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バレエ・リュス版『眠れる森の美女』の美術
    

 
はじめに

 セルゲイ・ディアギレフの率いるバレエ・リュスは1921年(大正10年)にロンドンで『眠れる森の美女』を上演した。これはこのバレエの西欧における全幕初演である。
 美術を担当したのはレフ(レオン)・バクストである。翌年、バレエ・リュスの公演プログラムを出版していたパリの出版社ド・ブリュノフが、バクストのデッサンを集めて出版した。500部限定の豪華本である。バクストは300点におよぶデッサンを残しているが、本書はそのうちの56点を収録している。
 ここに掲載するのはその全点である。

バレエ・リュス版『眠れる森の美女』の背景

 ディアギレフがコクトーに言ったという「私を驚かせてくれ」という言葉はつとに有名だが、前衛主義・実験主義を売り物にしていたバレエ・リュスがどうして『眠り』のような古典を上演したのだろうか。
 まず、バレエ・リュスのコレオグラファーが不在であったため、新しい作品を創作することがむずかしかった。8年前にバレエ・リュスを去ったニジンスキーはすでに精神病を発病していた。その後継者となったレオニード・マシーンもまた女性と手を取り合って「駆け落ち」してしまった。フォーキンとは、ディアギレフはまだ仕事を頼めるような仲ではなかった。
 さいわい、ロンドンにはニコライ・セルゲーエフがいた。彼はペテルブルクのマリインスキー劇場のバレエ・マスターだったが、ロシア革命の際、マリインスキー劇場のレパートリー12作品の舞踊譜をもって西側に亡命した。舞踊譜は、ゴルスキーの親友だったステパーノフの考案した記譜法によって書かれていた。
 セルゲーエフはそれがあれば西側にマリインスキーの伝統を伝えることができ、一生食っていけるだろうと考えていた。実際、バレエ史上からみて、セルゲーエフのもっていた舞踊譜のおかげで、西側、とくにイギリスに、正統的なロシアのクラシック・バレエが伝えられることになった。
 また、ロシア・バレエの伝統を西側に伝えたいというディアギレフの意向があったことは疑いない。バレエ・リュスの前衛主義はある意味で行き詰まっていたのである。
 制作には莫大な費用がかかったが、結果的には、大失敗に終わった。巨額の借金を背負い、舞台装置と衣裳をすべて差し押さえられたディアギレフは逃げるようにしてパリにわたし、安宿に泊まって、財布の中身と相談しながら食事をしていたという。
 今日、このバレエはクラシック・バレエの最高傑作あるいは集大成として世界中で頻繁に上演されているが、バレエ・リュスがロンドンで初演したときには、西側ではほとんど誰もこのバレエを知らなかった。観客も、クラシック・バレエがどんなものかを知らなかった。したがって、クラシック・バレエを見る目がなかった。というより、クラシック・バレエなんか好きではなかったのである。もっと「新しい」前衛的な作品のほうが好きだったのだ。その後の20年か30年のあいだに、西欧のバレエ観客の好みは大きく変わるのである。

バレエ・リュス版『眠れる森の美女』の特徴

 もちろん童話「眠れる森の美女」はイギリスでも昔からよく知られていた。英訳題は Sleeping Beauty であるが、ディアギレフはあえて Sleeping Princess とした。
 上に述べたように、セルゲーエフのもっていた舞踊譜、すなわちプティパの原振付にもとづいているが、ディアギレフは、ロシアから亡命してウィーンの兄のところにいたブロニスラヴァ・ニジンスカを呼び寄せ、改訂を依頼した。ニジンスカは、兄に対しては特別の愛情を抱いていたが、いや抱いていたがゆえに、ロモラとは仲が悪く、そのために兄のもとを離れ、あえて兄のかつての「敵」ディアギレフの誘いを受けたのである。もちろん彼女自身が食っていかなくてはならなかった。
 主役のオーロラ姫を踊ったのは、
1)リュボーフィ・エゴーロワ/かつてマリインスキー劇場のバレリーナだったが、革命後、パリに亡命し、教室を開いていた。後にベジャールの先生となり、彼にプティパ振付の「くるみ割り人形」のグランパを教えることになる。
2)オリガ・スペシーフツェワ/発音しにくいので、ディアギレフはスペシーワに変えた。エイフマンの『赤いジゼル』の主人公となる、悲劇のバレリーナである。このウェブサイトの Balletomania のメニューページの背景が、彼女の有名なジゼルの写真である。
3)ヴェーラ・トレフィーロワ/かつてマリインスキー劇場のプリマだったが、クシェシンスカヤの陰謀で追い出され、パリに亡命した。すでに46歳で、これが引退公演となった)。
4)リディア・ロプホーワ/後にイギリスのバレエの振興に大きな貢献をする。経済学者ケインズの夫人でもある。
 なお、原典が初演されたときにオーロラを踊ったカルロッタ・ブリアンツァが指導に当たり、初演のときに「青い鳥」を踊ったエンリコ・チェケッティが一度、カラボスを踊った。
 ディアギレフはストラヴィンスキーとふたりで、楽譜をいじり、削除したり変更したりした。原曲をそのまま上演したわけではないのである。
 序幕の最後のほうにあるリラの精のヴァリアシオンは、『くるみ割り人形』の「金平糖のヴァリアシオン」(グランパの女性のヴァリアシオン。チェレスタを使った曲)に差し替えられた。
 幻影の場でのオーロラのソロはカットされ、パノラマの後の、ヴァイオリン・ソロを中心とした間奏曲もカットされ、ストラビンスキーが新しい間奏曲を書いて、これは第一幕と第二幕の間におかれた。
 第三幕「オーロラの結婚」では招待客を増やし、『くるみ割り人形』の「アラビアの踊り」と「中国の踊り」が加えられた。しかも「アラビアの踊り」はシェエラザードが踊るという趣向だった。踊らないが、青髭公とその妻たちも登場した。
 また、最後のグランパのコーダは民族舞踊で踊られた。
 グランパの有名な「魚のポーズ」はこのときにニジンスカが考案した。
 原典をあれこれいじるものだから、セルゲーエフは怒って途中でおりてしまった。

バクストの美術について

 バクストはごく短期間に、すべての舞台装置のデザインと、300枚におよぶ衣裳デザインを描きまくった。舞台装置は、彼がパリの国立図書館で見つけたロココ時代の透視図法の教科書などから模写したものである。
 衣裳も、バロックからロココにかけての時代の衣裳をまねている。
 なお、衣裳の実物は何点か、数年前にセゾン美術館で開かれた「ディアギレフのバレエ・リュス展」に展示されていた。
 カタラビュットはカンタラビュットと書かれており、式典長とは別で、元帥となっている。
 原典(プティパ版)では、妖精たちに「天真爛漫」「小麦粉の花」(どういう意味だ?)「激しさ」「カナリア」「パンくず」という名前が付けられていたが、バレエ・リュス版では「カナリア」「さくらんぼ」「樅の木」「ななかまど」「蜂鳥」という名がついている。
 どの場面に登場するのか、私にもわからないものがある。もしご存じのかたがいたら、ご教示願いたい。

図版リスト(アクサンは省略してあります)(図版はこの後にあります)

00 Panier de fleurs(Accessoire)
0 La Fee Carabosse
1 Porphyrophores
2 Marpuises(Chasse)
3 Barbe-Bleue
4 Ministre
5 Le Page do ala Fee Canari
6 Le Chat Botte
7 Decor du Bapteme
8 Gardes du Roi
9 Le Page de la Fee Cerise
10 Gardes de la Reine
11 Colombine
12 Arlequin
13 Decor du Jardin Royal
14 La Princesse Aurore
15 Chinois
16 Chinoise
17 Le Page de la Fee Sapin
18 La Fee Sorbier
19 Baronne(Chasse)
20 Le Page de la Fee Lilas
21 La Fee Oeillet
22 Le Loup
23 La Reine et ses Pages
24 Le Bouffon Russe
25 Decor de la Poussee des Lilas
26 Le Prince voisin
27 Le Marechal Cantalabutte
28 Comtes(Chasse)
29 Le Prince Charmant a la Cour
30 La Princesse Aurore en fiancee
31 Le CHateau ou dort la belle Princesse
32 Le Page de la Fee Sorbier
33 La Mazurka(Dames)
34 La Mazurka(Hommes)
35 Le Roi avec ses Pages
36 Decor des Fiancailles
37 Les Pages de la Princesse
38 Les Mirlitons
39 Scheherazade(Defile des Contes)
40 Galisson, le precepteur du Prince
41 Le Page de la Gee Colibri
42 Chaise a porteurs de Scheherazade
43 Valet de chasse
44 Le Fiance flamand
45 Le Fiance indien
46 FIance anglais
47 Le Maitre des Ceremonies
48 Le Page de la Fee Carabosse
49 Les Negres du Prince
50 Le Roi au Jardin
51 Le Prince Charmant
52 La Fee Cerise
53 Les Courtisans(Bapteme)
54 Le Marechal Cantalabutte(apres le depart de la Fee Carabosse)

 
図版

1 王と王妃
2 妖精たち
3 妖精の小姓たち
4 求婚者たち
5 花篭
6 狩りの一行
7 オーロラ姫とシャルマント王子
8 おとぎ話の登場人物たち
9 宮廷の人びと、従僕、道化
10 舞台装置