ダンスと映画

哀愁 Waterloo Bridge


データ

アメリカ映画 109分
制作 シドニー・A・フランクリン
監督 マーヴィン・ルロイ
原作 ロバート・E・シャーウッド
脚本 S・N・バーマン、ハンス・ラモー、ジョージ・フローシェル
撮影 ジョゼフ・ルッテンバーグ
音楽 ハーバート・ストサート
配役 マイラ・レスター(ヴィヴィアン・リー)
   ロイ・クローニン(ロバート・テイラー)
   マダム・オリガ・キーロワ(マリヤ・ウスペンスカヤ)
   キティ(ヴァージニア・フィールド)
公開 1940年
日本公開 1949年(昭和24年)
ビデオ MGM/UA Home Video/ワーナー・ホーム・ビデオ

はじめに

 まさかこの映画をみたことがないという人はないだろう。ロバート・テイラーとヴィヴィアン・リーという美男美女による、ハリウッドのメロドラマの代名詞的存在である。
 特筆しておきたいのは、モノクロ映像の深みと美しさである。絵に描いたようなメロドラマであるにもかかわらず、名画たりえているのは、その美しい映像がもたらす緊張感ゆえであろう。ストーリーは一流とは言えないのに、映画としては一流である。

ストーリー

 第二次世界大戦の勃発直後のロンドン。フランスに出征することになったロイ・クローニン大佐は、ウォータールー駅に向かう途中、ウォータールー橋の上で車から降り、胸からビリケン人形を取り出して、回想に耽る。
 ・・・20年ほど前、第一次大戦中のロンドン、明日フランスに出征するというクローニン大尉がウォータールー橋の上でタバコを吸っていると、空襲警報が鳴り、通りかかった若い娘といっしょに地下鉄駅に避難する。そこでの会話で、彼女がバレエ・ダンサーであることがわかる。
「じゃあ、いろいろなことができるんだね。ピルエットとか」
「ええ、アントルシャシスも」
「何、それ?」
「跳び上がって、脚を交叉させるの。ニジンスキーは10回できたそうだけど・・・」
 彼女はこれから本番にいくのだという。ロイは見に行きたいが、大佐と食事の約束がある。ふたりは別れを告げるが、そのとき彼女、マイラはロイにお守りのビリケン人形を贈る。
 その晩、舞台で踊っていたマイラは、遅れてやってきたロイに気づく。舞台がはねた後、ダンサーたちは、バレエ・ミストレスであり、バレエ団長であるキーロワ夫人から「出来が悪い」とさんざん叱られるが、そのときロイからの手紙を受け取る。「出征前最後の晩に、きみと食事がしたい」。しかしそれをキーロワ夫人に見つかり、みんなの前で朗読させられ、断りの返事を書かされる。「男性との交際はいっさい許しません」
 楽屋口で待っていたロイは、返事をもらってがっかりするが、走ってきたマイラの親友キティのはからいで、二人は「キャンドル・ライト・クラブ」というダンス・クラブに食事にいく。閉店時、「ラスト・ワルツ」である「オールド・ラング・サイン」が演奏され、楽団員は1本1本キャンドルを消していき、最後には真っ暗になる。その闇の中で、ロイとマイラはファースト・キスをする。
 翌朝、マイラが窓から外を見ると、どしゃぶりの雨の中に、ロイが立っている。出発が48時間伸びたのだという。ロイはその場でマイラに求婚し、結婚の手続きのために彼女を連れて兵舎に戻り、自分の伯父である師団長の許可をもらいにいく。伯父は「自分も若い頃、ダンサーに憧れたものだ」といって、すぐに許してくれる。ふたりは聖マタイ教会に急行するが、法律で午後3時以降には式を挙げることはできないので、明朝11時に式を挙げることになる。
 だが、宿舎に戻ったマイラに、ロイから電話があり、出発が繰り上がり、今晩出発するという。マイラはウォータールー駅に急ぐが、なかなかタクシーがつかまらず、すでに汽車は走り出し、顔をみることはできたが、言葉ひとつ交わすことはできなかった。
 舞台に遅刻したマイラはキーロワ夫人から解雇を言い渡され、同情した親友のキティもクビになる。
 二人はいっしょに暮らし始めるが、戦争中で仕事がなく、しだいに生活が苦しくなっていく。
 そんなある日、ロイの母親がスコットランドの領地から上京する。汽車が遅れ、ティールームで待っていたマイラは、新聞でロイが戦死したという記事をみて、気絶してしまう。親切な店員にブランデーを飲まされ、意識を取り戻すが、ブランデーで酔ってしまったところに、ロイの母親、クローニン夫人が到着。相手が酔っているので、怒って帰ってしまう。
 マイラはそのまま病床につき、キティが生活を支えるが、ある日、マイラはキティが自分のために街娼に身を落としたことを知り、自分も街に立つようになる。
 ある晩、ウォータールー駅で客引きをしていたマイラは、偶然、帰国したロイと再会する。マイラはロイに連れられ、スコットランドにある彼の広大な領地に行き、近所の人々や家族親類に紹介される。ロイの母親も伯父も、ダンサーに対する偏見などなく、彼女を嫁として暖かく迎えてくれる。マイラは、自分の過去を隠して結婚しようと思ったのだが、とてもそれはできないと思い、ロイの母親だけに打ち明けて、ロイには何も告げず、そっとロンドンに逃げ帰る。
 ロイが追いかけてきて、キティといっしょにロンドン中を探し回るが、マイラは見つからない。その最中に、ロイはマイラが戦争中に何をしていたのかを知る。
 マイラはウォータールー橋の上で、走ってきた自動車にとびこむ。そのかたわらには、ロイが返してくれたビリケン人形。

メモ

劇中バレエ 出会った最初の晩、マイラが出演するのは『白鳥の湖』第二幕の群舞だ。といっても、曲はアレンジされていて、「小さな4羽の白鳥」やら第一幕のワルツが混じっている。ダンサーたちはロマンティック・チュチュ姿で、男性は出てこない。このバレエ団には男はいないようである。
 バレエ団の名前はアリガ・キーロワ・インターナショナル・バレエ団で、明らかにキーロフのもじりである。団長のキーロワ夫人は「鬼教師」で、舞台の後、個々のダンサーのアラベスクやアントルシャを叱る。インターナショナルという名を冠しているが、彼女自身がいっているように、「二流のバレエ団」らしい。
 その後、マイラがスコットランドにいったとき、近隣の人たちが「いったいどこで踊っていたのだろう」と嫌みをいう。マイラが解雇された後、バレエ団はアメリカ公演にいくことになっている。おそらく終戦直後のロイヤル・バレエのアメリカ公演を下敷きにしているのだろう。
 なお、マイラの親友のキティはレビュー出身である。
 全編を通じて、『白鳥の湖』のテーマが繰り返し挿入される。

マーヴィン・ルロイ(監督) 『オズの魔法使い』(1939)の制作のほか、『哀愁』(1940)、『心の旅路』(1942)、『若草物語』(1949)(少女時代のエリザベス・テイラーの美しいこと!)、『クォ・ヴァディス』(1951)などを監督。

ヴィヴィアン・リー エリザベス・テイラーとともに、美辞の代名詞的存在であるが、彼女は1913年、インド・ダージリンの生まれ。父親が英国軍人で、インドに駐屯していたのである。家は裕福で、上流社会の教育を受けて育った。ロンドンの演劇学校で学んだが、19歳で結婚。しかし女優になる夢を断ち切れず、舞台出演をへて、35年に映画デビュー。37年『無敵艦隊』で共演した名優ローレンス・オリヴィエを追って渡米し、ハリウッドで「風と共に去りぬ」のスカーレット役のオーディションに参加。このオーディションにはキャサリン・ヘップバーンらベテラン女優も参加していたが、見事主役のスカーレット・オハラ役を獲得。一躍、世界的スターになる。『哀愁』はその翌年に制作された。オリヴィエとは40年に結婚した。ハミルトン夫人とネルソン提督の不倫を描いた『美女ありき』(1941)は結婚後の唯一の共演作である。59年、オリヴィエと離婚し、その精神的なノイローゼやアルコール中毒、美貌の衰え、肺結核に悩まされ、人気は50年代に入ると急激に下降し、晩年には不遇となり、1967年に53歳という若さで亡くなった。『風と共に去りぬ』(1939)と『欲望という名の電車』(1951)でアカデミー賞主演女優賞を受賞。(→関連サイト

ロバート・テイラー(1911-1969)ハリウッドの美男俳優の代名詞。本名はスパングラー・アーリントン・ブルーという。代表作に、『踊るブロードウェイ』(1935)、グレタ・ガルボと共演した『椿姫』(1937)、『踊る不夜城』(1938)、『クォ・ヴァディス』(1951)、『黒騎士』(1952)、『円卓の騎士』(1953)、等々。

ウォータールー橋 ピカデリー・サーカスやトラファルガー・スクエアから南にいくと、すぐにウォータールー駅がある。今ではユーロスターの発着する国際駅としても知られる。その裏手にあるのがウォータールー橋。この映画を観て、この橋を見に行った人はみんながっかりする。映画では鉄の橋だが、その後、再建されて、現在は大きなコンクリートの橋。対岸にある、ロイヤル・フェスティバル・ホール、ナショナル・シアターなどからなるサウス・バンク・センターにいく人は、よくこの橋の上に車をとめる。

ビリケン人形 涙を誘う重要な小道具になっているビリケン人形。19世紀にアメリカの女性彫刻家がつくったという説と、もとはエスキモーのお守りだったという説がある。いずれにせよ、非常に中国的なもので、形や大きさは日本の根付に似ている。太鼓腹のおじさん。

『君の名は』 昭和24年に日本公開されたこの映画に影響されて、場所をロンドンのウォータールー橋から銀座の数寄屋橋に移して、「忘却とは忘れ去ることなり…忘れ得ずして忘却を誓う心の悲しさよ・・・」という名ナレーションではじまる、菊田一夫作のラジオドラマ『君の名は』が制作された。放送時間になると、銭湯の女湯が空になるといわれた。もとの映画もラジオドラマも、文字通り首都の子女の紅涙を絞ったのである。

「オールド・ラング・サイン」 テーマ曲になっているのがスコットランド民謡の「オールド・ラング・サイン」。日本名は「蛍の光」。日本では4拍子で歌われるが、ここではワルツで演奏され、いちばんの見どころであるラスト・ワルツのシーンを盛り上げている。ロイはスコットランド人ということになっているので、このほかにも「ロッホローモンド」や「麦畑」のようなスコットランド民謡が挿入されている。
 余談ながら、私が幼少の頃、まだ『哀愁』を観たことはなかったのだが、家に「映画音楽名曲集」というレコードがあって(父が大の音楽好きだった)、そのなかにこれが入っていた。「へえー、『蛍の光』をテーマソングにした映画があるんだ。どんな映画だろう」と思っていた。実際に見たのは十代になってからである。