ダンスと映画

ホワイトナイツ White Nights


データ

アメリカ映画(コロンビア) 130分
制作 ウィリアム・S・ハックフォード、テイラー・ハックフォード
監督 テイラー・ハックフォード
脚本 ジェイムズ・ゴールドマン、エリック・ヒューズ
撮影 デイヴィッド・ワトキン
音楽総指揮 フィル・ラモーネ
配役 ニコライ・ロドチェンコ(ミハイル・バリシニコフ)
   レイモンド(グレゴリー・ハインズ)
   ダーリヤ(イザベラ・ロッセリーニ)
   チャイコ(イエルジー・スコリモフスキー)
公開 1985年

ストーリー

 ロシアからアメリカに亡命した天才バレエダンサー、ニコライ・ロドチェンコは世界的スターになったが、東京公演に向かう飛行機で電気系統の故障が起き、飛行機はソ連の軍事基地に緊急着陸、ニコライは重症を負い、犯罪者としてKGBの監視下に置かれる。
 彼の監視役となったのは、タップダンサーのレイモンドだった。彼はかつてベトナム戦争で悲惨な経験をして、アメリカに失望し、脱走してソ連に亡命したのだった。当初はソ連の宣伝に使われたが、いまはシベリアの田舎町で細々と暮らしている。
 KGBはニコライを、キーロフ・バレエのシーズン開幕日に出演させようと、彼と監視役のレイモンド夫妻をレニングラードに移し、ニコライはかつて自分の住んでいた豪華マンションにふたたび住むことになる。
 ニコライとレイモンドは衝突しながらも、二人の間にはしだいに友情が芽生えていく。だが、ニコライにはキーロフに復帰する気はなく、かつての恋人で、いまはキーロフの芸術監督になっているガリーナ・イワノワに再会しても、気持ちは変わらない。
 結局、ガリーナの好意で、ニコライとレイモンド夫妻は国外に脱出する。

メモ

映画としては 少々冗長で、あと15分カットしたらいいと思うが、ダンス・シーンは充実している。典型的な「冷戦時代」映画で、アメリカが善、ソ連が悪として描かれるが、他の作品と比べると、アメリカもそれほど善良には描かれていない。レニングラード(当時)の景色もなかなか良い。

劇中ダンス まず冒頭のタイトルバックに、バリシニコフによる、ローラン・プティの『若者と死』がたっぷり観られる。これだけでも、この映画を観る価値がある。次いで、ハインズがシベリアの田舎町の小さな劇場でガーシュインの『ポギーとベス』の一場面を演じる。二人のデュエットも見応えがある。キーロフ(マリインスキー)劇場の誰もいない舞台で、ウラジーミル・ヴィソツキー(ソ連の反体制シンガー・ソングライター)の、あのハスキーヴォイスの怒鳴るような歌に合わせて、バリシニコフが即興で(誰かが振り付けているのだろうが)踊るところはなかなかの迫力。
 かつての恋人ガリーナが「時代は変わりつつある。今度、バランシンをやるのよ」と言うと、ニコライが「きっと当局からつぶされる。ぼくはもうアメリカでバランシンを踊ったよ」と答えるところが印象的。

テイラー・ハックフォード(監督) 『愛と青春の旅立ち』の監督。

ミハイル・バリシニコフ(ニコライ) 1948年生まれだから、映画公開当時は37歳。周知の通り、彼自身、ソ連からアメリカに亡命した。ラトヴィアのリガに生まれ、66年にキーロフ・バレエに入り、同年ヴァルナ・コンクールで金賞、69年にはモスクワ・バレエ・コンクールでも金賞。1974年にカナダ準行中に西側に亡命、ニューヨーク・シティ・バレエで活躍、アメリカン・バレエ・シアターの芸術監督をつとめたあと、マーク・モリスと共同でホワイト・オーク・プロジェクトを結成。バレエだけでなく、コンテンポラリー、映画、演劇などで幅広く活躍してきた。坂東玉三郎との共演も話題を呼んだ。

グレゴリー・ハインズ(レイモンド) たぶん世界的知名度はバリシニコフよりも上だろう。タップダンス界のスーパースターであるだけでなく、俳優であり、歌手であり、監督でもある。『グレゴリー_ハインズ・ショー』というテレビ番組もある。映画の中で、酔っぱらって自分の身の上話をするのだが、それは彼自身の経歴でもある。1946年にニューヨークのハーレムで生まれ、なんと3歳で兄モーリスとタップ・チームを組み、「ザ・ハインズ・キッズ」の名で芸能活動を開始した。78年、32歳でブロードウェイ・ミュージカルにデビュー。映画は81年『ウルフェン』の検死官役でデビュー(個人的ながら、この映画はじつにヘンな映画だったが、ハインズはつよく印象に残っている。当時は、有名なタップダンサーだとは知らなかったが)。フランシス・コッポラの『コットン・クラブ』(1984)では兄モートンとのタップ・コンビが見られる。1920年代に活躍したジャズ・ピアニスト、ジャリー・ロール・モートンの生涯を描いたブロードウェイのミュージカル『ジェリーズ・ラスト・ジャム』では、オリジナル・キャストで主役を演じた。彼は、私にとってはうれしいことに、マック・ユーザーとしても知られる。

イザベラ・ロッセリーニ(レイモンドの妻ダーリヤ) レイモンドは、ロシア人の若い知的な通訳と結婚した。なるほどお尻の大きな、ジャガイモのような女だなあと思ってみていた。髪型も田舎くさい。イザベラ・ロッセリーニであることに気付いたのは、しばらくしてからである。『ブルー・ベルベット』のときも、しばらくして「え、これがイザベラ?」と驚いた記憶がある。『ザ・スター』で母バーグマンと共演して映画デビューしてからけっこうな数の作品に出ているが、母親のような世界的スターにはなれなかった。代表作は『不滅の恋 ベートーベン』だろうか。最初、マーチン・スコセッシと結婚して離婚して、次に誰かと結婚して離婚して、その次に『不滅の恋 ベートーベン』で共演したゲイリー・オールドマンと結婚した。離婚したかどうかは知らない。