面白く、一気に読んだものであるが。
 
 ニコラス・ケイジの「天使のくれた時間」を観る。ニコラス・ケイジに外れなし、であるが、私の場合は、ごひいきのティア・レオーニが共演しているので、前から観たいと思っていたのである。
 いわゆる「クリスマス・キャロルもの」である。これは合格点をクリアしている。
5月23日(水)
 
 世の中、いろんなことが起きるものだ。まさか突然、東京の大学で麻疹が大流行するなんて、誰が予想したであろうか。
 すでに早稲田は発症者が30人になったために入構禁止となった。ハワイにでも行こうかと言っている学生たちがいるそうだが、そんなことより、もし予防接種を受けていなかったとしたら、今からでも遅くないから、すぐに受けることをお勧めする。予防接種を受けていると、万が一感染した場合でも軽くて済むそうだ。
 法政大学の市ヶ谷キャンパスは、現在、発症者6人だそうで、10人になると休講になるのだそうだ。
 アメリカでは、1990年にはしか根絶作戦が開始され、2002年に根絶した。日本の目標は2012年だそうだが、専門家の話では、たぶんもっとかかりそうだという。根絶のためにいちばん有効なのは、2回接種だそうである。
 大学も、たんに休講にするだけではなく、学生たちに、強制的に予防接種を受けさせたほうがいいんじゃなかろうか。麻疹は「一度はかかるもの」の代名詞のように使われるけど、かなりこわい病気である。
 
 半年遅れで、ブライアン・デ・パルマの「ブラック・ダリア」を観る。映画そのものは、ちょっと懲りすぎ。原作がそうなのかもしれないが。
 富豪の淫蕩な娘マデリンを、どこかで見たことのある顔だなあと思ってみていたのだが、最後の方でヒラリー・スワンクだとわかった。あの、ごつい顎と口まわりで思い出したのである。「ミリオン・ダラー・ベイビー」「ボーイズ・ドント・クライ」の主演女優である。ああいう(言葉はわるいが)「男女」専門なのかと思っていたら、妖艶な若い女性を演じていたので、驚いた。さすが大女優である。
 そのエキセントリックな母親を演じているのは、なんとフィオナ・ショーではないか。イギリスにいたころ、ナショナル・シアターの「リチャード2世」(たぶん。殺される王だ)が、女優がリチャードを演じて話題になっていたので、かみさんと観に行った。フィオナ・ショーがものすごくよかったことを今でも思い出す。ジョン・マッケネリーという、オリヴィア・ハッシーの主演したゼッフィレッリの「ロミオとジュリエット」でマーキューシオを演じていた、独特の顔をした俳優が出ていたことも、なぜか覚えている。
 「ブラック・ダリア」に話を戻すと、ケイ役の巨乳のスカーレット・ヨハンソンは最近人気があるらしいが(「プレステージ」に出ている)、ちょっとマリリン・モンローを思い出させる。私の好みではない(どうでもいいが)。そういえば、マリリン・モンローも私の好みではないのであった。
 
 翌日、今度は「プラダを着た悪魔」を観る。これは文句なしに面白い。アン・ハサウェイがめちゃ可愛い。メリル・ストリープは怪物だ。一種の「師弟もの」である。見終わった後の爽快感はそのせいであろう。
5月20日(日)
 
 熊川哲也が怪我をした。前十字靱帯断裂だという。これはダンサーにとっては致命的な怪我である。昔なら、これでもうダンサー生命は終わりである。
 膝というのは大腿骨と脛骨、すなわちものの骨とすねの骨のつなぎ目のことである。操り人形みたいに、ももの骨とすねの骨を繋いでいるのが十字靱帯である。これが切れてしまうと、膝はふらふらになる。
 十字靱帯断裂はものすごく珍しいものではなく、ダンサーやスポーツ選手にたまに起きる。
 現在は、靱帯の他の部分から腱を移植して靱帯を再建する手術が可能になったので、熊川が舞台に復帰できる可能性も大きい。
 彼は文字通りの天才であり、いうまでもなく日本のバレエ史上最高の男性ダンサーである。一日もはやい快復を、心から祈る。
5月16日(水)
 
 月曜は、法政にくる前につとめていた駿河台大学時代の教え子Y君と、横浜で飲む。彼は、駿台を中途でやめて、上智を再受験して卒業し、以前はダイビング・ショップを経営していたが、いまはIT関連の会社を経営しているそうだ。
 
 火曜は教授会。異例の早さで終わったが、そのあとに学部の委員会と大学院の委員会。またひとつ委員長を仰せつかる。やれやれ。
 
 きょうは、鎌倉の中央公園に行くつもりで、かみさんと家を出たが、途中で気が変わり、葛原岡ハイキングコースに行くことにする。鶴ヶ岡八幡宮を通り抜け、北鎌倉のほうに向かい、トンネルを抜け、まず円応寺の閻魔大王を拝む。
  ←↓円応寺

 
 ふたたび北鎌倉をめざし、踏切を越えたところで、左に折れ、浄智寺に詣でる。はじめて詣でたが、なんとも静かないい寺で、とくに後ろの墓地は、こんなところに墓が欲しいと思わせる場所であった。
 
  ←浄智寺
 
 浄智寺の裏には古い大きな家ばかりが並んでいる。その先が葛原岡ハイキングコースで、すぐに道は急な上りの山道となる。
 
 
 
 のぼりきったところに、後醍醐天皇をたてて鎌倉幕府に反抗した日野俊基をまつった葛原岡神社がある。この場所は日野俊基が処刑された場所だそうである。
 そのあたりはもう源氏山公園である。反対側におりると、そこはかの有名な銭洗弁財天。建長寺、円覚寺、鶴ヶ岡八幡宮、大仏と並ぶ、鎌倉観光の人気スポットのひとつである。小学生やら中学生が大勢来ている。みんながせっせと硬貨を洗っている姿は、善男善女のほほえましい姿ともいえるが、浅ましいといえば浅ましい。子どもはかわいげがあるが、おとなは・・・
 
  ←↓銭洗弁財天
 
 
 
 
 そこからふたたび源氏山公園に戻り、化粧坂(けわいざか)の切り通しをおりて、寿福寺の前で踏切をわたり、小町通りに出て、鶴ヶ岡八幡宮の前の一茶庵でそばを食い、八幡宮の中を通って家に帰る。2時間半ほど歩いたことになる。
 そば屋でビールを飲んだせいで、家に着いたらそのまま1時間ほど爆睡。
5月13日(日)
 
 ここ数日、旨いものばかりを食べているなあと思う。
 
 一昨日は、今が旬の空豆(これは莢に入ったものでないと風味がない)からはじまり、白魚の刺身、ほたるいかのボイル、鮎の塩焼き、たらばがにの網焼き、切り干し大根の煮物。
 ほたるいかというのは、見ているだけでも「食べちゃいたい」ほどかわいい。私が子どもの頃は、富山まで行かないと食べられないものだったと記憶する。30年ほど前から、5月になると、ボイルしたものが魚屋の店先に並ぶようになり、10年ほど前からは居酒屋でも刺身を出すようになった。と思ったら、数年前から、なんとかいう菌(腸炎ビブリオ菌だったか)がいるというので、ナマは姿を消した。大好物なので、私は毎春、ずいぶん大量のほたるいかを生で食べたが、あたったことはない。
 一昨日は、生を買ってきて、さっと茹で、茹で立てを食べた。舌がとろけるとは、このことであろう。
 白魚や生しらすも今が旬である。湘南には生しらす丼を売り物にしている食堂がたくさんあるが、ちょっと苦いので、私は釜揚げのほうが好きである。
 たらばがには、昨年北海道の知人から大量にいただいたのだが、すでに3回食べたのにまだ食べきれず、冷凍庫で眠っていたのである。今回は網焼きにしたが、やはりたらばはバター焼きがいい。
 
 翌日、すなわち昨日はイタリアン。前日の残りのほたるいかと白魚(安かったので、大量に買ったのである)に、すりおろしたにんにくとオリーブオイルをかけてオーブンで焼く。やはり一昨日買っておいたひらめの刺身は、ローズマリーとオリーブオイルをかけてオーブンに。たらばがにはにんにくとバターで、やはりオーブン焼き。全部いっしょに鉄板の上に並べ、オーブンにぶちこむだけだから、なんとも簡単である。あとはサラダをつくるだけ。
 
 今日はタイスキ。
 ロシア語のS先生から「タイスキ・キット」をいただいたのである。前日の残りのひらめをはじめ、いか、フィッシュボール、かに、えび、青梗菜、ねぎ、しいたけ、たけのこ、しらたきなどをスープに入れ、辛いたれで食べる。なつかしや、タイの味がする。最後はもちろん雑炊でしめる。
5月12日(土)
 
 四季があるというのは名目上のことにすぎず、日本は基本的に暑いか寒いか、そのどちらかであるが、ここ数日、新緑が眼に染みこむような、なんとも清々しい日が続いている。
 散歩老人、本日は横浜動物園に出現す。ゆったりとした、いい動物園である。開園25周年だそうだが、訪れたのは初めてである。うちの近所にこんなに快適な場所があったとは。
  ←羊歯の谷
 
 
 
 ↑バレエ「白鳥の湖」には白鳥オデットと黒鳥オディールが登場するが、首が黒くて胴体は白いという珍しい白鳥。
 
 
 ↑パンダなどと並ぶ世界4大珍獣のひとつ、ボンゴ。
 
 
 ↑置物ではない。モモイロペリカン。
5月9日(水)
 
 浜松町の自由劇場まで、かみさんとふたりで『オンディーヌ』を観に行く。法政の卒業生で、劇団四季の営業をやっているHさんが招待してくれたのである。
 『オンディーヌ』を観るのは42年ぶり。すなわち、前回観たのは私が13歳のときだ。主演は加賀まり子と北大路欣也。日生劇場のチケットが完売したというので、たいへんな話題になった。劇団四季の最初のヒット作である。強烈な印象を受けた人も多いはずだ。なんとも新鮮だった。
 いま観ても、じつによく出来た上質の芝居である。
 いまどきの演劇少年少女は、ジロドゥもアヌイも知らないであろう。きっと演劇といえば、シェイクスピアは例外として、寺山修司、唐十郎以降、あるいは野田秀樹以降の芝居しか知らないのではなかろうか。
 今回の主演は、野村玲子と石丸幹二。配役表をみたら、なんと晶ゼミ一期生の真家瑠美子が出演していた。
5月6日(日)
 
 韓国から帰ってきた。
 前回同様、今回も成田ー仁川ではなく、羽田ー金浦。
 一度これを利用してしまうとヤミツキになって、成田まで行く気になれない。今回はアシアナ航空の新型機「チャングム号」であったが、べつに選んだわけではない。機体にイヨンエの写真がペイントされているというだけで、中からはわからないし、自動車と違って、飛んでいるときに周りから見えるわけでもない。空港にいるときだけ、周りから若干の注目を集めるだけだと思うのだが(燃料費も増えるだろうし)、これは余計なお世話かもしれない。
 
 
 
 今回の行き先は、ソウル都心から1時間ほどのところにある、イルサン市。駅でいうと、地下鉄3号線のチャンバルサンである。金浦空港からはタクシーで20分ほど。
 その駅前にアラムヌリという名の芸術コンプレックスができた。ニューヨークのリンカーンセンターそっくりで、正面にオペラハウスがあり、その右手にコンサートホールがある。そのオペラハウスのこけら落としに、ユニバーサル・バレエ団が上演した新作「春香(チュニャン)」を観に行ったのである。
 このバレエ団のレパートリーにはすでに「沈清(シムチョン)」があるが、韓国の民衆文学でダントツに有名なのが沈清伝と春香伝である。どちらもパンソリで伝えられてきたものだ。
 沈清伝は、盲目の父親をもった娘の親孝行の物語である。物語は、竜宮伝説なども入っていて(その部分はブルノンヴィルの「ナポリ」やフィリッポ・タリオーニの「ドナウの娘」と似ている)、けっこう波瀾万丈なのだが、主人公の沈清はあまりに優等生的な孝行娘だ。
 春香は、妓生(キーセン)の娘と両班の息子との恋愛物語で、韓国の文学としては珍しく、色っぽい初夜の場面(男が女の服を1枚1枚脱がせていく)などがあるのだが、全体に物語は単純。女が操を守るというだけの話である。この話は、じつはミハイル・フォーキンがモンテカルロで創作した『愛の試練』と関係があるのだが、ちょっと話が込み入っているので、簡単には書けない。
 
 さて、新しくできたこのオペラハウスは客席数1800。なかなかいい歌劇場だ。
 現地に到着した後、バレエまで時間があるので、公園を散歩する。このイルサンというところには大きな人工湖があり、その周りが公園になっている。最近整備されたようだ。
 
 観光客がくるところではないので、ホテルがない。宿泊したのは、ビジネスマン用のいわゆるウィークリーマンションである。ワンルームで、キッチンも冷蔵庫も洗濯機もシャワーもついているが、ホテルとちがってロビーはない。朝食は指定された部屋まで食べに行く。どうも、大きなマンションの数部屋(10室くらい?)を買って、ホテルとして経営しているらしい。部屋はマンションのいろいろな階に分散している。
 
 2日目の昼間は、ソウル都心まで出かけ、金慶子先生にお昼をご馳走になる。金慶子先生は、漢城大学校の舞踊学の教授であるが、私の著書を韓国語に翻訳してくださったかたである。この本は今月中に出版される予定である。外国語に翻訳された私の最初の著書ということになる。
 金先生が連れて行ってくださったのは、三清洞(サムチョンドン)。古い民家を改造した料亭で、伝統料理をご馳走になる。美味であった。食後、その付近を案内していただく。三清洞は、仁寺洞(インサドン)に取って代わりつつある人気スポットだそうである。なるほど、伝統家屋を改造したブティックやらカフェやらバーがたくさんできている。私のもっているガイドブックにはまだ出ていないが、最近のガイドブックにはちゃんと出ているそうである。(→写真日記参照)
5月2日(水)
 
 一泊で伊豆に行ってきた。ゼミ合宿である。学生諸君が電車で行き、私が車で行ったこともあるが、今回は、学生諸君が4台の車に分乗して行き、私は電車で行って、駅まで迎えに来てもらった。
 連休の谷間のせいか、道路はすいていたそうだが、電車もすいていて、快適であった。
 伊豆は大好きである。前から何度も書いているように、海と山のどちらが好きかと聞かれたら迷わずに海と答えるが、山だって嫌いではない。伊豆には海と山の両方がある。
 海を見下ろす山の上に家を建て、夏には毎朝海辺まで降りていく、という生活がしたいなあ。いまの暮らしもかなりそれに近いが、欠点は、家から海が見えないことである。
 これまで合宿は合宿用の民宿や旅館でおこなってきたが、今回は貸別荘で、料理も自分たちでつくる。
 夕食の後、映画上映会。幹事から何かもってきてほしいと頼まれていたので、4枚ほどもっていったのだが、その中から学生のリクエストで『硫黄島からの手紙』をみる。ホールの窓にシーツをはりつけて、即席スクリーンとし、パソコンをカラオケの機械につなぐ。
 シーツのスクリーンをみていたら、小さい頃、夏に、小学校の校庭で映画を観たことを思い出した。
 
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