毎春、イリーナ・ペレンの「白鳥の湖」を見てきた。彼女が最初に来日したときには、コール・ド・バレエの最前列で踊っていて、幕が下りた後、私は桜井多佳子さんに駆け寄って「あの美しい少女は誰?」と質問し、「ワガノワ学校を主席で卒業したのだが、その年はマリインスキーがひとりも採用しなかったので、マールイのほうに来たのだ」と教えてもらった。
翌年からずっとオデットを踊っている。美しいだけでなく、スタイルも抜群だし、技術的にも申し分ない、真のスターである。
ボヤルチコフ版の「白鳥の湖」は好きでない。まず装置がよくない。第一場からもう湖畔である。たしかに第二幕の湖とは違うのだが、どうして第一場を湖畔にする必要があるのか、理解に苦しむ。
それに、幕が開くと、上手から男性ダンサーたちがそろって踊りながら出てくる。この瞬間、私はげんなりしてしまう。からっぽの舞台に、男性陣が整列して足を蹴り上げながら出てくる、というセンスに、反射的に嫌悪感を抱いてしまうのだ。ボヤルチコフはできるだけ自然な動きを排し、ダンスに変えようとする。が、いつでもそれが中途半端な結果に終わっている。
もっとも、ボヤルチコフ版にかぎらず、私は「白鳥の湖」の第一幕第一場が好きでない。ほとんどすべてのバレエ団が第一場と第二場を繋げて上演しているが、もし間に休憩時間があったとしたら、第一場はパスしたいとすら思う。基本的に私は群舞が好きでないということもあるが、第一場で見るべきものはパ・ド・トロワしかない。そのパ・ド・トロワが平凡だったりすると退屈きわまりない。
その点、12日にみたパ・ド・トロワは素晴らしい出来だった(デニス・ヴェギニー、タチアナ・ミリツェワ、アナスタシア・ロマンチェンコワ)。たまにこういうことがあるから、第一場も見逃せないのだ。男性はまあ普通だが、女性たちが素晴らしかった。とくに、これまで注目したことはなかったが、ミリツェワには目が釘付けになってしまった。体がよくしなるし、脚も軽々とあがる。素晴らしいダンサーだ。きっとこれからぐんぐん成長することだろう。
ペレンは、32回フェッテの時、最初のきっかけでつまづいてしまい(足が滑ったのか?)、そのためにせっかく手を高く上げたドゥーブルを入れているにもかかわらず、まったく精彩を欠き、危なっかしくて見ていられなかった。
ペレンは未婚だが、どうやら婚約者がいるらしい。というのも、左手の薬指に指輪をしていた(からといって、結婚・婚約しているとは限らないから、婚約者がいるというのは、ただの皮肉。念のため)。ダイヤらしく、これがまたよく光る。しかし、ジークフリートにしろ、オデットにしろ、指輪をするのは反則では無かろうか。左手の薬指に指輪をしたオデットを見たのは初めてではないが(以前、キーロフでみた)、ジークフリートやオデットが最初から結婚していたり婚約していたりするのはおかしいではないか。『白鳥の湖』は19世紀のほとんどのバレエの例にもれず、結婚をめぐるバレエなのだから、神経を使うべきだろう。「ペレン、命」の私からの要望でした。