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&Miyako
(8月6日 ル テアトル銀座)

 いうまでもなく Miyako とは吉田都のこと。&の前には若手のダンサー、振付家の名前が入るということらしいが、若手作品とクラシックが混在する、コンセプトの曖昧な公演であった。若手作品だけでは公演を打つのは困難なので、吉田都の名声を利用して客を集めるということなのか。てっきり若手の振付作品を吉田都が踊るのだろうと予想していたのだが、吉田都が古典しか踊らなかったのは、忙しくてリハーサルの時間がとれないせいなのか。とにかく全体に中途半端な印象を与える公演だった。
 1「Koncerto Esperanza」(振付・高橋竜太)振付家は東京バレエ団のダンサーだ。彼の作品を見るのは初めて。かなりの大作だが、いささか冗長。しかし、振付へのチャレンジには拍手を送りたい。何しろ日本に不足しているのはダンサーではなくコレオグラファーなのだから。
 2「黒鳥のグラン・パ・ド・ドゥ」(飯野有夏、菅野英男)どうして吉田都だけでなく、若手もクラシックを踊るのか、その理由がよくわからない。二人ともわるくはないが。「ヤング・フェスティバル」という感じになってしまう。べつにこの二人にたいして悪意はないが、どうして出てきたの?
 3「海賊」(吉田都、イヴァン・プトロフ)吉田都は、時どき何を考えているのかわからないような踊りをする。というか、何か別のことを考えているのではないかと疑われることがある。心ここにあらず、というやつだ。これもそう。
 いっぽう相手のプトロフの踊りは、まだバレエ学校の生徒の踊り。プロのアーティストの踊りにはまだなっていない。若々しいという点では好感がもてるが、べつにわざわざ見なくともいいという感じ。何よりも反動をつけて勢いで動くのが、よくない。こういうダンサーは峠を過ぎるとすぐに踊れなくなる。ルヴォルタードの最後で、もう一回脚を抜くという妙技を見せ、誰かが新聞評でこれに注目していたが、最近はやりで、すでにありふれてしまった技で、わざわざ取り上げるほどのものではない。
 4「DIALOGUE」(振付・鈴木稔/福島昌美、新田知洋)昨年の秋のスタダン公演で初演された「BORDER LAND」の一部。初演のときも、このデュエットがいちばんいいと思ったが、今回あらためてみて、男女の関係というものをしみじみと考えさせる、秀作だと思った。コンタクト・インプロヴィゼーションに似ているが、そこに物語がある。もっと「踊って」もいいのではないかと思うが。
 5「WW」(振付出演・金森穣)この人、ダンサーとしては素晴らしい。振付家として、かなり期待されているのだが、いつ見てもイマイチという印象が残る。今回の作品は、とくにつまらなかった。ポストモダンのありふれた動きが多い。
 6「turn up」(振付・田中祐子/田中祐子、大畠律子、松坂理恵子)田中祐子の舞台はたくさん見ているが、彼女が振付をやるとは知らなかった。彼女は日本では珍しく知的な「考える」ダンサーとして、貴重な存在だ。作品は、学生の創作ダンスにひじょうによく似ていたが(言い意味でも、悪い意味でも)、その意欲は応援したい。
 7「ジゼル」第二幕パ・ド・ドゥ(吉田都、高岸直樹)二人とも、さすがベテランと思わせる完成された舞台であった。吉田都のジゼルを見たのは初めてではないが、この前いつ見たのかは思い出せない。彼女の舞台のなかでも、出色の出来だったのではないだろうか。ただし前から書いているように、ここだけを抜粋して踊るのは個人的には好きでない。
 この日、私はひじょうに機嫌がわるかったので、上に書いたことは「不機嫌な腐った果実」の勝手な独り言にすぎません。

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